シリアIS占領地消滅でアルカイダは復活するか-三つの不吉な予兆

シリア、バグズでの戦闘(2019.3.18)(写真:ロイター/アフロ)

  • ISが勢力を衰えるのと入れ違いのように、アルカイダに復調の兆しがある
  • アメリカなど有志連合が支援するクルド人勢力がIS占領地を奪還したことは、アルカイダからみても朗報である
  • カリスマ的リーダーの登場、サウジアラビアの方針転換、欧米諸国の失点が、アルカイダにとっての追い風になっている

 ISが占領地を失い続ける状況を各国メディアは「朗報」として伝えているが、残念ながらこれで喜んでいるのはアルカイダも同様である。ISの退潮と入れ違いのように、しばらく目立たなかったアルカイダが勢力を盛り返す兆候が目につき始めている。

蘇るアルカイダ

 シリア東部のバグズがアメリカなど有志連合の支援するシリア民主軍(SDF)によって奪還され、これによってイラクに続き「イスラーム国」(IS)は占領地をほぼ失い、シリア内戦は終結に大きく近づいた。

 その一方で、これによってイスラーム過激派のテロが根絶されるとは言えない。IS戦闘員が「次の戦場」を求めて各地に飛散しているだけでなく、イスラーム過激派はISだけではないからだ。

 とりわけ注意すべきは、ISが勢力を衰えさせるのと入れ違いに、アルカイダ系組織の活動が活発化していることだ。アフリカのマリでは3月23日、アルカイダ系組織がマリ軍兵士23名を一週間で殺害したと発表。イエメンソマリアなどでも同様で、アメリカが撤退を急ぐアフガニスタンに関しても、国連の最新報告は「アルカイダにとっての天国」と表現している。

アルカイダとIS

 多くの国と同じく、アルカイダにとっても、ISが勢力を衰えさせたことは朗報である。イスラーム過激派で共通するとはいえ、もともとISはアルカイダから分裂し、それ以来対立してきたからだ。

 アルカイダとISの対立は、路線の違いによる。1998年にビン・ラディンらが「グローバル・ジハード宣言」を出して以来、アルカイダの本領はアメリカやその同盟国に対する神出鬼没のテロ攻撃にあった。

 これに対して、ISの基本方針は、イスラーム国家の樹立にある。「イスラームの教義に基づく社会の建設」というイスラーム過激派の大義からすれば、ISのゴール設定の方がわかりやすい。しかし、アルカイダ首脳はこれを「敵から狙われやすくなる」として認めなかった。この路線の違いから、アルカイダとISはいわばケンカ別れしたのだ。

 さらにアルカイダにとって、ISの台頭は大きな損失をもたらした

 ISの台頭以前、アルカイダは「国際的イスラーム過激派組織」の本流だった。しかし、ISが注目を集めるにつれ、世界各地のイスラーム過激派の間からISに支持や忠誠を表明する組織が相次ぎ、これによってアルカイダは支持者を失うことになった。支持者を失うことは、戦闘員・協力者のリクルートやイスラーム世界での「献金」で支障をきたすことになる。

 そのアルカイダにとって、多くの国から脅威とみなされたISの退潮は、「厄介なライバルを『共通の敵』が葬ってくれた」と映るだろう。

アルカイダにとっての追い風

 こうした背景のもと、アルカイダにとって追い風が吹き始めている。そこには、主に以下の三つのポイントがあげられる。

  • カリスマ的リーダーの登場
  • サウジアラビアの方針転換
  • 欧米諸国の失点

 このうち、まず「カリスマ的リーダーの登場」についてみていこう。

 アメリカ国務省は3月2日、「オサマ・ビン・ラディンの息子の一人ハンザ・ビン・ラディンがアルカイダ指導者として足場を固めつつある」との見解を示した。詳しい情報は定かでないものの、報道によると、ハンザは30~35歳とみられ、その妻は9.11テロの実行部隊を率いたモハメド・アタの娘と言われる。

 1998年の「グローバル・ジハード宣言」でアメリカに宣戦布告し、最終的に2011年にアメリカ軍に殺害されたビン・ラディンは、イスラーム過激派の世界では、英雄、殉教者と位置づけられる。血統を重視するアラブ人にとって、「ビン・ラディンの息子」というシンボルは、これ以上ないリーダー候補となる。イスラーム過激派の世界でやはり伝説的人物として語られるモハメド・アタの娘と夫婦となれば、その権威はさらに上がる。

 ビン・ラディン亡き後、最高指導者の座に就いたアイマン・アル・ザワヒリは、アルカイダ立ち上げにも関わった大物ではあるが、いかんせんビン・ラディンと比べてカリスマ性に乏しく、そのことがISに「乗り換える」組織が続出する一因となった。そのため、「サラブレッド」ハンザ・ビン・ラディンの登場がアルカイダ復権を促す一つの条件になるとみてよい。

サウジアラビアの方針転換

 第二に、サウジアラビア政府がアルカイダ支援を再開したとみられることだ。

 サウジ政府とアルカイダの関係は、以前から語られてきた。9.11テロの実行犯グループのメンバーで、旅客機に乗り込む前に逮捕され、唯一生き残ったザカリアス・ムサウィは、裁判でサウジアラビア政府から支援があったと明言している。

 もちろん、サウジ政府はこれを否定しているが、国内でのテロ活動をやめさせるため、そして場合によっては「共通の敵」に打撃を与えるため、サウジ政府がアルカイダと結びついてきたという認知は、もはや世界で公然の秘密として扱われている。

 ただし、2015年に実権を握ったムハンマド皇太子は、サウジの近代化を目指すなか、それまでの外交・安全保障政策の見直しにも着手し、その一環としてイスラーム過激派との関係を縮小してきた。駐米大使を長く勤め、アルカイダとの窓口の一人と目されていたバンダル・ビン・スルタン王子が2015年に公職を追われたことは、その象徴だった。

 ところが、ここにきてサウジアラビアはアルカイダとの関係を再び強化しているとみられる。

 2月22日、アメリカ上院のエリザベス・ワラン議員はトランプ大統領宛ての公開書簡で「サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)がイエメン内戦でアルカイダと協力し、アメリカ製の武器を提供しているのはなぜか」と疑問を投げかけた。

 イエメンでは2015年以来、シーア派のイランが支援するフーシ派が首都を占拠し、スンニ派諸国の支援を受けた政府との間で戦闘が激化している。トランプ政権が関係を重視するサウジは、スンニ派諸国の有志連合を率いているが、イランやフーシ派との対抗上、イエメンを拠点とする「アラビア半島のアルカイダ」を支援しているというのだ。

 イエメン内戦での民間人を巻き込む空爆で国際的に批判を招くなか、サウジ政府が「汚れ仕事」をアルカイダに任せる選択をしても、不思議ではない。

 また、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件で国内の求心力も低下したムハンマド皇太子は、それまで対立してきた守旧派の王族との関係改善に着手している。2月24日、ムハンマド皇太子がリーマ王女を駐米大使に任命したことは、アメリカに向けては「女性の社会進出を促している」というポーズだが、国内的には全く別の意味をもつ。リーマ王女は、かつてアルカイダとの窓口だったバンダル・ビン・スルタン王子の娘だからだ。

 このようにサウジが自分の事情でアルカイダとの関係を見直さざるを得なくなったことは、アルカイダにとってバックアップ体制が強化されたことを意味する。

欧米諸国の失点

 そして最後に、イスラーム過激派のテロを誘発しかねない出来事が、欧米諸国で相次いでいることだ。

 とりわけ、ニュージーランドのクライストチャーチで50人のムスリムが白人右翼に虐殺され、その映像が世界中に流出したことは、同様の白人右翼テロを誘発しかねないだけでなく、「報復」を大義とするイスラーム過激派の活動をも活発化させ得る。実際、パレスチナのガザを拠点とするアルカイダ系組織はクライストチャーチ事件を受け、「ムスリムの悲劇にツイートやニュースをシェアして応えることは十分ではない」と主張し、「あらゆる可能な努力」を呼びかけている。

 さらに、第三次中東戦争以来、イスラエルが占領してきたシリア領ゴラン高原をトランプ大統領が「イスラエル領」と認定したことは、ムスリムの目にはイスラーム世界の一部が切り取られたと映る。これは「イスラーム世界の防衛」を大義とするジハードをさらに正当化することになる。

 欧米諸国のなかにイスラーム過激派を煽る言動が増えていることは、結果的にアルカイダの復権を促す一因となり得る。

 こうしてみたとき、アルカイダの復権を促す条件は整いつつあるようにみえる。だとすれば、バグズ陥落でIS占領地が壊滅したことは、グローバル・ジハードを錦旗とするイスラーム過激派の活動の終結を意味するどころか、次のステージの幕開けに過ぎないのかもしれない。