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トランプ大統領の演説にみる「新アフガニスタン戦略」:これまでと何が違うか

六辻彰二国際政治学者
トランプ大統領による新アフガン戦略の発表演説を聞く米軍人(2017.8.21)(写真:ロイター/アフロ)

 8月21日、米国トランプ大統領はアフガニスタンへの米軍増派を発表しました。現在、アフガニスタンでは約2000人の米兵を含む各国からの約1万3000人の部隊がアフガン軍の訓練などにあたっています。

 しかし、同国では今年5月、タリバンが首都カブールにあるドイツ大使館などを襲撃。タリバンは国土の約40パーセントを支配しているといわれます。これに加えて、最近ではシリアやイラクを追われた「イスラーム国」(IS)の残党が流入しており、アフガニスタンは国家崩壊の淵にあるといえます。

 時あたかもモスル陥落により、イラクでのIS掃討作戦がヤマ場を越えつつあるなか、米軍がシフトできる環境ができ始めていました。そのなかで発せられた新たなアフガニスタン戦略には、これまでの米国政府の方針から大きく転換するものが含まれています

新アフガン戦略の柱

 以下では、21日のトランプ大統領の演説(全文はこちら)から、新アフガン戦略の沿革をみていきます。

 このなかでトランプ大統領は、オバマ政権のもとで進んだ駐留米軍の縮小がアフガンに真空状態を生み、これが「テロの巣窟」として米国への脅威となっていると述べ、米軍増派の必要性を強調しました(トランプ氏は人数を明確に述べていないが、各社の報道では4000人前後が増派されるとみられる)。

 大統領選挙以前から、トランプ氏は「アフガンからの撤退」を強調していました。しかし、新アフガン戦略の発表演説では「大統領になって分かったことがある」と述べ、翻意を正当化。公約をいとも簡単に翻すことは、決して褒められるものではないにせよ、いわば政治家にはよくあることです。また、選挙期間中から好き放題言っていただけに、就任後にトランプ氏が方針を「調整」するであろうことは、ある程度予測されていたことでもあります

 むしろここで重要なことは、トランプ氏が打ち出した新戦略の内容です。そこには、従来の米国の行動パターンからみて「逸脱」と映る要素がある一方、大統領自身と軍の影響力を大きくする内容が含まれます。以下で、新アフガン戦略の4つの柱をみていきます。

「成果」主義

 新アフガン戦略の第一の柱は、「駐留期間をあらかじめ定めたアプローチから条件に基づくアプローチに転換すること」です。つまり、米軍の駐留期限は明らかでなく、「成果が出た」と判断されたタイミングが撤収のタイミングということです。

 これまで米国政府は、定期的に議会の承認を得るために、またズルズルと引きずらないようにするために、期間を定めて部隊を派遣してきました。しかし、期間を重視しすぎれば「期間中だけやりさえすればよい」という対応になりがちです。数値の設定が「それさえクリアすればいい」という態度を生みやすいことは、目標値などの設定に関しても同様です。

 その意味で、「条件に基づくアプローチ」、言い換えれば「成果」を重視することは、官僚主義的なものと一線を画すトランプ色が鮮明といえるでしょう。

実利優先

 次に、トランプ大統領は新アフガン戦略の第2の柱として、「成果」を収めるために軍事力のみならず外交や経済といった手段を統合する必要を強調し、そのうえでアフガニスタン政府自身の積極的な取り組みを求めています

 このうち、従来との大きな変化は後半の「アフガン自身の取り組み」を強調している点です。トランプ氏は演説のなかで「我々はパートナーであり、友人であり、アフガン人に対してどのように生活するべきか、その複雑な社会をどのように統治すべきかを命令することはない」とも述べる一方、「我々は空白の小切手を切るつもりはない」とも強調しています。

 「アフガニスタンの国のあり方はこうあるべき」という理想形を米国は強制しないが、「テロの撲滅」を「共通の利益」と捉えてアフガニスタンも努力・協力すべき、という方針は、一見すると当たり前のようですが、これは歴代の米国政権と一線を画すものです。

 冷戦終結後の米国は、民生、軍事のいずれの援助でも、自由や民主主義の理念に基づく国内改革を相手国に求めることが一般的で、これはアフガニスタンに関しても同様でした。2001年のアフガン戦争後、米国は同国でのテロ対策を行う一方、新生アフガニスタンの国家再建を支援してきましたが、そこでは「自由で民主的な国を作る」ことが暗黙の前提となっていました。

 しかし、それまで抑圧されていた土地に「自由で民主的な国を作ること」は、理想としては素晴らしいかもしれませんが、イラクなどと同様アフガンでも民主政治は容易に縁故主義と汚職の温床になりました。それでも米国が自由や民主主義の看板のもとアフガン政府を庇護下に置き続けたことは、アフガニスタンの対米依存を深めただけでなく、米国への不満の種にもなってきたのです。

 この観点からすれば、トランプ氏が「米国が民主主義を求める時代は終わった」と述べ、「アフガニスタンの自主性」をかつてなく強調したことは、米国の方針の大きな転換といえます。「我々は国家を建設しようというのではない。テロリストを殺しにいくのだ」など、例によって直裁な表現が目立つものの、「価値観に基づく一方的な支援を拒絶し、共通の利益を目指す」方針は、実利を優先させるトランプ氏ならではといえるでしょう。

パキスタンとの関係の見直し

 今回の演説に関して、各国で最も関心を呼んだのは、恐らく第三の柱、パキスタンとの関係の見直しだったかもしれません。

 パキスタンは冷戦期から米国と関係が深く、「NATO非加盟の主要同盟国」の一国と位置付けられてきました。その一方で、タリバンはもともとソ連によるアフガン侵攻の末期にパキスタンの神学校で育成されたといわれます。1994年にアフガニスタンの実権を握った後も、タリバンがパキスタンとほぼ自由に往来し、物心両面で支援を受けてきたことは、いわば公然の秘密でした

 これに関して、トランプ氏は「パキスタンがタリバンその他のテロ組織にとっての安息地であることに、もはや我々は黙っていない」と述べ、パキスタンに「文明、秩序、平和への関与」を要求。それに続けて、トランプ氏はカシミール地方の領有をめぐる対立でパキスタンの天敵であるインドの名をあげ、「インドとの戦略的パートナーシップの発展」も強調したのです。

 長年米国政府が口を閉ざしてきたパキスタンとタリバンの関係を大統領自身が公の場で指摘し、その見直しを迫ることは、9.11以降「イスラーム諸国の政府がイスラーム過激派を支援している」と不満を抱いてきた米国民にとって溜飲の下がるものだったかもしれません。しかし、他方でそれは「シニア・パートナーである米国自身がそれを見て見ぬふりをしてきた」といっているのに等しいものです。さらに、タリバンにはサウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国からも資金が流入していたといわれます。

 もちろん、一義的な責任はパキスタンにあるにせよ、以上に鑑みればトランプ氏の演説にパキスタンで「アフガンでの作戦が上手くいかないスケープゴートにされること」への批判があがることは無理からぬことです。かねてから米国との関係がギクシャクしていた同国には、「一帯一路」構想を掲げ、しかもブータンやインド洋をめぐって対立する中国が接近しており、今年6月にはパキスタン国内における中国軍の基地建設が報じられています。また、新アフガン戦略に関しても、中国はアフガニスタンにおけるパキスタンの役割を強調し、同国を擁護しています

 こうしてみたとき、新アフガン戦略は、南アジアにおける大国関係の変化を後押しするものといえるでしょう

現場への権限移譲

 最後に、新アフガン戦略の第4の柱は、現場に決定権を委ねることです。トランプ氏によると、「ワシントンD.C.からの細かな支持は戦闘の勝利に結びつかない…よって、我々はテロリストや犯罪組織を標的にしている米軍部隊の権限を強化する」。

 本部からの指示を最小限にして、現場の裁量の余地を最大化することは、現代の巨大企業経営ではよくあるのかもしれません。軍事作戦でも、判断を迫られる状況において逐一本部におうかがいをたてるより、現場に判断を委ねた方が、スピーディーな対応という観点からは優れているといえます。また、現地部隊に決定権を引き渡すことは、ホワイトハウスの要となりつつあるマティス国防長官や米軍首脳部にとっては朗報でしょう。

 その一方で、決定権を現場に委ねることは、軍事活動にともなう責任を曖昧にしかねません。これまででさえ、アフガンやイラクでは米軍による民間人の殺傷が数多くありましたが、米国政府が責任を認めることは滅多にありませんでした。新アフガン戦略は効率性より説明責任に大きく舵を切るもので、米国の文民統制においても大きな転機といえるでしょう

新アフガン戦略は奏功するか

 それでは、以上の柱からなる新アフガン戦略は成果をあげられるのでしょうか。残念ながら、それを期待することは困難です。その最大の理由は、そもそも何をもって「成果が出た」といえるか、言い換えるなら「どこがゴールか」が新アフガン戦略では明確でないことです

 先述のように、第1の柱に関してトランプ大統領は「条件に基づくアプローチ」を強調しました。しかし、「どんな条件が整うかまで米軍が駐留するか」 は判然としません。

 テロリストを撲滅できれば、それに越したことはないかもしれません。しかし、短期的にはともかく、軍事力のみでテロリストを根絶するのが困難なことは、他ならないアフガニスタン自身の2001年以降の歴史がその実例です

 だとすると、タリバンの占領地を縮小させることなのか、それともアフガニスタン軍の練度を向上させることなのか、何らかの目標設定が必要なはずですが、トランプ大統領の演説からは読み取れません。トランプ大統領は「条件に基づくアプローチ」を強調しながらも、「成果があがった」かどうか、誰が、どんな基準で判断するかの規準を示していないからです。

 重要な箇所をぼかすのも、言質をとられないための政治家のテクニックの一つではあるでしょう。とはいえ、トランプ氏は「期間を区切らないので、テロリストは我々がいつまでいるか分からない」と述べていますが、米国民や同盟国にも期間が不明なので、「成果が出るまで」泥沼に足をつっこみ続けることもあり得ます。

 少なくとも、ゴールが不明確なまま、その活動を行う主体が「成果」を判断するのであれば、他の事情で撤退しても「我々のミッションは完了した」と強弁することさえ可能です。トランプ氏は「期間の設定が恣意的だった」と述べていますが、そちらの方がまだしも定期的チェックが可能で、むしろ「条件に基づくアプローチ」の方が監督者による恣意的判断が容易といえるでしょう。

敵は誰か

 さらに重要なことは、「テロ対策」を重視するトランプ大統領が、タリバンをはじめ、西側諸国が「テロ組織」と位置づける勢力のみを標的としていることです。これは歴代政権と変わらず、しかも一見当たり前のように映ります。

 しかし、実際にアフガニスタンで民間人を相手に武力活動を行っているのは、タリバンなどをイスラーム過激派だけではありません。「国家があるようでない」アフガニスタンでは、政府が実質的に管理できる首都周辺以外の土地は、武装集団を率いる土地の有力者が事実上の支配者として君臨しています。

 例えば、少数派のウズベク出身で、同国北部のドスタム副大統領はソ連侵攻時代から現在に至るまで民兵を率いており、2016年には国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによって「民間人を虐殺している」と非難されています。また、そのドスタム氏に接近してl台頭した、やはり北部のブルフ州のアタ・ヌール知事は治安部隊とともに民兵組織を用いていると指摘されておりタジク人中心の民兵による不法行為が不問に付されることなどへの抗議運動も発生しています

 タリバンはもともとパシュトゥン人中心の組織でした。しかし、縁故主義と汚職が蔓延するなか、近年では政府機関によって不利に扱われやすい少数民族がタリバン加入する傾向も報告されています。これに鑑みれば、「お目こぼしの文化」がさらなるテロを誘発させているという、アフガニスタン在住のジャーナリスト、サンドラ・ピータースマンの指摘は、正鵠を射たものといえるでしょう。

 ところが、新アフガン戦略でトランプ大統領は「いつの日かタリバンと交渉することがあるかもしれない」とさえ述べており、あらゆる可能性を否定していません。しかし、その一方では「アフガニスタンの主体性」を強調するあまり、テロの温床となっているバッド・ガバナンスにはほとんど関心が払われていません。つまり、自らが「敵」と位置づける勢力への攻撃を自明とすることで、かえって自らの敵を増やす悪循環に陥るリスクにおいて、新アフガン戦略はこれまでの米国の方針と大差ないといえます

 こうしてみたとき、新アフガン戦略の行方には暗雲が立ち込めているといえます。そのゴールや出口が明確でないうえ、「あらゆる手段の統合」を強調するわりには軍事作戦以外の道筋はみえません。タリバンなどのみに対する軍事作戦は、アフガニスタンでさらなるテロリストの培養槽にさえなります。「ただテロリストを殺しにいく」という勇ましいかけ声は、しかし新アフガン戦略の戦略性の乏しさをも物語ります。戦略性の乏しい戦略に突き進む米国がこれまで以上の泥沼に足をとられる公算が大きいことは、新アフガン戦略がトランプ政権にとってのアキレス腱になる可能性が大きいといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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