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高校球児、日本は13万人も韓国は3200人 映画『野球少女』を通して見る日本とは異なる部活事情とは?

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
韓国の高校球児。2019年撮影(写真:ストライク・ゾーン)

3月5日から韓国映画『野球少女』が全国ロードショー公開されている。高校生の女子野球部員がプロ野球選手になるという夢に向かって、ひたむきに努力する姿を描いたフィクション作品だ。

映像:映画『野球少女』予告編

2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

同作は野球に興味がなくても十分に感情移入できるが、韓国の高校野球部事情がわかると、主人公・スインやスインの母、そしてチームメイトが発する言葉の意味がより深く理解できるだろう。

(関連記事:女子高生がプロを目指す映画『野球少女』公開 韓国には男子と一緒にプレーの女子投手が実在した?

部活をやるのはプロを目指す人だけ?

映画『野球少女』ではスインが男子部員と一緒に野球部で活動するが、韓国ではそもそも「部活動」をするのはほんの一部の生徒だということをご存じだろうか?

日本では運動部以外にも「漫画部」や「茶道部」などの文化系の部活動があるが、韓国は8時間目までの授業の後に「補習」があるのが一般的で、放課後というものがなく、部活動がない高校がほとんど。部活動に似たものとして、月に数回活動の「同好会」がある程度だ。

10年前まで韓国の野球部の生徒は授業にはまったく出席せず、1日中、練習または試合をやっていた。しかしそれでは良くないと、一部の大会は週末に行われるようになった。しかし野球部員が授業よりも野球中心の高校生活を送っているのは変わっていない。

イ・ジュヨンが演じる主人公のチュ・スインの授業シーン(写真:2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED)
イ・ジュヨンが演じる主人公のチュ・スインの授業シーン(写真:2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED)

そのためプロに進めなかった野球部員が、一般企業に就職するのはとても難しい状況だ。同作の中ではスインに母親が就職を勧めるシーンがある。韓国の野球部員の現状を踏まえてそれを見ると、スインと母親、両方の思いがより深く理解できる。

野球部員の数は日本の43分の1

2008年の北京オリンピック野球競技で韓国代表は金メダルを獲得した。その後の記者会見で韓国の主砲、イ・スンヨプ(当時巨人)はこうコメントしている。

「高校野球部が60校しかない国が、金メダルを手にするなんてすごいことだ」

13年前、韓国の高校野球部の数はイ・スンヨプが発した60校よりも少ない、五十余校しかなかった。その後増え続けるも、現在も82の高校にしか野球部はない。日本は減少傾向にあるとはいえ、3,932校が高野連に加盟している。

野球部員の数は日本の約13万8,000人に対し、韓国はたったの3,200人だ。韓国の人口は日本の半分弱ではあるが、それにしても韓国の野球部員の数は非常に少ない(日本の数字は2020年7月末、韓国は2021年2月現在。大韓野球ソフトボール協会発表)。

これは野球が不人気なのではなく、他のスポーツも同様だ。例えばサッカー部は高校が114チーム、U18のクラブチームを合わせても187チームで、選手数は合計で約6,200人にとどまる(2019年12月大韓サッカー協会調べ)。

映画の中ではスインの幼なじみで、プロから指名を受けた男子部員のイ・ジョンホ(クァク・ドンヨン)が、「子供の頃から野球を続けているのはお前とオレだけだ」というシーンがある。韓国の高校運動部の背景をわかってこの台詞を聞くと、その言葉の重さを感じるに違いない。

スインの幼なじみでプロから指名される、イ・ジョンホ役のクァク・ドンヨン(写真:2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED)
スインの幼なじみでプロから指名される、イ・ジョンホ役のクァク・ドンヨン(写真:2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED)

「プロ入り」も日本より狭き門

作中、主人公・スインに対し、監督、コーチがプロ以外で野球を続ける選択肢を提示する場面がある。しかしスインは「お金を出さなきゃいけないでしょう?」とそれを拒否する。

日本にはプロ野球のトップリーグ(NPB)入りを目指す選手が、報酬を得ながらプレーする独立リーグがある。韓国にも独立リーグは存在し、そこからトップリーグ(KBO)入りする選手もいるが、韓国の独立リーグの場合、選手はお金をもらうのではなく、月9~10万円程度の参加費を払ってチームに所属している。そのため、韓国の独立リーグは事実上「プロ」ではない。

また同作は実在の人物がモチーフになっている。1999年4月30日に行われた第33回大統領杯全国高校野球大会の準決勝・ペミョン高戦に先発登板した女性選手、トクス情報産業高(現トクス高)のアン・ヒャンミ投手だ。

映画の中でスインは「20年ぶりに誕生した女子の野球部員」と紹介されるが、20年前の選手というのは、アン・ヒャンミ投手のことを指している。

同作のプレスリリースや劇場用パンフレットのあらすじ紹介には、アン・ヒャンミ投手が上記の高校大会ではなく、「プロ野球リーグ(KBO)主催の公式試合に登板したことがある」という誤った情報が記載されている。そしてそれを引用した紹介記事も数多く掲載されている。

もしかすると映画関係者の中に、プロ野球と高校野球の区別がついていない人がいるという可能性もあるため説明すると、これまでに韓国でプロ野球の出場経験のある女子選手はいない。

それらも踏まえて映画『野球少女』を見ると、スインが目指す夢への道のりの険しさがより強く感じられ、声援を送りたくなるだろう。

映像:映画「野球少女」の魅力と予備知識紹介

(「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」沖縄・FMコザ)

(本記事は映画『野球少女』の劇場用パンフレットに寄稿した内容を一部抜粋し、構成しています)

韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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