昨秋、東京ドームで行われた野球の国際大会・プレミア12。韓国がアメリカと対戦した11月11日の試合で、バックネット裏の一番前の席に座った二人の男性の姿に目を奪われた。

SKワイバーンズのホームユニフォームと、SKの地元・インチョンにちなんだオールドユニフォームに袖を通した二人。どちらも背中には抑え投手として韓国代表入りした、ハ・ジェフン(元ヤクルト。ヤクルトでの登録名はジェフン)の名前がハングルで施されていた。

韓国から観に来た熱狂的なハ・ジェフン信者だろうか。それともハ・ジェフンが2016年に在籍したヤクルトのファンか。そう思っているとイニングの途中、記者席に置かれたモニターにスタンドの様子が映し出され、二人の顔が確認できた。彼らは信者でも燕党でもなかった。ハ・ジェフンのヤクルト当時の通訳と代理人だった。

4年前にハ・ジェフンの通訳を務め、現在は球団職員としてヤクルトで働く清水真生さんは、韓国代表としてグラウンドに立つハ・ジェフンを見て「感動した」と話す。

「試合前に国歌斉唱を聞いた時に、鳥肌が立ちました。ヤクルトでは結果が出ず、(ハ)ジェフンの家族がこれまで大変な苦労してきたことも知っているので、代表選手になったことが、自分のことのように嬉しかったです」

2016年5月、ヤクルト入団会見での清水さん(左)とハ・ジェフン(写真:ストライク・ゾーン)
2016年5月、ヤクルト入団会見での清水さん(左)とハ・ジェフン(写真:ストライク・ゾーン)

ハ・ジェフンは龍馬(ヨンマ)高校在学時の2008年7月にシカゴ・カブスと契約。マイナーリーグでプレーし、野手としてメジャーリーグを目指したが昇格には至らず、手首の負傷もあり、15年限りでアメリカを後にした。

16年からは四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでプレー。そこでの外野手としての好成績が買われて、シーズン途中の5月にヤクルト入りが決まった。しかしヤクルトでは17試合に出場、打率2割2分5厘という成績に終わり、17年に再び徳島へと戻った。

ハ・ジェフンの日本での代理人、金弘智弁護士も大舞台に立つハ・ジェフンの姿に特別な感情を抱いていた。

「日本では本人の意思で野手をやっていましたが、アメリカにいた時に1Aではピッチャーを務めていて、『見たことがない肩の強さだ』と言われていたそうです。徳島のコーチ陣やNPBのスカウトも『ピッチャーをやった方が良い』と言っていました」と振り返る。

「ソフトバンク3軍との試合でボールの回転数が2700rpmも出ていたことが、投手として注目されるきっかけになりました。周りの支えもあって代表入りまでするようになって、本当に嬉しいです」

徳島インディゴソックス当時のハ・ジェフンと金弁護士(写真:ストライク・ゾーン)
徳島インディゴソックス当時のハ・ジェフンと金弁護士(写真:ストライク・ゾーン)

通訳だった清水さんはハ・ジェフンより1歳年下。しかし清水さんはハ・ジェフンに対して自分が年上のように接していたという。

「ジェフンはお調子者なので、僕は説教ばかりしていました。しょっちゅうケンカもしましたね。でもジェフンには周りの人を引き寄せる力があって、みんなでジェフンのことを支えていこうという雰囲気が生まれていました。アメリカでの生活が長かったので言葉の壁を乗り越える力があって、チームメイトともうまくコミュニケーションをとっていました」

ハ・ジェフンは17、18年と徳島でプレーした後、28歳の時に韓国に戻ることを決め、投手としてドラフト指名を受けてSK入り。1年目の昨季は中継ぎとしてスタートすると、類まれなスピンのきいた速球を武器に4月下旬から抑えを務め、30試合連続無失点を記録するなど活躍した。

昨季の成績は61試合に登板し5勝3敗、防御率1.98。リーグトップの36セーブを挙げて、堂々の代表入りを果たした。海を渡ってから11年を経ての結実だった。

クローザーとして活躍したハ・ジェフン(写真:SKワイバーンズ)
クローザーとして活躍したハ・ジェフン(写真:SKワイバーンズ)

清水さんと金弁護士は今もハ・ジェフンと交流を続けている。

「ジェフンは日本で野手をやったことを『後悔していない』と言っています。日本で活躍はできなかったけど、嫌な思い出ではないのだと思います」と清水さんは話す。

東京ドームのバックネット裏、最前列のチケットは、ハ・ジェフンが清水さんと金弁護士のために用意したチケットだった。清水さんは「ジェフンの初めての気遣いでした」と笑い、「不器用なジェフンのその気持ちが嬉しかったです」と話した。

金弁護士は試合後、ハ・ジェフンから韓国代表のユニフォームを渡された。「これを着て、東京オリンピックで応援したいです」。金弁護士の次の願いだ。

マイナーリーグ、四国IL、NPB、そして再び四国。長い道のりと打者から投手への転向を経て、母国で花開き、代表選手まで上りつめたハ・ジェフン。その道程で彼と出会った人たちは、いま、喜びを感じている。

※本記事は筆者がスポーツ朝鮮に韓国語で寄稿した記事を再編集し、日本語で記したものです。