甲子園出場は演劇部を掛け持ちしたおかげ? 新庄剛志さんの母校で生まれた「野球×演劇のチームワーク」
「野球と演劇は相性がいい」
筆者は以前からそう思っている。そのことを知人に伝えるとこんな言葉が返ってきた。
「今の選手は魅せるパフォーマンスも必要だからね」
しかし筆者が思うのはそのようなエンターテインメント的なことではない。とはいえ、自らの力で野球と演劇の親和性を証明する術はなく、とりあえずインターネットで「野球 演劇」と検索したところ、以下の映画タイトルがヒットした。
「野球部員、演劇の舞台に立つ!」
その映画は2018年に公開された、福岡県の高校での実話をもとにした作品。現在は一般劇場公開を終え、学校上映の他、ユーザーのリクエストによって映画館で上映される「ドリパス」などを中心に2次上映が行われているという。
筆者は今年2月、東京・秋葉原で行われたドリパスでの上映を観に行った。
名優たちが八女市を舞台に演じた青春ドラマ
映画は甲子園出場を有力視されるも県大会で敗退した福岡・八女北高校の野球部員に、演劇部顧問の三上先生(宮崎美子)が「男子部員が欲しい」と助っ人を申し出ることから始まる。
「野球だけの人間になるな」という理念を持つ野球部の八幡監督(宇梶剛士)はそれを受け、エースのジュン(渡辺佑太朗)を含むレギュラー3人を演劇部に送り込んだ。
演劇部員と野球部員の間での反発ととまどい。両者の化学反応から成長へと導こうとする演劇部OBで演出を手掛ける田川先輩(林遣都)。それぞれの本気がぶつかりあっていく青春ドラマだ(カッコ内は役者名。敬称略)。
(映像:映画「野球部員、演劇の舞台に立つ!」予告)
この作品は茶どころで知られる八女市の行政と地域住民の強力なバックアップで完成したという。その八女へ実話の当事者たちに会いに行った。
新庄さんと同期の野球部監督、なぜ部員を演劇部に?
この作品のベースになっているのは、福岡県八女市にある西日本短大附属高校(以下、西短)での2003~4年にかけての実際の出来事。新庄剛志さん(元日本ハムなど)と同期の同校OBで、野球部の西村慎太郎監督(48)はなぜ野球部員を演劇部に送り込んだのか。
「自分の高校時代、県大会の決勝戦で福岡大大濠高に負けた時に、勝負は野球の力の差、技術の差じゃない。チームのまとまり、人間力の差だと感じたんですよね。しかしそれを(当時)監督になったばかりの僕の力では埋められないと、(演劇部顧問の)竹島先生に相談したんです」
映画では野球部監督と演劇部顧問はかつての同級生という設定だが、西村監督にとって演劇部顧問の竹島由美子先生は高校時代の恩師であり、先輩教師だった。
竹島先生は西村監督の許可を得て、野球部の2年生レギュラーを中心とした4人を演劇部に勧誘。夏休みが終わった9月から、2か月後に控えた演劇大会までという期限つきで、野球部員4人の演劇部との掛け持ちがスタートした。
彼らは夜8時になると、グラウンドから演劇部が活動する体育館に移動。ボールを台本に持ち替え、10時過ぎまで稽古に励んだ。
演劇との出会いが「野球留学生」に与えたもの
4番ファーストだった吉山潤伍さん(33)はいわゆる野球留学生。映画の中ではエース左腕のジュンとして描かれている。
吉山さんはプロ野球選手になることを夢見て、東京の親元から800キロ以上離れた八女市へとやってきた。野球をやるために入った高校で、演劇をすることを遠回りとは感じなかったのか。
「最初は演劇大会までと期間が決まっていたので、それが終わったら取り戻せばいいと思っていました。ただ、初めて稽古場に行った時に演劇部の本気具合を見て、『ちゃんとやらないと、まずいんじゃない』と思って、やるからには全力でやろうと。しかし考えていたよりも長い間続けましたけどね(笑)」
吉山さんは野球と演劇を兼ねる前から感じていたことがあった。
「中学までは野球でチヤホヤされていたんですが、高校に入学してすぐ、すごい先輩や同期の体つきを見て、『プロは無理だな』と思いました」
地元を離れてまで進学した高校で、入学早々に打ち砕かれた夢。しかしチームの目標が吉山さんの野球への思いをつなげた。
「1年生の時から西村監督(当時は部長)には『おまえらの代で甲子園に行く』と言われていたので、甲子園に行くことだけが目標でした。監督に言われたからには結果を出さなきゃいけないと思って、演劇もただ夢中にやっていました」
監督と先生に勧められて始めた演劇。それが吉山さんに思わぬ変化を与えた。
「台本を渡された時に言葉の意味がわからなくて、それまで触ったこともなかった辞書を引いて調べるようになりました。言葉の意味がわかるとそれがどういう感情なのかが気になりだして、台本に書かれた他の人の台詞が目の前で演じられていくことを面白いと感じましたね」
さらに吉山さんは演劇をきっかけに本を読むようになった。それが同級生にも波及し、クラスの読書ブームにつながっていったという。また他の野球部員たちも吉山さんらの演劇活動に興味を示すようになっていった。
「夜、寝る前に寮の屋上で台本を読んでいると、(バットを)素振りしている連中が『その感情、違くない?』とか言いながら他の人の役をやってくれたりして、台詞を覚えていきました」
ここまでなら「演劇もやる、変わった野球部員」という見方にもなる。だが西短は吉山さんらが3年生の2004年夏、福岡県大会を制して同校12年ぶり4回目の甲子園出場を決めた。演劇部との二足のわらじを履きながら、高校野球の頂点を決める場へと勝ち上がっていったのだ。吉山さんにとって、演劇が野球にもたらしたものとは何か。
「野球部は各地区のエースや4番が集まっている中で、それまでは『俺が抑えれば勝てる』、『俺が打てば勝てる』という、自分のことだけを考えて、それぞれの役割を全うしていないチームだったんですよ。そこに僕らが演劇で主役と脇役、それを支える裏方がいるというのを感じ、目の当たりにして、自己犠牲の必要性を口に出さなくても自然にチームの中に落とし込んでいったんです」
野球部員が演劇を通して得た変化
西村監督は演劇に関わった部員たちをきっかけに、野球部全体が変化していくのを感じた。それは全く想像もしていなかったことだという。
「一番変わったのは『人を認める力』でした。野球部の中にいると他の選手はライバル、競争相手。『あいつに負けたら試合に出られない』という世界です。しかし演劇に参加した子たちは『全員で一つのものを作る』ということの大切さや力を野球部に持ち込んできました」
さらに西村監督は部員たちが生み出す空気に驚いた。
「試合で失敗した選手がいるとだいたい周りは『しゃあないな』と思うのが普通です。しかし演劇を経験した彼らは失敗をカバーし合うというのが日常的になっていて、『人を包んで』いきました。それはそれまでの運動部の中にはないものでした」
また西村監督自身にも新たな視点が加わった。
「正直なところ、最初は『演劇は文化部。野球部の方がキツい』と思っていました。しかし練習を見に行ったら体育会以上に体力だけではなく、精神力をつかっていて、しかも稽古場は雨漏りがしそうな場所なわけですよ。当然、そこには野球部のような特待生はいません。そのことを野球部員も知ったら変わるんじゃないかなという期待も生まれました」
野球部員は演劇部でもチームワークを発揮していったと、演劇部OBで演出を手掛けていた田原照久さん(36)は振り返る。
「稽古中、舞台上の部員の台詞が飛んだり、芝居が止まった時に、舞台袖の野球部員たちが『場がだれる』と集中を切らした部員を注意する姿が印象的でした。野球で言えばベンチにいる人間がエネルギーを切らさず、役割を果たすということが浸透していたのだと思います」
野球部員たちが目と目で通じ合う仲に
野球×演劇の化学反応は教室の中でも起きていたと竹島先生は話す。
「演劇を経験した野球部員たちが目で会話をしだすようになりました。例えば私が野球部のやんちゃな子を叱ろうとすると、他の部員が私の方を向いて、『ちょっと待ってください。今は叱るタイミングじゃない』と目で伝えてきました。彼らは無意識のうちに生きる力として、演劇で得たことが人生の中に入り込んでいったと感じましたね」
選手のアイコンタクトは試合の中でも生かされ、走者一、二塁で2人のランナーがノーサインでダブルスチールを成功させるプレーが繰り返されたという。その当事者だった2番ライトの石井直人さん(33)は同僚との「信頼」がとっさの判断につながったと振り返った。
野球部に演劇的要素を取り入れることは可能か?
西短の野球部員が初めて演劇部を掛け持ちしてから十数年が経過。当時の部員たちは30代に、竹島先生は2013年に西短を退職した。
そして西村監督は今春から福岡大若葉高で野球部の指揮を執る。同校は昨年男女共学になり、野球部は今年が創部2年目だ。
「僕にとって西短で子供たちから学ばせてもらった経験が財産で、僕にはそれしかありません。なので今度の子供たちには『こうしろ』とは言えません。『君たちよりも先に結果を出した同世代の先輩たちはこんな風にやっていたよ。それをお前たちの形に変えて、歴史を作ってみろ』と伝えることが主になると思います」
西村監督に「もし次の高校で演劇部の顧問の先生から、『野球部員を勧誘したい』と言われたらどうするか?」と尋ねた。すると西村監督はこう答えた。
「西短では竹島先生への信頼が強すぎたので、それと同じにはならないと思いますが、もし相談されたら『お願いします』と言うでしょう」
西村監督と竹島先生との関係性をきっかけに生まれた、野球部員の演劇部との両立。それはどこの高校でも簡単にできることではない。だが、映画でキャプテンの捕手・リョータ役を演じ、野球経験者でもある俳優・舟津大地さん(27)はこんなヒントをくれた。
「野球部の練習の中で、例えば台詞読みを毎日10分とかでも続けたら、チーム内のコミュニケーションが深まるのではないかと、この作品を演じてみて思いました」
「野球と演劇の相性」その答えは…
映画「野球部員、演劇の舞台に立つ!」を鑑賞し、そして作品のモデルになった人たちや出演者から話を訊いたことで、筆者は野球と演劇の相性の良さに確信を持つことができた。
いや、演劇と相性が良いのは野球だけではないとも感じている。例えば、教育の現場や職場に演劇的コミュニケーションが加わることで生まれる力は計り知れない。
「○○○○、演劇の舞台に立つ!」、その○の中には様々なジャンルの言葉が入ってもいいはずだ。
(映像:映画「野球部員、演劇の舞台に立つ!」予告)
<「野球部員、演劇の舞台に立つ!」 西日本短大附属高校の国語科教師で演劇部顧問だった、竹島由美子さんの10年間にわたる実践記録が原作。秋田雨雀・土方与志記念青年劇場によって2012年に舞台化され、2018年に映画として劇場公開された>
近日、2次上映を東京、大阪で実施予定。