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「偏見のない岩村監督に感謝」 韓国で居場所を失った29歳のスラッガーがBC福島で躍動

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
活躍を見せるBCリーグ・福島のキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)

2017年に約半年間、ハンファイーグルスでインストラクターを務め、今年からそのハンファで打撃部門を任されている前西武監督の田辺徳雄コーチ(西武から派遣。球団本部チームアドバイザー)は2月の沖縄キャンプでこう話した。

「チームの人に、“(キム)ウォンソクは?”と聞いたらもういないと言うんだよ。いいバッターだったんだけど」

田辺コーチが2年前に指導した右の外野手、キム・ウォンソク(金源石)は同年78試合に出場、打率2割7分7厘、7本塁打、26打点を記録。レギュラーではなかったが1軍で結果を残し、その後の活躍が期待されていた。

しかしその年の11月、キム・ウォンソクは秋季キャンプ中に球団から自由契約を通告される。放出の理由は野球とは無関係のことだった。

29歳の彼は今、日本にいる。ルートインBCリーグの福島レッドホープスでプレー中だ。

DMでの誹謗中傷が流出し、「2度目の解雇」

キム・ウォンソクはハンファ在籍中、ファンとインスタグラムのダイレクトメッセージで交流をしていた。それがキャプチャー画像としてネット上のコミュニティーに流出。内容がチーム関係者への誹謗中傷に加え、政権に対する批判的な内容だったため物議を醸した。

ハンファ球団は「SNSの私的なやり取りであっても、不適切な内容が流出したことで断固たる措置が必要」と判断。キム・ウォンソクを解雇した。

キム・ウォンソクにとってクビになるのはこれが2度目。1度目は大卒後、投手として育成契約で入団した後、野手に転向するもチャンスをつかむことが出来ず戦力外となった。

その後、軍に入隊。約2年の兵役を終え、韓国の独立チームに入団すると活躍が評価され、再びハンファ入りした。そこで実力を発揮し1軍定着を果たしたが、予期せぬ形で2度目の解雇となった。

キム・ウォンソクは当時の出来事について、「2年経って、3年目になるが、“申し訳ありません”という言葉に始まって、“申し訳ありません”という言葉で終わるしかありません。後悔はたくさんしたし、自分に腹が立って未だに寝つけない日もあります。人からどんな非難を受けるかもわかっているし、それは僕が死ぬ前まで受け入れていきます」。

キム・ウォンソクは不適切とされた内容を自らネット上に公開したわけではなく、DMを流出させられたという点では被害者でもある。しかし彼に言い訳はなく、ただただ謝罪の言葉を続けた。

ティーバッティングを行うキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)
ティーバッティングを行うキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)

攻守に発揮される元プロの実力と愛される人柄

現在、キム・ウォンソクはBCリーグで打棒を振るっている。今月18日の新潟アルビレックスBC戦に6番指名打者で先発出場すると2本のホームランを放ち、次の試合からは4番レフトに座り、ここまで4試合で2本塁打、5打点。打率4割1分7厘を記録している。

広いスタンスで構え、タイミングを取る際に投手側の足は上げず、軽くつま先を切り返すだけのノーステップ打法は古巣の先輩、キム・テギュン(元千葉ロッテ)を思わせる。鋭い打球の質、外野守備での打者走者の先への進塁を防ぐ送球など、元プロ選手として格の違いを見せつけている。

打席でのキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)
打席でのキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)

またチームメイトへのアドバイスも積極的だ。試合前、キム・ウォンソクは6つ年下の捕手、森口練太郎に簡単な日本語と片言の英語を交えてこう声を掛けた。

「あくまで個人的な感想だけど、逃げのリードが多いように思う。逃げて打たれても、攻めて打たれてもヒットという結果は同じ。ピッチャーのためにももっと攻撃的なリードをした方がいいと思うんだ」

森口はキム・ウォンソクについて、「バッティングのアドバイスもしてくれるし、めっちゃいい人です」と笑顔を見せた。

またGM兼総合コーチの星野おさむ(元楽天など)は「(キム)ウォンソクはハートがいい。勉強熱心だし他の選手にもいい影響を与えている。今のスタイルを継続してもらいたい」と話した。

試合後、同僚・竹脇大貴のパフォーマンスに笑顔のキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)
試合後、同僚・竹脇大貴のパフォーマンスに笑顔のキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)

偏見のない岩村監督に報いたい

キム・ウォンソクが所属する福島を率いるのは元メジャーリーガーの岩村明憲だ。岩村は監督であり球団社長も務めている。キム・ウォンソクは岩村監督に感謝の言葉を重ねる。

「岩村監督はご自身も海外で生活した経験もあるので、野球で集まった僕ら外国人選手に偏見なく接してくれる」

試合後、ファンと握手する岩村明憲監督(写真:ストライク・ゾーン)
試合後、ファンと握手する岩村明憲監督(写真:ストライク・ゾーン)

キム・ウォンソクは古傷の右太もも裏を再び痛めた時の岩村監督の配慮に心を打たれた。

「岩村監督は、“心配せずに治療して来い”と時間をくれた。監督に直接何かをお返しすることは出来ないので、グラウンドで一生懸命プレーして勝って恩返しするのがベストだと思っています」

岩村監督はキム・ウォンソクについて「プレーを完結させられる選手です。トライアウトの時は室内だったけどヘッドスピードが速いし、50メートル走るのも一生懸命全力でやっていたので獲ることを決めました。ナイスガイです。ケガで出遅れたのは悔しかったと思います」と話した。

試合前、キム・ウォンソクに声を掛ける岩村明憲監督(写真:ストライク・ゾーン)
試合前、キム・ウォンソクに声を掛ける岩村明憲監督(写真:ストライク・ゾーン)

キム・ウォンソクがハンファを放出となった理由について、福島ではあまり知られていない。キム・ウォンソクは過去にとらわれない新たな場所で今の自分が評価されている。

岩村監督はキム・ウォンソクの韓国での出来事について「周りに注意されないと、気がつかないことで失敗してしまうこともあります」と言って受け入れた。

「今日のプレーが最後」と思って臨む日々

重い十字架を背負い生きているキム・ウォンソク。彼に未来について尋ねた。すると「正直、わからないです」と言って、言葉を失った。そしてしばらく間が空いた後に、絞り出すようにこう答えた。

「目標を設定して野球をやるというよりも、“今日のプレーが最後の野球だ”と思いながら、日々ベストを尽くして野球をしています」

独立リーグの多くの選手はNPBでのプレーを目指している。キム・ウォンソクも同じ目標を持つことは可能だろうか。

BCリーグを視察し、韓国でのコーチ経験もあるDeNA編成部の小林晋哉スカウト(元阪急)は「アジア枠があれば別ですけど、外国人選手として獲るとなると飛び抜けたパワーがあるとかではないと難しい」と話す。また岩村監督も「外国人選手として求められるものに特化していないと」と言う。

独立リーグでプレーする韓国人選手がNPB入りした事例としては、2016年5月に四国アイランドリーグplusの徳島でプレーしていた元マイナーリーガーのハ・ジェフン外野手(登録名:ジェフン)が途中補強されたことがある。しかしこれはかなりのレアケースだった。

外から思われている福島への不安

「福島に来る前は周りの人の大半に“大丈夫?”と言われて、自分も心配しました」。

キム・ウォンソクは来日当時を振り返る。

筆者も先日、韓国の球場で野球担当の記者からこう尋ねられた。

「東京オリンピックの野球の開幕戦は福島で行われるけど、福島は“大丈夫?”」

メディアで従事している人ですらそう思うくらいだから、韓国では今も多くの人が福島に不安を持っているのだと容易に想像出来る。

さらに韓国から日本に入国すると、韓国で契約の携帯電話には自動的に韓国の外交部(日本における外務省)から以下のようなショートメッセージが配信される。

「[外交部]福島 原発周辺 半径30km(撤収勧告)」

韓国外交部から配信されるショートメッセージ(写真:ストライク・ゾーン)
韓国外交部から配信されるショートメッセージ(写真:ストライク・ゾーン)

原発事故があったという事実は8年経った今、日本人以上に訪日する韓国人の方が実感するという現状がある。実際に福島に暮らすキム・ウォンソクはどう思っているか。

「外を歩くと放射線量測定器がたくさんありますが、ソウルと比較しても基準値にあまり差はないようです。もちろんすぐに体で感じるものではないけど、みんな元気に暮らしているし、僕が知っている他の都市よりも快適に過ごしています。個人的には心配ないと言いたい。世の中は黒と白の2つに分けられるものではないが、でも二択でしか考えられない人もいる。そういう人にはどちらと言う必要はないのだと思う」

北上しない桜前線もある

20日、福島が茨城アストロプラネッツと試合を行ったいわせグリーン球場(須賀川市)は、周囲の桜が満開だった。

「県内だと福島(市)が先に咲いて、次に郡山が咲いて、その後に須賀川が咲くんですよ。福島は盆地でこちらは山が近いから遅いんですかね」

地元の女性はそう教えてくれた。勝手な思い込みで桜前線は北上するものだと思っていたが、福島県内の桜は北から南下し蕾をほころばせていた。そのことを知ってキム・ウォンソクが口にした「偏見」という言葉が頭をよぎった。

桜が球場を囲むいわせグリーン球場(写真:ストライク・ゾーン)
桜が球場を囲むいわせグリーン球場(写真:ストライク・ゾーン)

茨城とのホームゲームに10-9で勝利した後、福島の面々は場外でファンのお見送りをした。子供たちと楽しそうにじゃれ合うキム・ウォンソク。彼はハンファからの1度目の解雇の後、軍入隊までの間、母校の中学校でコーチをしていたこともあった。星野コーチが言った「ハートがいい」、岩村監督の「ナイスガイ」という言葉がしっくりきた。

ちびっこファンとタッチするキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)
ちびっこファンとタッチするキム・ウォンソク(写真:ストライク・ゾーン)

韓国で居場所を失ったキム・ウォンソク。打席で結果を残しつつあるがまだ未来へのビジョンは描けていない。ただ彼にとっての希望は今、間違いなく福島にある。

韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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