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中教審・教員の働き方改革「緊急提言」は教員志望の学生・教員からどう見られたか?アンケート結果から

室橋祐貴日本若者協議会代表理事
出典:日本若者協議会

教員不足が深刻化する中、文部科学省の有識者会議・中教審(中央教育審議会)の「質の高い教師の確保」特別部会は8月28日、教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策として緊急提言を発表した。

そこでは、(1)学校・教師が担う業務の適正化の一層の推進(2)学校における働き方改革の実効性の向上(3)持続可能な勤務環境整備等の支援の充実、の3項目から提言がまとめられている。

具体的には、好事例の横展開、標準授業時数を上回っている授業時数の見直し、学校行事の精選、保護者からの過剰な苦情には教育委員会などが支援すること、小学校高学年の教科担任制の強化など教職員定数の改善、支援スタッフの配置充実、主任手当などの改善等が盛り込まれた。

これに基づき、来年度予算に向けた概算要求が出されており、今後施策が実施される予定となっている。

教員の働き方改革に関する議論は今に始まったことではなく、2019年に給特法が一部改正(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律)されるなど、ここ5年程度、ずっと大きな議論の的になっている。

しかし、大きな改善は見られていない。

2023年4月に発表された2022年度の教員勤務実態調査の速報値によれば、2016年の前回調査からやや改善しているものの、国が定めた上限の「月45時間」を超える残業をしていた教員の割合が中学校で8割近くに上っており、36.6%が月80時間の「過労死ライン」を超えているなど、依然として長時間労働が続いている。

その間に、ワークライフバランスを重視するようになった若い世代からは避けられるようになり、教員採用試験の倍率が低下を続けている。

はたして今回の緊急提言で改善は進むのか。日本若者協議会では当事者である教員志望の学生や教員の声を可視化するために、アンケートを実施。インターネット上で回答を募集した結果、1427名(教員志望の学生174名、教員1253名)に回答してもらった。

教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果まとめ

このアンケート調査は、日本若者協議会のHPやSNS上で回答を募集したWebアンケートです。調査対象は、学生(高校生・大学生・大学院生)と教員で、実施期間は8月30日(水)〜9月10日(日)です。

・調査方法 Web調査(日本若者協議会のホームページやSNS上で回答を募集)

・調査対象 教員志望の学生(高校生・大学生・大学院生)・教員

・調査期間 8月30日(水)〜9月10日(日)

・有効回答数 1427名(教員志望の学生174名、教員1253名)

約8割の教員が期待に見合っていないor期待以下と回答

いくつか「生の声」もピックアップしながら、回答結果を紹介していきたい。

まず、今回の緊急提言で、教員への志望度は変わったか。

出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」
出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」

教員志望の学生の反応は68%が「変わらない」と答え、「志望度が上がった」が9%だったのに対し、「志望度が下がった」は23%という結果となった。

その理由としては、「そもそも期待していない」あるいは「実現すると思えない」という回答が多く、長い間成果を出せていない文科行政に対する失望感が広がっている様子が窺えた。

教師という職業に小さい頃から憧れを持っているが、本当になっていいのか、採用試験が終わった今も悩んでいる。(大学生・4年)

教員一人ひとりが大切にされていないと思う。教員を大切にしなければ質の高い教育を持続的に提供できない。(大学生・4年)

文部科学省が『働き方改革』を掲げてから教員の労働時間、賃金改正が大きく改善されるのだろうと希望を持っていたが、一向に改革が進んでいるように感じていなかった。そして、今回の提言でも、教員の働き方を抜本的に変えようとする姿勢が見られないため、今後も過労死ラインの労働搾取が続くだろうと考えたから。(大学生・2年)

教員の仕事を生涯かけて務める素晴らしさをアピールする文章と、現実を直視しない行政の姿勢にあきれてしまうから。生涯、健康で病院にかからず病気にもならず残業もできて休日なしの長時間勤務を続けられる人間がいるのでしょうか。私自身、あまり身体が丈夫ではなく学校で教員として働くことに不安を感じます。仕事をする前からいまの学校では一人前に働けないことがわかってしまうのでほかの仕事を探そうかと考えています。(大学院生・1年)

緊急提言が期待以下だったという回答の中には、支援スタッフの増員だけでは不十分な点が指摘された。

授業時間数への言及や教員の業務の見直しと並行して、学校内に様々な職種のスタッフを配置するとのことですが、協同に不可欠な申し送り、打合せの必要性がどこまで把握されているのか疑問に思います。一人の教員が一つのクラス35人あまりを担任する仕組みが現行のままならば、業務見直しで減らした分の時間をはるかに上回る時間が打合せや連絡のために消えてしまうのではないかと思います。申し送りや打合せならまだよいですが、連携の取れなさからくる職員どうしの行き違いや子どもの見立ての擦り合わせがないままそれぞれが勝手に指導したために起こる子どもの問題行動の悪化、保護者対応の増加の恐れがあるのではないかと考えます。多様なスタッフが学校にいることはこれからの仕組みとして必要なものですが、ただ配置して教員に丸投げ、にならないかとても心配になります。

また、教員を増やすための方策が小手先のものに思えて仕方ありません。なぜ教員が減っていくのか理由は明らかになっているにもかかわらず根底にある課題を無視しているということは、数が増えたらあとは何もせずに放置するところまで計画ずみのように見えてきます。(大学院生・1年)

他にすぐ取り組むべきだと思う施策、政府や地方自治体(教育委員会)、学校に求めたいこととしては、学習指導要領の内容削減や部活動指導を早急に学校の業務から外すこと、給特法を廃止などが挙げられた。

給与体系と業務内容の改善、明文化、学習指導要領の内容削減(特に義務教育段階)、学級あたりの児童生徒数の定数削減(大学生・3年)

給特法の廃止あるいは給付額の割合を現代の民間企業の残業代に合わせて増加させる。部活動顧問の廃止(大学院生・2年)

部活動指導を早急に学校の業務から外すこと。中学校の教員を苦しめる最大の要因である。現状が不透明な中で、地域との連携以前に、学校と切り離すしか方法はなさそう。

小学校中学年と高学年の教科担任制をさらに拡充すること。小学校は欠員が出ると管理職も出払って現場が回らなくなる。人員を増やして、余裕のある体制を作らないと、子どもたちの学びが滞ってしまう。(大学生・4年)

①部活動の廃止、②教員の勤務時間内に、児童生徒の登下校時間を設定する。③教員の1時間の休憩時間の確保(大学生・4年)

私が大学へ入学したときから既に「教員不足」「教員の働き方改革」という言葉が出ていましたが、4年経った今、まったく変わらないどころか悪化しています。本気で変えようとしているのでしょうか?口だけの政策はいらないです。(大学生・4年)

一方、教員からはどう見られたか。

今回の緊急提言は期待に見合うものだったか聞いた質問に対しては、8割近くが「期待に見合っていない」あるいは「期待以下だった」と回答。

出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」
出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」

理由としては、下記のような点が指摘された。

やっと公的な提言が出されたことは評価したいが、今求められているのは具体的な案、数値、金額等である。その点、今回の提言はこれまで出されていた様々な案のまとめにしかなっていない。どのくらい増やすべきか、どのくらい減らすべきか、といった具体的な数値が出されて欲しかった。(中学校・40歳代)

細かく検討している点は評価するが、業務を減らす根本の問題に着手していないと感じる。学習指導要領の時数の削減。教育予算の倍増と教員定数の倍増への約束。一クラスあたりの児童生徒の人数を大幅に減らして欲しい。もっと思い切った業務削減を。(小学校・30歳代)

教員に求められているものと、教員が求める提言に乖離がある。「合理的配慮」「個に応じた指導」をするなら欧米のようにクラスは20人以下にしてほしい。クラス人数や教室をそのままに、内容だけ導入しても、教員のすべきことは増え続けているし終わりはない。「35人以下」「小学校教科担任制」で解決できることではない。(中学校・50歳代)

次に「今回の緊急提言で学校現場の労働環境は改善されると思いますか?」という質問に対しては、77%が「改善されない」と回答した。

出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」
出典:日本若者協議会「教員の働き方改革緊急提言に対する教員志望の学生/教員向けアンケート結果」

東京で管理職やってました。スクールサポートスタッフその他の支援人材を確保するのがいかに難しいかおわかりだろうか。中途半端に安い時給で人は集まらない。(中学校・60歳代)

①法改正も含めた法的措置、財政的措置の必要性について踏み込んでいない。②教員の本業たる学習指導内容が、10年単位の短期間でコロコロと時の政財界の要求で変えられていいのか、これこそが問題の本質であり、教員よりも何よりも子どもたちの負担になっている。したがって本質的には日本の敎育施策の在り方の国民的合意づくり、そして具体的には学習指導内容そのものの精選が重要。③教員不足こそ緊急性の高い問題であるにもかかわらず、こんな内容で教員が増えるとは思えない。(特別支援学校・60歳代以上)

・中学校は「下校時刻を勤務時間内にする」という言葉がなければ何も変わらない。勤務時間外も学校敷地内で活動できることになっている現状を変えなければ、何も変わらない。

・管理職や主任より、子どもたちのために努力している担任や副担任、養護教諭などがいることもある。手当より、発言権が欲しい/与えてほしい。

・地域の人が入ると、調整や連絡のために管理職の仕事が増え、教員も報連相が増えて負担になる。教員ではない人が入るだけで職員室内の会話や仕事が滞ることがあることも知ってほしい。(中学校・40歳代)

現場の当事者がいない有識者会議

なぜ現場の期待と、政府の施策に大きなズレが生じているのか。もちろん財源の制約があることも原因の一つだが、下記の回答のように決してそれだけではない。

教務主任をしていますが、欲しいのは主任手当ではありません。勤務時間内に業務が終了出来るよう業務量の削減を望みます。管理職や主任なら、超過勤務も大丈夫だろうと思ってほしくありません。このままでは、介護等との両立が不安です。(高校・50歳代)

なぜ授業時数が多いかというと、台風やインフルエンザなどの学級閉鎖で標準時数を下回ったときに責を負うからです。「多過ぎる場合は減らしましょう」ではなく、標準時数に固執せず指導計画を十全に行うことを文科省に進めて頂きたい。(小学校・30歳代)

このように、現場のニーズがわかっていない、現場の実態がよくわかっていないことが大きい。なぜこのような事態が生じているのか。

その理由として、政策立案過程の問題点を指摘することができる。

まず、今回の緊急提言をまとめた中教審の「質の高い教師の確保」特別部会に、現役の教員あるいは教員を代表する組織はいない。

現場を代表する委員として、複数の校長会会長や教育長など管理職はいるが、肝心の教師がいない。教師をめぐる環境を改善しようという会議に、当事者である教師がいない。

もちろん教員志望の学生もいない。

それで本当に当事者の目線に立った政策立案ができるのか、大きな疑問を持たざるを得ない。

委員にいないのなら、せめてヒアリングは実施すべきだが、それも実施していない。

他の国々では当然当事者が有識者会議に入っており、例えばフランスでは、中央教育審議会に高校生代表や教員代表の参加枠があらかじめ設けられている。

参考記事:海外ではどのように「学校内民主主義」を実現しているのか?フランスの事例を参考に(室橋祐貴)

さらに、今回の提言は、自民党内でまとめられた「令和の教育人材確保実現プラン(提言)」がベースになっているが、そこも同様である。

教師を代表する組織として、最大の組合である日教組(日本教職員組合)ではなく、別の教職員組合にヒアリングしているが、日教組に比べ10分の1以下の教職員しかカバーできておらず、ヒアリング先として正当性を見出すことは難しい。

また、アンケート結果の中には、提言の読みづらさを指摘する声もあったが、教員志望の学生や教員、保護者など、届けたい先が多くある提言にもかかわらず、そうした目線が入っていないことにも、有識者会議慣れした委員だけで議論している弊害が見られる。

普段から活字慣れしている方なら読み解けると思いますが、世間にも理解を得させたいのでイラストやプレゼンのような形式に直すとより一層効果が期待できると思います。(小学校・20歳代)

このように政策立案過程に問題があるからこそ、いつまで経っても効果的な施策が生まれてこないのではないだろうか。

他の有識者会議も含め、一度委員構成や世の中との対話について見直す必要がある。

日本若者協議会代表理事

1988年、神奈川県生まれ。若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。同大政策・メディア研究科中退。大学在学中からITスタートアップ立ち上げ、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。文部科学省「高等教育の修学支援新制度在り方検討会議」委員。著書に『子ども若者抑圧社会・日本 社会を変える民主主義とは何か』(光文社新書)など。 yukimurohashi0@gmail.com

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