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ニュー・シングル「青空」とサブスク解禁を機に考えるラヴ・ソングの名手、aikoの「技」

宗像明将音楽評論家
aiko(提供:ポニーキャニオン)

2020年2月26日に39枚目のシングル「青空」をリリースしたaiko。今回も、ラヴ・ソングの名手であるaikoのソングライラ―としての「技」に満ちた楽曲だ。

「青空」でまず歌われるのは、 「重ねてはいけない唇を / あぁ知ってしまった」という歌詞だ。禁忌から歌いあげ、聴く者を自身の世界に一気に引きこむ。

さらに相手にもう会えないことを「体を脱いでしまいたいほど苦しくて悲しい」と表現する生々しさ。時間とは不可逆なものであるがゆえの苦しみを、前後のほんの2行の歌詞で十二分に描きだしてしまう。

Bメロでは、自身の過去を「間違い」と断言する。さらに「目の奥まで苦い」と、突然味覚を持ちこんでしまうなど、イマジネーションの飛躍力にも驚かされる。

aiko「青空」初回限定仕様盤(提供:ポニーキャニオン)
aiko「青空」初回限定仕様盤(提供:ポニーキャニオン)

タイトルの「青空」とは何なのか? それは、1番のサビの最後で「ボーッとした目の先に歪んだ青い空」と歌われている青空のことだ。その前に「ちょっと唇に力入れて」という歌詞があることから、Aメロの「重ねてはいけない唇」も再び想起させる。そして、最後のサビでは「本当は涙で見えないただの空」と、青空ではなくなるというストーリーの進行もまた見事だ。

「青空」で聴くことができるのは、オーガニックなバンド・サウンドだ。基本的にはギター、ベース、ドラム、キーボードから構成される、シンプルなバンド・サウンドである。しかし、aikoのヴォーカルと駆け引きをするかのように、絶妙なさじ加減の演奏を聴かせる。アレンジはトオミヨウによるものだ。

そして、「青空」を聴いて改めて感じるのは、ときにシンプルな言葉、ときに隠喩を用いて歌うaikoのヴォーカルが、聴き手へ強く迫ることである。言葉と歌の関係性が実に濃密だ。

そして、次のような歌詞もまた、聴く者の胸を狂おしく掻き乱す。

そっと薬指を縛る約束を外しても ほどいて無くしても

まだ気をつけて服を脱ぐこの癖はなかなか抜けないな

出典:――aiko「青空」

aiko「青空」通常仕様(提供:ポニーキャニオン)
aiko「青空」通常仕様(提供:ポニーキャニオン)

1998年にシングル「あした」でメジャー・デビューしてから約22年。J-POP、つまり日本のポピュラー・ミュージックの世界で、なぜこれほどまでにaikoは愛され続けてきたのだろうか? それは、恋愛における「自分」と「相手」の関係性を徹底的に研ぎ澄ましてきた、ある種のミニマリズムの巨匠だからだ。

2019年、私は編集者としてaikoに取材する機会を得た。とはいえ、その場にいるスタッフで一番aikoに会った回数が少ないのは私だ。それでも、周囲に緊張を与えないように、飾り気とは無縁の姿でいてくれるaikoに心ひそかに感動したものだ。

「胸が痛くなるような恋愛の感情は、10代の頃と今も一緒」――aiko、ラブソングと歩んだ21年

その取材で、ラヴ・ソングを書き続ける理由をaikoは「一番面白いから書いてる、理由はそれしかないですね」と語った。単純明快である。恋愛とは、ほとんどの人々が体験するもので、人それぞれの差異こそあれ、共通体験であるからこそ、J-POPにはラヴ・ソングが溢れる。しかし、aikoほど支持を得られるアーティストは少ない。だからこそ彼女の特異さが浮かびあがる。

aikoは過激な表現をするアーティストではない。機微を丁寧に描きあげてラヴ・ソングを作り続けることの、ひとつの究極形を体験させられるのが「青空」なのだ。

さらに、もうひとつ大きなニュースが飛びこんできた。過去作品を含めたaikoの楽曲が、サブスクリプション・サービス、つまりサブスクで配信されるというのである。「サブスク解禁しない大物アーティスト」として名が挙がることも多かったaikoだが、遂にApple MusicやSpotifyなどでも聴けるようになるのだ。

サブスクでの配信開始は、単に「カブトムシ」「花火」などのaikoの大ヒット曲を聴けるようになる、という懐メロ的な消費では終わらない。「青空」までに至る、ソングライターとしての20年以上の軌跡を確認できるようになるのだ。2019年には、CD4枚とDVD1枚からなるシングル・コレクション「aikoの詩。」がリリースされたが、より幅広く、より手軽にaikoの作品群に触れることが可能になる。

ニュー・シングル「青空」のリリースとサブスク配信開始は、過去から現在までのaikoの歩みを再確認できる絶好の機会となるはずだ。

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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