この歌は誰のために歌われるのだろう くうきにみつる(空気公団×倉本美津留)ライヴレポート

倉本美津留(左)と空気公団の山崎ゆかり(右)

この歌は誰のために歌われているのだろう? そんなことを考えてしまうほど、誰かのエゴに染まっていない音楽を聴くのは新鮮で、軽い衝撃を受けてしまうほどの体験だった。2014年2月11日にすみだトリフォニ―ホール小ホールで開催された、「LIVEくうきにみつる+空気公団」と題されたライヴでのことだ。

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「LIVEくうきにみつる+空気公団」は二部構成で、第一部が空気公団、第二部がくうきにみつる(空気公団×倉本美津留)にGREAT3の白根賢一のドラム、キセルの辻村豪文のギターが加わったものだった。昼の部と夜の部があり、私は夜の部を見た。

第一部に登場した空気公団は、ヴォーカルの山崎ゆかり、ベースの戸川由幸、キーボードの窪田渡からなるユニット。山崎ゆかりによる研ぎ澄まされた美しいメロディー、そしてバンドとしてのアンサンブルの豊潤さが光る。戸川由幸のベースは楽曲を包み込むようであり、窪田渡のキーボードは穏やかながらタイトにリズムを刻みメロディーを奏でる。そして山崎ゆかりのヴォーカルは、表現力とストイックさをあわせもつ。押しつけがましさというものが一切ないのだ。

空気公団は、開演前のアナウンスや演奏のちょっとしたミスも、すべてそのステージに包み込んでしまう。2003年の「こども」から「音階小夜曲」が聴けたのも嬉しかった。オリジナルは七尾旅人とともに歌われており、すべての主旋律が音階そのもので歌われる楽曲だ。今夜も「レシレ レミソラシソソ」という歌詞から歌い出された。そして2011年の「春愁秋思」収録曲である「まとめを読まないままにして」は、今夜も凛として美しい楽曲にして演奏。同じく「春愁秋思」の「なんとなく今日の為に」は実に艶やかだった。

楽曲によって白根賢一と辻村豪文も参加。空気公団の戸川由幸と窪田渡も楽器を持ち替え、最後はふたりともギターを演奏していた。

空気公団の柔らかにして、しかし冬の空気のような透明感と緊張感がある雰囲気はやはり独特のものだと痛感させられるステージだった。彼らの新作は5月にリリースされるという。

そして第二部は、くうきにみつる(空気公団×倉本美津留)、白根賢一、辻村豪文によるステージ。ギターが2本増え、ドラムが生になると、サウンドの色合いが空気公団と一気に変わり、さらなる広がりを持つことになる。そもそもサポートの白根賢一と辻村豪文が、それぞれGREAT3とキセルで名盤を生み出しているミュージシャンであり、贅沢なステージだ。

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放送作家やラジオパーソナリティとしての顔もあり、しゃべりが達者な倉本美津留と、ほぼ話さない山崎ゆかり。実に鮮やかなコントラストだ。そうした対比の他にも、倉本美津留は山崎ゆかりより強く歌い上げていて、そうしたヴォーカリストとしての資質の違いが絶妙の相性の良さも感じさせた。この個性の違いが、くうきにみつるの音楽を親しみやすいものにしている。

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2013年にリリースされたくきにみつるのアルバム「はにほへといろは」収録曲のほか、倉本美津留のソロ・アルバム「ニンポップ」から「ほころび」が演奏されたほか、くうきにみつるとしての新曲「意味」や、空気公団の「旅をしませんか」も披露された。「とても不思議なおじいさん」はまるでスペイシーなロックだ。

本編ラストで、「アンパンマン」で知られるやなせたかしが生前に作詞した「返事」が、「天国のやなせたかしさんに届くように」というMCとともに演奏された。後に、今夜は東京キネマ倶楽部で開催されたソウル・フラワー・モノノケ・サミットとチャラン・ポ・ランタンのライヴでもやなせたかしが作詞した「アンパンマンのマーチ」が歌われ、仙台ではBiSが「アンパンマンのマーチ」をサンプリングした楽曲を歌っていたことを知ることになる。それは作家としてのやなせたかしの普遍性がもたらした必然にして偶然なのかもしれない。しかし、シンクロニティというものを少しだけ信じたくなるときもたまにはあるものだ、と今夜は感じた。

空気公団やくうきにみつるのライヴを見ながら、なんと押し付けがましいエゴのない音楽だろうと終始感じていた。終演後に山崎ゆかりに会えたので、つい「今誰のために音楽を作っているのですか?」と不躾で無粋なことを聞いてしまった。その回答は、空気公団の新作にスコア、つまり譜面が付くというものだった。

空気公団の新作は、聴いて、演奏して、共有できるものだという。今夜、彼らの音楽は近代的な自我の束縛から遠い音楽だと改めて感銘を受けたのだが、空気公団はごく自然に、当然のように音楽を純粋に響かせることへと向かっている。今後それはさらに研ぎ澄まされ、かつ親しみやすいものとして私たちに届けられるに違いない。そう確信したライヴだった。