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ワールドカップ日本大会まであと約2年半。ジェイミー・ジョセフ体制、勝負の新年度へ。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
11月のウェールズ代表戦では30-33と肉薄。(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

2019年のワールドカップ日本大会に向け、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ率いるラグビー日本代表が勝負の1年を過ごす。

代表候補の主軸は、スーパーラグビーに日本から挑むサンウルブズでプレー。その傍らの4月には、若手主体の代表チームがアジアラグビーチャンピオンシップ(ARC)に挑む。6月には3つのテストマッチをホームでおこなうが、そのうち2つは欧州6強の一角であるアイルランド代表との合戦だ。

今年はブリティッシュ&アイリッシュライオンズ(英国3チームとアイルランドの連合軍)のツアーが組まれており、アイルランド代表の主力格もそちらへ割かれる。

2013年に来日したウェールズ代表が同様の背景を持っていた際は、エディー・ジョーンズヘッドコーチ(現イングランド代表ヘッドコーチ)率いる日本代表が2連戦中2戦目で白星を挙げている。2019年のワールドカップ日本大会で準々決勝進出を狙うジャパンにとっては、今度のアイルランド代表は強敵でもありマストウィンの相手とも取れる。

もっとも、アイルランド代表が強いことは変わらない。今季の欧州6か国対抗(シックスネーションズ)では、最終節ですでに優勝を決めていたイングランド代表を撃破。ニュージーランド代表と並んでいた相手の連勝記録をストップさせた。

そんななか日本代表フルバックの松島幸太朗は、淡々と強い意志を示す。

「そういう(強い)相手とできることでモチベーションも上がるし、そこがジャパンとしての目標にもなっている。自分も選ばれれば、必死にやりたいです」

試合のチケットは、すでに売り出されている。年度初め。注目のカードを控える日本代表の現在地を振り返る。

対話を重んじる2人。しかし…。

2015年秋のワールドカップイングランド大会で歴史的3勝を挙げながら、その前後の時期に次の体制に向けた準備に手間取った。ジョセフは、オファーを受けた時点ですでに決まっていた契約の関係から2016年秋に着任。右腕となるトニー・ブラウンアタックコーチの正式着任を待ついま、選手層拡大のためのナショナルデベロップメントスコッド(NDS)のキャンプをおこなっている。

3月に約3週間にわたり都内でおこなわれたNDSのキャンプには、大学生を含めた若手の原石、サンウルブズの国内調整組が参加している。

チームの方向性を示しながら1勝3敗に終わった昨年11月のツアー時と比べると、練習の強度は高まった。守備の連携確認とシャトルランを交互におこなったり。実戦トレーニングの合間に、倒れた後の素早い規律を意識したコンタクト練習を組み込んだり。

思えば、前任者のジョーンズ時代は早朝から1日複数回のセッションが組まれていた。NDS参加者で当時のことを知るフッカーの木津武士は、ジョセフの本懐をこう見た。

「今回、試合時期じゃない時のジェイミーの練習を初めてやったのですが、アンストラクチャーのアタックの間に走らせるという、エディージャパンを思わせるようなこともしている。試合よりもしんどいことを…ということも言ったりしている。練習がキツいタイプの監督なのかな、と感じました」

報道陣が取材する折は、いまとエディー・ジョーンズ時代を比べる趣旨の質問が飛ぶ。これには深くラグビーを注視する読者の一部が「いまのラグビーファンはそんなことに興味はない」と苦言を呈す。そもそもジョセフ本人も着任時から「私はエディーではない」と話し、前任者と比較されることにはやや困惑しているようだ。

ただ、いまのところ、21世紀の日本で最も15人制ラグビーが注目された時代は、結局、ジョーンズが臨んだワールドカップイングランド大会時である。例えば、ジョセフに「今日の練習はハードでしたが、エディーさんの頃の合宿(1日3度のトレーニングを敢行)のようなイメージですか」という質問が飛ぶこと自体、良し悪しはさておき世相の反映と取れなくもない。

ジョーンズとジョセフの共通点を「コミュニケーションを取ること」と挙げるのは、チャンスメーカーとして期待される松島だ。

「共通点はコミュニケーションを取り合うところ。エディーはうまくいかない選手とよくミーティングをしていましたけど、ジェイミーもよく選手と話している。どんどん質問をしてきてくれるので、新しく入ってきた選手もやりやすいと思います」

時折、練習を止めて各ポジションの動きを正すこともあるが、松島の実感では「そんなに(練習は)止めないで、まとめる時はウォーターブレイクに…という感じ。落とし込みは、いたってシンプル」。ジョセフもジョーンズと同様、いずれも言葉の節々にはち密さをにじませる。もっともジョーンズと違い、グラウンド内外のすべてを統制下に置くわけではなさそうだ。そこにある種の心地よさを覚える選手も、複数いる。

松島や木津と同じく両方の時代を経験するセンターの中村亮土は、この対話のアプローチの違いについてこう見立てを明かす。

「いまの段階でのジェイミーは、やろうとしていることを選手が理解できるような環境を作っている。エディーはまず、『この基準』に選手を引き上げようとしていました」

失われた資源

NDSのキャンプが熱を帯びた3月下旬、ジョセフは気になることを発している。

「課題が浮き彫りになったところがあります。代表レベルのフィットネスがなかった点です。そこを上げるしかない」

ジョーンズは「世界一のフィットネスとアタックでワールドカップベスト8へ」と宣言し、専門家の力を借りながら走り負けと無縁のフィットネスを醸成。それが、イングランド大会での好成績の一因となった。

もっともジョセフの話を額面通りに受け取れば、いまの代表候補生には当時培った資源が見当たらない、ということになってしまう。確かにNDS参加者には、ジョーンズ体制の未経験者も多い。また、これはジョセフの責任の範疇外だが、日本ラグビー界はここまで、イングランド大会前までの資源が残りづらい日々を送ってしまっていた。

<参考記事:五郎丸歩ら不在、合流から1週間で初戦…。「ブーム」去った日本代表のいま。【ラグビー雑記帳】

この史実は、前を向くしかない現場以外の関係者はしかと覚えておくべきだろう。

ともかくフィットネスが課題に挙がってしまう事態について、ジョセフ自身は「…相手に対し、こちらは体格、経験値が足りない。勝つには、フィットネスでモノを言わせないといけない」と説明するのみだ。サンウルブズとジャパンを掛け持ちするサイモン・ジョーンズS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチの仕事は、今後、重要となろう。

失われたかもしれない持久力を取り戻しながら、チーム戦術を広範囲に拡販させるジョセフ。アイルランド代表戦では、いかに勝とうとしているのだろうか。

「どの試合にも勝ちに行きます。ただ、彼らはイングランド代表にも、あのオールブラックス(ニュージーランド代表)にも勝っています。世界トップのチームであることを証明しています。ただ、そこに対してぶつかり、現状把握、力試しができる」

格上とのゲームを前に勝利宣言をしまくった前任者と比べたら、やや控えめでもある。言外に、勝負以外に大切なものがあるとにおわせているかもしれない。

もっとも、負けたくて試合をする競技者などいるはずもなかろう。ジョセフのジョーンズとの違いのひとつに、大きなことを言わない点がある。

アイルランド代表戦に関する質問を受けた松島は、もう少し具体的なビジョンを口にしていた。

「僕たちは、アタックをどんどんしていきたい。スペースがあれば仕掛けて、無理だと思えば相手のスペースへスマートに蹴る。有利な状況をどんどん作りたい。そのためには、判断力が重要になってきます」

歴史が証明している

日本代表の強化を支えるパートはNDSの他に、サンウルブズがある。目下開幕5連敗中のサンウルブズは、NDSに帯同した矢富勇穀曰く「やろうとしているラグビーへの手応えを感じていると思います。ただ、ただ、手応えを感じている分だけ、勝ちきれないというもどかしさもあるのかな」。もっとも矢富は「経験のある選手が入っていけば、ぐっと変われるという印象はあります」とも話す。

4月2日から、松島ら代表経験のある離脱者が相次ぎ合流。8日にホームの東京・秩父宮ラグビー場でおこなわれるブルズ戦に向け、よりベストに近い布陣で準備を重ねる。ここでもアイルランド代表戦と同様、結果が問われるだろう。

この国では、ナショナルチーム(およびそれに準ずるチーム)の勝敗が注目度や報道量を左右する。それは歴史が証明している。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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