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みんなで作るサンウルブズ。沖縄合宿レポート。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
写真中央の堀江キャプテンを軸に、皆が意見を出し合う。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

南半球の強豪クラブが集うスーパーラグビーへ日本から初参戦するサンウルブズは、2月14日に沖縄入り。15日から実質7日間のキャンプを張っている。日本代表の常連に代表歴のない若手、海外出身選手と多彩な背景の持ち主が入り混じる。

ナショナルチーム強化の後押しというミッションも課せられた新生クラブは、3日に集合したばかりだ。27日の開幕戦(対ライオンズ/東京・秩父宮ラグビー場)に向け、急ピッチでの準備を和やかな雰囲気のもと進めていた。

「ハマーさん」ことマーク・ハメットヘッドコーチが、大笑いしながら盛り上げる。17日の午後練習の締めくくりは、小さく組まれた円陣のなかでのレクリエーションだった。

その前にあった、ボールを持たない選手同士による1対1の肉弾戦トレーニングでは、その都度どちらの選手が勝ったかを指揮官自らがニックネームで発表していた。チームの根幹をなす信頼関係の醸成に注力している印象だ。

この日は約1時間半のセッションにあって、ゆったりとしたテンポでの攻撃戦術の確認や接点周辺でのスキルチェックがなされた。練習と練習の合間の選手の移動もやや緩やかに映るなど、懸念される風景もゼロではない。

しかし、「あんななかでも緊張感は持ってますよ。ゆったりとした感じではないです」とは、フッカーの堀江翔太キャプテンだ。

「昨日(16日)は結構、しっかりとコンタクトをやったので、強度を落としながらやったんだと思います」

翌18日には、守備連携にフォーカスした強度の高い鍛錬をおこなっていた。午前中は非公開でスクラムも組んだとのことだ。

チーム内で作られた「ストラテジーグループ」には、キャプテンの堀江、スタンドオフやセンターを務める立川理道、田村優、さらにはスクラムハーフの日和佐篤が参画。昨秋のワールドカップイングランド大会で3勝を挙げた日本代表が軸となり、攻防の枠組みを仲間内に涵養させている。

ハメットヘッドコーチのアプローチを「質問を投げかけてくれる」と見るのは、こちらも代表プロップの稲垣啓太。イングランド後でジャパンを率いたエディー・ジョーンズヘッドコーチと比較しながら、こう展望を語るのである。

「エディーみたいに剛速球を投げて『捕れ!』と言うわけではない。それに対し、ハマーは質問を投げかけてくれる。その分、選手はもっと動かなくてはいけない。ああいうタイプの監督のもとでは、選手が考えて動くかどうかでチームが大きく変わるでしょうね」

攻撃のキーワードは「スペースクリエイター」と「フィニッシャー」か。

プロップ、フッカー、ロックの黒子役が「スペースクリエイター」として接点で相手を引きつけ、それ以外の選手が空いた場所へえぐる…。かようなオーソドックスな形にクラブ独自の言語をつけている。

過去のジャパンは、攻撃の起点となるスクラムハーフ、スタンドオフの周りにパスの受け手を乱立させる「シェイプ」というシステムを活用。持久力での優位性を活かしてきた。かたやいまのサンウルブズには、体力強化に割く時間はない。突貫工事にも似た条件下で、効率性を重視せざるを得ない。

フェーズごとの各選手の立ち位置は厳格に設定。グラウンド上でもハメットら首脳陣がその微妙なさじ加減について、細かく指示を出す。バックスの複数ポジションをこなすフルバックの笹倉誉康は、「ストラクチャーのなかでの1人ひとりの役割が、細かく決まっている。急に『後半、ウィングに入れ』と言われても大丈夫なように、僕が出そうなポジションの動きは全て頭に入れておかないと」と話す。

昨季はスーパーラグビーのレベルズでプレーした稲垣は「レベルズでも最初にストラクチャーこそ提示されましたけど、(実際は)個人技(が主)だった。スーパーラグビーのなかでも、サンウルブズはかなり頭を使うチームだと思います。スマートにやっていくしかない」と語り、さらに元レベルズの堀江キャプテンは、「スーパーラグビーのチームは、テストマッチ(国際間の真剣勝負に出る代表チーム)のような、むちゃくちゃ凄い分析をしているわけではない。結構、個々の能力でやっている部分がある。それに対して、(サンウルブズは)チームでやっていければ」と言葉を足す。

チーム最年長で日本代表96キャップ(国際間の真剣勝負への出場数)、ロックの大野均は、前向きに語る。

「サンウルブズに時間が足りないことは最初からわかっていたことで、そのなかでも選手1人ひとりが自分のできることをやろうと意識している。その態度が若い選手、外国人選手にも伝わってきている。頼もしいです」

もちろん、いかんともしがたい現実はある。

守備ラインの連携を引っ張る稲垣は「やるべきことはいっぱいあります。時間が足りなすぎる」ときっぱり。「ただ、そのなかでどうやって戦っていくかといえば…スマートさですよね」。18日の練習では、大外後方の選手の指示を受けてその隣の選手が飛び出すようなシステムを確認する。合間、合間にディフェンス担当のネイサン・メイジャー アシスタントコーチが「どういう場合にやりづらい?」と選手に問いかけるなど、すり合わせの渦中にある。

ジャパンの前ヘッドコーチであるジョーンズが言うまでもなく、格上を倒すには「セットプレーの安定は必須」だ。日本代表がワールドカップでの勝利を手繰り寄せた一因も「セットプレーの安定」にあるが、綿密な指導でそれを可能にしたマルク・ダルマゾスクラムコーチとスティーブ・ボースヴィックフォワードコーチは、もう、いない。フィロ・ティアティアフォワードコーチが見守るサンウルブズのフォワード陣は、ゼロから呼吸を合わせているところだ。

強豪国ベースの各チームが12月から準備を始めるなか、よちよち歩きの東洋のクラブが始動から1か月足らずで開幕を迎えるのだ。初勝利を挙げること自体が難儀との声もある。

もっとも、帝京大学OBで約4年ぶりに来日のティモシー・ボンドは言う。

「時間がないのは残念。でも、(ラインアウトでは)ホームワークが大事になる。部屋に帰って遊ぶんではなく、しっかりとサインを覚えて…。グラウンドへ行く前に、頭のなかはクリアにしていく。選手は悪いことを言わないで、同じゴールを観ている。チームの雰囲気は、いいです」

2日間のオフを目前にした19日の実戦形式練習では、プレーの合間、合間に戦術や間合いを確認し合う声が出ていた。堀江ら主軸候補チームからはもちろんのこと、キャリアの少ない若手も揃うグループからも、である。センターの立川は言う。

「ハマーも選手とコミュニケーションを取りながらやってくれるし、堀江さんも皆が納得するまで話をしようとしてくれる。選手としたら、すごくやりやすいですよ。どこの位置(レギュラー格か控え格か)にいる選手が発言をしても、周りが『わかった』『次、気を付けよう』と反応できる」

グラウンドを後にする際、堀江キャプテンは大声で言った。

「はい、皆で海行くよー!」

目の前にある残波岬のビーチでリカバリーだ。青緑の水面の上でじゃれ合う。「皆が意見を言いやすい雰囲気にしたい」と話す堀江キャプテンは、威圧感とは無縁のリーダーシップを持ち合わせている。塩水の奥へ沈み、トレーナーの要望を伝える。

「○○、××(以上、選手名)、ちゃんと肩まで入ってー」

厳しい状況下でも勝利を狙う。トップダウン方式ではなくボトムアップ方式で、勝つ礎を作る。それがサンウルブズの初めの一歩である。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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