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「顧客満足度100パーセント?」の国内最終戦からワールドカップを展望する【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
前列右から4人目がリーチキャプテン。味わい深い談話のロック大野は後列いちばん左。(写真:アフロスポーツ)

まったく、日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)の職務能力には恐れ入る。

福岡であった8月22日の同カードでは30-8で制するもやや失策が重なったのに、「いい準備ができた」と臨んだ29日の一戦は、ほぼ好き放題に攻めて完封勝利。4年に1度のワールドカップイングランド大会前最後となる国内のテストマッチ(国同士の真剣勝負)で、東京・秩父宮ラグビー場に集った1万人超のファンを大喜びさせた。

――コンディション、上がってきているのでは。

フッカー堀江翔太副将が言った。

「そうすね。練習もハードにやりながらも、休むところは休む部分を増やしてもらってる。休み過ぎず、やり過ぎず」

ウルグアイ代表を40-0で制し、ジョーンズHCその人はこともなげに言った。

「週ごとにフィジカルが高まるようなプログラムを組んでいます」

4月からの宮崎合宿では心身とも選手を追い込み、特にゲームのなかった6月は過酷そのもの。いまも試合直前に走り込みを敢行するなど、理不尽の理を突き詰める風情は残っている。ただ、ロック大野均も「大分、量はコントロールしてもらっていた」と語る。事実、日ごとに変更するスケジュールにおいて、26日の水曜は3部練習が2部練習になり、27日は午後のトレーニングの一切がなくなった。

比較的、体調の整った状態で臨んだこの日。取り組んできたプレーがより身体化されていたようだった。

たとえば、ボール保持者の「ひと仕事」。前半12分にフルバック五郎丸歩副将が先制トライを決める直前、それを体現したのはロック大野だった。

敵陣22メートルエリア右で、同じロックのトンプソン ルークから球を手渡しで受け取ると、相手とぶつかりながら前進。倒れながらボールを手離す瞬間、相手の援護の手が襲い掛かったと感じたのか、地面に球を置くタイミングをルール内で微妙にずらす。ちょうど追いついてきた味方のサポートの足元へ落とした。逆側のスペースにトライチャンスが待っていた。

試合後。大野本人は「覚えてないです」と笑いながら、「感覚的に、掴めるようになってきたのかな」とも振り返った。正直なスクラムハーフ田中史朗も、「もっと修正できる」としながら手ごたえを語っていた。

「それをずっとやってきたので、前回よりもよくなってきた部分はあります。もっともっと突き詰めていきたいです」

前半はタッチライン際へのキックパスを織り交ぜるなど、スタンドオフ小野晃征の「動かしてから、蹴る」というイメージが具現化される。ハーフタイムが明けると、スタンドオフも務める立川理道がセンターとして登場。エリアを問わず左右に球を散らす傾向を強めてゆく。

スタンドオフ小野の周りでフォワード陣が駆け上がり、その背後から飛び出す立川が球をもらう。一気に、外へ。それを繰り返すうち、相手の息は絶えてきた。期待の両ウイング福岡堅樹、松島幸太朗も、水を得た魚になった。センター立川の述懐。

「後半は相手の足も止まっていた。フランカー(フォワード陣で球を触る機会の多い位置)ともうまくリンクして、僕も動かしやすかった」

スクラムハーフの田中が「前半は裏のスペースを突く。後半は相手が疲れてきたところ、1人ひとりの判断で回して前に出る」と話した試合運び。顧客満足度は高かっただろう。

2013年6月15日のウェールズ代表戦(秩父宮、23-8で勝利)もそうだったが、ボスは照準を定めたゲームで人の喜ぶ成果を示してきた。面目躍如といったところか。

課題はある。

例えば、ボール保持者のプレーの精度が高まったとはいえ、その選手の周りでできるブレイクダウン(球を奪い合う局面)では「激しさ」が足りない。フランカーのリーチ マイケルキャプテンの、これが実感だ。

前半33分、センターのマレ・サウがハーフ線付近右ラインアウトからの1次攻撃で大きく突破も、十分なサポートが得られずターンオーバーを喫している。

細微な改善点は他にもあろう。スクラムハーフ田中もこう続けた。

「ブレイクダウンの部分(の質)と、あとは、小さいミスです。あとひとつで…というところでミスが出ていた。トライを何こか取って気が緩んだ部分もあると思うんですけど、ワールドカップでは、そこで流れが一気に変わるので…」

何より、最大の課題というか注目点は、きょう披露されたグッドシーンがワールドカップの舞台でどこまで再現されるか、である。ジョーンズHCも試合前から話していた。

「フィットネスがある。ある程度強く、戦術も豊富。それをプレッシャーの下でどれだけ遂行できるか」

本大会では南半球随一のパワーチームである南アフリカ代表、欧州6強の一角であるスコットランド代表、環太平洋のサモア代表、肉弾戦に長けたアメリカ代表と順にぶつかり、ミッションに掲げる準々決勝進出には「2勝以上」が最低ラインとされる。

「プレッシャーの下でどれだけ遂行できるか」

言うは易し、行うは難し。

それを可能とするためには、何が必要か。選手数名が応じた。

まず、スクラムハーフ田中。南半球最高峰のスーパーラグビーにおける日本人プレーヤー第一号は、「しっかりと話をする」と即答する。海外経験を通し、戦術略の共有が肝だと痛感したこの人は、ワールドカップで起こりうる状況についても「話をする」のが大事だという。

「ワールドカップは違う、ということを皆と話もしてきている。結局、始まってみなければわからないですけど、そのための準備はできているし、これからもしていく」

そして、ロック大野。国内最多の93キャップ(国同士の真剣勝負への出場数)を保持し、今度のワールドカップで3大会連続出場を果たしそうな37歳だ。平常心で実務を遂行する秘訣を、「自分を励ます、というか…」とつぶやく。せわしないミックスゾーンで、じっくり、実感を紡ぐのだ。

「自分自身、そうだったんですけど、ワールドカップの時のロッカールームにはプレッシャーがあって、少し恐怖を感じるようなこともあるんですよね。そういう時に…いままで流した汗の量とか、ハードワークしてきたんだということを振り返ると、気持ちは落ち着くと思うんですよね。それで、いいメンタルで試合に臨める。その意味では、今年はいい準備をしてきたので…」

指導者として臨んだ通算2度のワールドカップで、負けたのは初挑戦時の決勝戦(オーストラリア代表監督として臨んだ2003年オーストラリア大会)のみ。そんなジョーンズHCのことだ。本大会で結果を残すためのロードマップは描いていよう。その序章に、春先からけが人多発の猛練習を置いていたのも明白だ。

本番の結果が全てだし、本番の結果は本番にならないとわからない。ただ、本人が会見で言った通り「これから先、楽しい7週間になる」。過半数のファンにそう思わせただけでも、この日のゲームは成功ではあった。

チームは31日、ワールドカップ本戦のメンバーを発表する。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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