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圧倒的だったメッシ、エムバペ。強烈な個を日本では育てられないのか?

元川悦子スポーツジャーナリスト
「10番対決」が印象的だったカタールW杯決勝(写真:ロイター/アフロ)

壮絶な打ち合いとなったW杯ファイナル

 アルゼンチンの36年ぶり3度目制覇で熱戦の終止符が打たれた2022年カタールワールドカップ(W杯)。3-3・PK決着という壮絶な打ち合いとなった18日のファイナルで印象的だったのが、強烈な個の共演だ。

 アルゼンチンの「10番」リオネル・メッシ(PSG)は前半23分にPKで先制弾をゲット。さらには延長後半3分にも3点目を叩き出した。そのシーンもラウタロ・マルティネス(インテル)の強引なシュートをGKウーゴ・ロリス(トッテナム)が弾いたこぼれ球に詰めたものだった。

 これに象徴される通り、メッシのここ一番の嗅覚と決定力はまさに圧巻。それは初戦でサウジアラビアに敗れた後のメキシコ戦の先制弾、あるいはラウンド16・オーストラリア戦の1点目などでも感じさせたこと。正直、今大会のアルゼンチンは決して入りがよくなく、大会前半から中盤にかけては危なっかしいゲーム運びだったが、一瞬のスキを見逃さない10番が数少ないチャンスを確実にモノにするからチーム全体の士気が上がる。若い面々は特に勇気づけられたことだろう。その貢献度に通算7ゴールという数字を考えれば、大会MVPに輝くのも納得である。

試合を決定づけたメッシとエムバペの「個の力」

 一方のフランスも「キリアン・エムバペ(PSG)劇場」と言うべき爆発ぶりだった。ご存じの通り、決勝のフランスはアルゼンチンより試合間隔が1日短かったうえに、ラファエル・ヴァラン(マンチェスターU)やオーレリアン・チュアメニ(レアル・マドリード)ら主力級に体調不良者が続出。想像以上にギアが上がらず、後半20分前後までシュートゼロという停滞を余儀なくされた。

 その流れを一瞬にして変えたのがエムバペだ。後半35分のPK弾に始まり、直後の左からの豪快ボレーによる2点目、そして延長後半13分の自身2本目のPKとハットトリックを達成したのだ。さらに彼は直後のPK戦の1人目にも登場。それも決めているが、PK3本全てを左隅に蹴り込む強心臓を見せつけた。

 日本がクロアチア戦に敗れた際、南野拓実(モナコ)、三笘薫(ブライトン)、吉田麻也(シャルケ)のPK失敗が注目されたが、あえて違いを指摘するなら、エムバペは自信を持って強いシュートを難しいコースに蹴り込んでいるということ。それができるのは、シュートに絶対的自信を持っているからに違いない。

 爆発的なスピードと突破力、ゴール前の冷静さ、23歳(W杯時)にしてW杯2大会通算12ゴールという数字など、エムバペの凄さを挙げればキリがないが、やはり一番はフィニッシュの部分だろう。メッシにも共通するが、決めるべき時に決めるという能力の高さは特筆すべき点。そこは彼らから学ばなければいけない。

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表彰式で同じ壇上に上がったメッシとエムバペ
表彰式で同じ壇上に上がったメッシとエムバペ写真:ロイター/アフロ

メッシとエムバペは体格的には日本人とそう変わらないが…

 メッシやエムバペを日本では育てられないのか…。それは日本サッカー協会を筆頭に関係者が模索しているテーマに他ならない。長年、サッカーを追いかけてきた筆者も、そういう世界最高峰レベルの選手が見られることを夢見てここまで来たが、まだその願いは叶ったとは言い切れない部分がある。

 例えばメッシで言うと、身長170センチ・72キロと体格的には日本人の中でも小柄な方だ。スピードに関しても前田大然(セルティック)や浅野拓磨(ボーフム)ほど圧倒的ではない。しかも少年時代に成長ホルモンの分泌異常が発覚するという困難にも直面。こうした難しさを克服しつつ、彼は自身のストロングを磨くことにまい進したという。

 その1つが独特のドリブルだ。小柄な分、重心が低くなることを生かし、ステップの踏み方を工夫しながら敵をかく乱する術を見出したのだ。メッシのステップ数は常人よりはるかに多いというデータがあるようだが、確かに細かいステップワークを取られるとDFは対応しづらい。

 準決勝・クロアチア戦で売り出し中のDFヨシュコ・グバルディオル(ライプチヒ)が瞬く間に抜かれ、失点につながる場面があったが、メッシの研ぎ澄まされた武器は35歳になった今も健在なのだ。

メッシのドリブルにはグバルディオルも対応できなかった
メッシのドリブルにはグバルディオルも対応できなかった写真:REX/アフロ

 それに加えてシュートの精度が異常に高い。今大会でも敵に寄せられる厳しい局面が目立ったが、そういう時でも確実に枠を捉えるフィニッシュを放つことができる。冷静さと高い技術があってこそ、そういったプレーができるのだろう。シュートを決めることはサッカーの中で最も難しい要素と言われるが、その力を引き上げる努力を徹底的に続けてきたのだろう。そこは日本サッカー界にとってヒントになりそうな部分ではないか。

シュート技術と精度に関しては学ぶべき部分が多い

 エムバペも178センチ・73キロと、やはり体格的には日本人と同等かやや大きいというレベル。それでも怪物的なスピードと強さ、激しさを前面に出せるのは、やはり天性のフィジカル的な才能が大きいだろう。

 彼はカメルーン出身の父とアルジェリア系フランス人で元ハンドボール選手の母の間に生まれたというから、生まれ持ったアスリート能力があると見ていい。そういう素材にサッカーをやってもらえるかどうかがまずは重要ということになる。

 加えて言うと、エムバペはティエリ・アンリらを輩出したクレールフォンテーヌ国立研究所の出身。フランスサッカー界の選手育成総本山で育ち、モナコのユースチームで才能を開花させている。

 クレールフォンテーヌのメソッドに関しては、2002年日韓W杯で日本代表を率いたフィリップ・トルシエ監督時代に日本でも広く知られるようになったが、欠点を克服するのではなく長所を伸ばすことにフォーカスされた指導方法だという。そして自ら考え、積極的にアクションを起こし、努力することを叩き込まれるようだ。

 エムバペを見ていても、アルゼンチン相手に0-2で追い込まれる中、決して諦めることなくアクションを起こし続け、自身の強みである突破力とシュート力を強く押し出そうとし続けた。その勇敢さは目を引くものがあった。そういった育成メソッドを日本も採り入れてはいるものの、この機会に今一度、分析・検証していくことも必要ではないだろうか。

堂安律(中央)らには最高峰レベルを目指してほしい
堂安律(中央)らには最高峰レベルを目指してほしい写真:森田直樹/アフロスポーツ

「世界トップに行けば行くほど距離が遠く感じる」と堂安は言う

 今大会2ゴールを奪った堂安律(フライブルク)が「世界トップの近くに行けば行くほど距離が遠くに感じるというのは自分の中で感じている。エムバペも同年代ですし、オランダの(コーディー・)ガグポだって、自分がPSVにいた時にはベンチだった選手。あれほど飛躍する姿は想像もしていなかった。追いかけていくのに必死ですし、誰よりも努力しないいけないと思っています」と神妙な面持ちで語った通り、育成年代までは順調でも18歳以降伸び悩んだり、トップに辿り着けなかったりする人材もいる。その数を減らし、多くの才能が羽ばたけるように仕向けることも重要。やるべきことは本当に沢山ありそうだ。

 サッカー熱が高まっている今の時期にこそ、迅速なアクションが大切。「鉄は熱いうちに打て」という言葉通り、日本からメッシやエムバペを輩出するんだという機運を一気に高めていきたいものである。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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