モラタに見える復活の兆し。W杯を逃した男の逆襲と、ペドロとの「相関関係」

ペドロらとゴールの喜びを分かち合うモラタ(写真:ロイター/アフロ)

アルバロ・モラタが好調だ。公式戦13試合で6得点。頼れるCFとして、チェルシーの攻撃を牽引している。

チェルシーは昨年の夏に移籍金固定額8000万ユーロ(102億円)を支払い、レアル・マドリーからモラタを獲得した。移籍1年目となった昨季、序盤戦において、モラタは公式戦8試合で7得点を挙げた。高額な移籍金に見合う活躍を、彼はみせていた。

だが、腰を痛めて戦列から離れると、歯車が狂い始める。アントニオ・コンテ前監督との確執が噂され、13試合連続ノーゴールという不名誉な記録を残すに至った。

■ロシアW杯出場を逃す

そして、迎えた2018年のワールドカップ。ロシアの地に、モラタの姿はなかった。

所属クラブでの不調を懸念して、フレン・ロペテギ前監督はモラタの招集を見送った。欧州予選で5得点を挙げ、チーム内得点王だったモラタだが、最終的に本大会のメンバーから外されてしまったのだ。その後、モラタは「ピッチ上で常にふわふわしている感覚だった」とその頃の心境を吐露している。

移籍に失敗してキャリアが暗転する。歴史を紐解けば、そういった例は枚挙にいとまがない。アンドリュー・シェフチェンコ、フェルナンド・トーレス...。奇しくもチェルシーは名立たるストライカーたちにとって鬼門となったクラブだ。

ただ、彼のキャリアは決して順風満帆だったわけではない。15歳でレアル・マドリーの下部組織に入団したが、ヘセ・ロドリゲスら優秀な選手が同世代にいた。事実、当時クラブ内外で高い評価を受けていたのはヘセの方だった。

2010年にトップデビューを果たしたものの、マドリーでは2013年以降に結成された「BBC」の分厚い壁に阻まれた。2014年夏に一念発起してユヴェントスへの移籍を決心。ユヴェントスでは移籍1年目に46試合15得点、2年目に47試合12得点を記録した。

すると、2016年夏にモラタのマドリー復帰が決定する。しかしながら、状況は変わらなかった。ガレス・ベイル、カリム・ベンゼマ、クリスティアーノ・ロナウドのBBC絶対主義はついぞ崩れなかった。2016-17シーズン、モラタ(公式戦20得点)はマドリーでベンゼマ(公式戦19得点)以上の得点を挙げたが、定位置を確保できなかった。

■ペドロの存在

失意のW杯を経て、モラタの再挑戦が始まった。そんな折、マウリシオ・サッリ監督の就任が決まる。ナポリで魅力的なフットボールを展開した59歳の指揮官が、チェルシーを率いることになった。ポゼッションへの挺身は射幸心を煽るものだった。

サッリの就任で、モラタは自信を回復した。第8節サウサンプトン戦で得点を挙げ、ホーム戦12試合連続ノーゴールという不面目なレコードを打ち破り、そこからプレミアリーグで4試合連続得点を記録して勢いに乗った。

昨季コンテ前監督の下で3-5-2を採用していたチェルシーだが、サッリ監督はナポリで使用していたシステムを持ち込み、4-3-3に選手たちを配置している。ポゼッションへのシフトチェンジと同時に、もたらされたものがある。前線からのプレスだ。3トップが相手のディフェンスラインにプレスを掛ける。高い位置でボールを奪い、ショートカウンターで仕留める。これはモラタの得意な形だ。

またモラタにとって大きいのは、ペドロ・ロドリゲスの存在だ。バルセロナのカンテラーノである彼は、サッリのコンセプトを非常によく理解しているように見える。例えば、サイドで数的優位をつくるために、ウィングは中央に入ってきてスペースを空ける必要がある。そこにサイドバックが上がってくる。そのオートマティズムがペドロの身体には染み込んでいる。

事実、モラタが得点を記録したアーセナル戦、ビディ戦、サウサンプトン戦、バーンリー戦、パレス戦のうち5試合でモラタとペドロがスタメン出場している。サウサンプトン戦では彼らが一緒に途中出場してからモラタのゴールが生まれている。互いに引き出し合うような「相関関係」が築かれているのだ。

一方でエデン・アザールやウィリアンと組んだ時は課題が残っている。中央に入ってくるアザールのために、モラタはスペースメイキングをする必要がある。そうなると、モラタの得点率は明らかに落ちてしまう。

先に行われたスペイン代表の試合では、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で決定機を逸している。「モラタはメンタルが弱い」と指摘したのは、サッリ監督だ。指揮官は彼に発破をかけ続ける。それは期待の裏返しだろう。名将に導かれるように、モラタが真のエースへの階段を上れたらーー。それはチェルシーの戴冠を意味することになるかも知れない。