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乾貴士が示す、トップ下の可能性。同点弾を導いたシュートの前の「布石」

森田泰史スポーツライター
新たなポジションに挑戦している乾(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

しとしとと、雨が降りしきる。冬の予感を漂わせるエイバル地方で、「熱戦」への期待感がスタジアム中に充満する。

リーガエスパニョーラ第10節で、エイバルは本拠地イプルーアにレバンテを迎えた。1部残留という目標を達成するためには、昇格組レバンテをホームで叩いておきたいところ。試合開始直後から、イプルーアの観衆は前のめりの応援で「おらが町の戦士たち」を勢いづけた。

■トップ下に起用される乾

乾貴士は第9節レアル・マドリー戦(0-3)同様、トップ下に入る。レバンテ戦では前線にキケ・ガルシア、セルジ・エンリッチを携えて、3-5-2のトップ下に入った。

序盤からエイバルは攻め立てる。右、左、サイドチェンジを駆使してレバンテを大きく揺さぶる。乾は2分、早速こぼれ球を拾ってシュートを打てる場面を迎える。だが、この場面ではシュートを打たず、観客から溜め息が漏れた。

直後の5分、今度はペナルティーエリア内で右サイドからのパスを受け、素早いターンからグラウンダーのクロス。このプレーには観衆から拍手が送られる。10分には、ペナルティーアークで相手DFのクリアボールを拾い、周囲の「打て!」という声を嘲笑うかのように、ドリブルで抜け出してクロスを送り、イプルーアを沸かせた。

試合開始から立て続けに3つのシュートチャンスを得ながら、乾は1度もシュートを選択しなかった。しかし、これは布石となって後に生きることになる。

■打たれた布石

エイバルは35分、37分と、集中力を欠いたところを突かれ、続けざまに失点を喫する。

窮地に立たされたエイバル。残留を争う直接のライバルに負ける訳にはいかない。そこに現れたのが、乾だった。

50分、乾が果敢に仕掛け、ペナルティーエリア付近で倒されてFKを得る。アナイツ・アルビージャが見事なキックでネットを揺らし、反撃の狼煙を上げる。

ただ、圧巻のプレーは73分に待っていた。

左サイドでボールを受けた乾は、シュートフェイクを入れてカットイン。ここでもシュートを打たないのか。相手守備陣を、味方を、観衆を欺きながら、背番号8は飄々とペナルティーエリアに侵入する。

PA内に入るとついに右足を振り抜き、低い弾道のシュートがGKラウール・フェルナンデスを襲った。辛くも弾いたボールをチャルレス・ディアスが押し込んで、エイバルは同点に追い付いた。

エイバルの貴重な同点ゴール。それは周囲を欺きながら、己の「シュートのタイミング」を信じた男の打った、布石によってもたらされた。

■諦めなかった乾とイプルーアの調和

35分にホセ・ルイス・モラレスが得点を挙げた次の瞬間、「エイバル!」コールがイプルーアを包んだ。37分にエニス・バルディが2点目を決めた際も、本拠地に響いたのは怒号ではなく、大きな拍手だった。

アルメロス(エイバルファン)は信じていた。小さな街を代表する選手たちが、同点弾、逆転弾を手にすることを。

それは乾、彼のチームメートも同じだった。チャルレスは同点ゴールを決めると、すぐにエンリッチと共にボールを拾い上げ、センターサークルへと走った。ゴール直後、「Remontada!!(レモンターダ、逆転の意)」の声がそこかしこに聞こえた。イプルーアと選手たちは完全に調和していた。

もう1点が遠く、悔しさと安堵の入り交じった複雑な表情で、アルメロスは帰路に着いた。ただ一方で、公式戦2連敗をストップするドローとなったのは事実だ。

このクラブは簡単に屈せず、最後まで目標を果たすために死力を尽くすだろう。スタジアムを後にする、アルメロスの表情を見て、そんな思いに駆られたのである。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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