Yahoo!ニュース

小泉進次郎環境大臣を訪問 形を変えた動物季節観測の継続を

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
12月18日大臣室にて(スタッフ撮影)

 12月18日(金)、小泉進次郎環境大臣とお会いすることができました。先月、こちらで動物季節観測廃止の記事を発表したところ、それをお読みいただいた小泉大臣が事情を訊きたいとのことで、私と天達予報士で大臣室を訪問させていただきました。

「年内で終わってしまうんですよねぇ・・・」

 気象庁は国土交通省の外局で、環境省とは直接のつながりはありませんが、近年、熱中症予防など気象庁と環境省は垣根を越えて業務を行うことも増えています。また生物季節観測は気象だけでなく環境の問題でもありますので、環境大臣に関心を持っていただくのは大変ありがたいことだと思いました。

 そこで私は、今回の動物季節観測廃止が突然発表されたこと、生物季節の観測がいかに重要かを、小泉大臣にお伝えしました。すると大臣は「このままだと、年内で終わってしまうんですよねぇ・・・」とつぶやかれました。

 それを聞いた瞬間、私は三浦榮五郎のことを思い浮かべました。三浦榮五郎というのは、関東大震災のとき、気象台周辺が火の海に包まれる中で気温を測り続けた観測者の名前です。この時の気温は深夜であるにもかかわらず46.3度の高温を記録していますが、火災による輻射熱が原因なので、公式記録からは除外されています。(参照記事「日本の最高気温の記録は46.3度である」

 しかし、この温度が記録されたことによって、震災による火災がどれほどのものだったのか、後の我々は想像することができます。当時の三浦の心境が気象百年史に残されています。

「~吾人の最も恐れたるは建物の焼失にあらず,将又(はたまた),大金を以て購ひたる器具,機械にもあらず。実に観測の中絶と記録の焼失にあり。~中略~建物は灰となり煙となりて消え失せしも其観測の結果は永遠に之れを残す得たるはせめての幸なりとする所なり。~」

 つまり観測の継続こそが最も重要な任務であると三浦は認識していました。これが気象関係者の中で現在も、暗黙知として伝えられる観測精神というものでしょう。もちろん、震災時の観測と生物季節観測を同列に語ることは出来ませんが、観測というのは、現在のことを測っているように見えて、実は未来に残すためにあるのです。

 現在、社会はAIによって急速にデータ化されています。当然、観測技術や観測の方法も変わっていくでしょう。そうした中で、人間自身の五感による観測というのは、いったん放棄すると、その観測技術も含めて消滅していくのです。

薄れる自然への関心

左上:アブラゼミ 左下:モズ 右上:ツバメ 右下:アキアカネ いずれも観測廃止となる(撮影 高橋和也氏)
左上:アブラゼミ 左下:モズ 右上:ツバメ 右下:アキアカネ いずれも観測廃止となる(撮影 高橋和也氏)

 想像してみてください。

 来年一月から動物季節観測が無くなるとします。多くの人にとっては自己の安全に関わることではありませんから、何の不便もありません。敏感な人でも「あれ?今年ウグイスって鳴いたっけ?」くらいの感覚でしょう。

 ではサクラだったらどうでしょう。今回の観測縮小の中にサクラは入っていませんが、サクラの開花発表が無くなったら、文化の中に根付いているお花見や観光、文学や芸術の世界にまで影響を与えるでしょう。実際、サクラの開花は10年で1.5日、30年で5~6日ほど早くなっており、昔の映画のサクラのシーンなどを見ると、現在との季節感の違いを知ることが出来ます。

 動物の観測が無くなることは、それに関するニュースも無くなるということです。ニュースが無くなるということは、世代が変わると自然現象や科学に対する関心が薄れていくということに他なりません。

 現在、世界的にSDGs(持続可能な開発目標)の重要性が問われているときに、動物季節観測の廃止は、まったくその考えと逆の選択だと私には思えます。

形を変えた生物季節観測の継続を

~その目的は生物に及ぼす気象の影響を知るとともに、その観測結果から季節の遅れ進みや、気候の違いなど総合的な気象状況の推移を知ることにある

 これは「生物季節観測指針 第一章1.1生物季節観測の目的」に書かれている一文です。日本だけではなく、欧米でも生物季節観測は盛んに行われ、気候変動に伴う気温の上昇が環境にどのような影響を与えるのか、各地で観測が進んでいます。

 確かに時代の流れとともに、動物季節観測も含めて、生物季節観測全体の見直しをすることは必要なことでしょう。「かつて気象台付近で簡単に見つけられた動物や昆虫が大幅に減り、生物季節観測のためだけに動物を探しに行けるほど余裕はない」という気象庁OBの話も聞きました。とはいえ、やはり“動物季節観測完全廃止”はやりすぎではないでしょうか。

 そこで、私が提案したいのは「気象庁と環境省、そして市民の力も借りた、生物季節観測の継続」です。

 気象庁の行う「観測」は気候監視の意味があります。一方、環境省の「観測」は環境と動・植物など生態系調査を重視したものです。互いに調査目的が違いますが、ここをすり合わせて、しかも民間のスマートフォン等を活用した大規模な生物季節観測は必ず出来ると思います。

 ただそれにはおそらく時間がかかると思われますので、せめてそれまで、気象庁には、これまでの方法で観測を続けていただきたいのです。

 年が明けると、「ウグイスやヒバリの初鳴き」や「モンシロチョウの初見」の季節がやってきます。今後は、もうそのニュースを聞けないのでしょうか。小泉環境大臣も仰っていましたが、今後は市民参加型の観測方法も、必要だと思います。

参考

11月10日掲載記事「気象庁に問いたい。動物季節観測の完全廃止は、気象業務法の精神に反するのではないだろうか」

8月31日掲載記事「日本の最高気温の記録は46.3度である

生物季節観測指針(平成23年1月発行)

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

森田正光の最近の記事