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大型トラックの高速道路の走行速度制限緩和の是非 緩和されても多くの事業者は80キロ走行厳守の方針

森田富士夫物流ジャーナリスト
大型トラックの高速道路走行速度制限見直しは是か、非か(写真:アフロ)

 警察庁は「高速道路における車種別の最高速度の在り方に関する有識者検討会」で、大型トラック等の高速道路の走行速度制限の見直しを検討している。第1回の検討会を7月26日に開催し、数回の検討会を経て年内には方向性を出す予定だ。

 大型トラック(8トン以上の中型車)や大型特殊自動車は現在、高速道路における最高走行速度が時速80キロとされている(スピードリミッターは90キロ)。貨物の積載状況によって走行が不安定になる場合があることや、積載量に応じて制動距離が長くなること、事故発生時の被害の重大化などによる。

 この80キロ制限を見直すキッカケになったのは、「我が国の物流革新に関する関係閣僚会議」が6月2日に発表した「物流革新に向けた政策パッケージ(以下は政策パッケージ)」である。政策パッケージは物流の「2024年問題」への対応として、商慣行の見直し、物流の効率化、荷主・消費者の行動変容という3つの施策を打ち出した。この中で、高速道路の大型トラック速度規制の検討が盛り込まれたのである。

 だが、多くの運送事業者からは「なぜ」という驚きと疑問の声が出ている。事故のリスクが増大し、ドライバーの精神的疲労など労働強化をもたらすことが予想されるからだ。それにも拘わらず、なぜ政策パッケージに大型トラックの高速道路における速度見直しが入ったのか?

賛成意見は「2024年問題」への対応としてドライバーの労働時間の短縮が図れ、追い越し時の並走距離が短くなりストレスが少なくなる等

 どのような検討過程を経て政策パッケージに入ったのかは分からない。だが多くの業界関係者が指摘するのは、「ヤマト運輸の主張が通った」ということである。

 その根拠は経済産業省、農林水産省、国土交通省による「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の第4回検討会(昨年12月13日開催)におけるヤマト運輸の事例発表だ。同社は「物流業界が抱える課題と対応策について」と題して発表した。その資料によると「高速道路での制限速度が引き上げられると長距離輸送におけるサービス、コストを維持・改善できる」としている。拠点間の移動距離を550キロメートルに想定し、東京ICから大阪IC間を時速80キロで走行すると実態拘束時間は12.5時間だが、高速道路を時速100キロにすると拘束時間は10.5時間になり、2時間短縮できるとしている。併せて「安全担保できる条件と実行施策案」も提案した。

 結果的にはこの事例報告の内容が政策パッケージに盛り込まれたことになる。そのため業界関係者の間で、同社の本当の狙いは何かと様々な憶測がなされている。代表的なのは「東京と大阪の拠点間で幹線輸送の第1便は80キロ走行でも、その後に順次出発させる下請事業者(孫請事業者)の、いわゆる『追っかけ便』は、2時間後の出発でも100キロで走らせれば第1便とほぼ同時に着かせることができる」といった見方である。さらに同資料では「コストを維持・改善できるとしている」ので、100キロ走行で燃費が悪くなったコストは? という声も出ている。

 もちろん大型トラックの高速道路の走行速度制限の見直しを主張している事業者は他にもいる。たとえば2年前から100キロへの緩和を強く主張してきた四国運輸局管内の事業者は「走行車線を前の車が80キロ以下で走っているとドライバーは追い抜こうとするがスピードリミッターが90キロでは、追い越し時の並走距離が長くなり、スピードを出して迫ってくる後続の乗用車がいるとストレスになる。そこで無理に走行車線に戻ろうとすると車間距離など危険性がある」という。

 さらに「誤解されているようなのでいっておくと、最高速度が100キロでリミッターが110キロになっても、全部が全部100キロで走れといっているわけではない。各事業者が社内で決めた速度で走れば良い。だが、追い越しの時など速度に余裕があれば精神的な疲労はない。それに安全面では軽減ブレーキなどもある。四国~東京間では90キロ走行なら80キロよりも1時間、100キロなら2時間早く着く。その分、休憩をとればドライバーにも良い」という。

反対意見は事故のリスクが増大し、ドライバーの労働強化にもなるので「働き方改革」に逆行、燃費も悪くなるなどを懸念

 一方、反対の事業者が指摘するのは事故のリスクと、100キロ走行におけるドライバーの精神的疲労の増加つまり労働強化になるという点だ。燃費も悪化する。

 かなり強硬な反対派もいる。「大反対だ。今でも80キロ走行なのにリミッターが90キロなので90キロ近くで走っているトラックもいるのが現状だ。速度制限見直しよりも積み込み作業などを短縮すべきである。反対だとハッキリ書いてくれ」(四国運輸局管内の事業者)。「それよりも2トン車や4トン車にもスピードリミッターの装着を義務化すべきだ」(関東)という意見もある。

 そこまで強い表現ではなくても反対の事業者は多い。「やっと最近はゆっくり走るのが定着してきた観がある。それを見直すというのはネガティブ要素としては事故のリスクがある」(北海道)。「スピードリミッターを付けて今日までやってきた。事故のリスクを考えると100キロは現実的ではない」(東北)。「2024年問題の解決は走行速度の問題ではない。経営者目線では速度アップで時間を稼ぐのは間違いだ」(関東)。

 「当社は80キロと決めて実行している。安全が第一で2024年問題と従業員の生命を天秤にかけるつもりはない」(北陸信越)。「事故のリスクが増えるので速度見直しは反対である。現在の速度に馴染んでいて、事故減少という結果も出ている。80キロで不都合はない」(四国)。

 「昨日(取材前日)、九州各県の事業者が集まる会合があった。その場で、今さらなぜ速度制限の見直しをするのか、という話が出た。リミッターの導入が義務付けられた当時と比べ、ドライバーの平均年齢も高くなっている。当社では大手事業者の現場担当者から速く走れといわれたので昨年、取引を止めた」(九州)。

 最高速度のあり方に関する第1回有識者検討会における国交省の資料によると、1993年~1997年の高速道路における大型トラック等による死亡事故件数は326件、1998年にスピードリミッター装着の義務付けが決定されたが、1998年~2002年では282件にまで減少。その後も減少が続き2018年~2022年では94件にまで減っている。

 また、スピードリミッターの装着による走行速度の低下やエコドライブの徹底などにより燃費も向上してきた。トラックの設計も時速80キロ走行で燃費が良くなるように設計されている、という。かりに100キロ走行が認められるようになると、スピードリミッターだけではなく、車両の設計も違ってくる。それに伴い車両価格も高くなる。

 80キロ走行と100キロ走行ではどの程度燃費が違うのだろうか。トラックメーカーは実験データを持っているはずだが、どのメーカーからも入手できなかった(一部をホームページに開示しているメーカーもある)。そこで一般論として聞いたところ「大型トラックは目安として時速80キロから10キロアップするごとに10%程度燃費が悪化する」(トラックメーカー関係者)という。したがって時速80キロ走行を100キロにすると約20%も燃料を多く消費することになる。

大型トラックの高速道路における最高走行速度が100キロになると、懸念されるのは実運送事業者のドライバーの労働条件の悪化

 実際にトラックに乗務しているドライバーの人たちはどうか。全日本運輸産業労働組合連合会(運輸労連)は昨年6月にアンケート調査を行った。同アンケートは高速道路の速度制限だけを調査したものではないが有効回答総数は7819。

 高速道路速度制限に関する設問では、全体合計で「100キロに緩和すべき」38.8%、「現行(80キロ)で良い」40.7%、「どちらともいえない」20.2%だった。ただし「100キロへの緩和を望む回答者の70%は、安全対策を前提にしている」という。組合としても安全第一のスタンスで、10月には組合員間でさらに検討を深める予定だ。

 全国交通運輸労働組合総連合(交通労連)のトラック部会では、「正式に調査をしたわけではないが賛否が半々ぐらい。地方の組合員はありがたいという意見が多く、都市部の組合員は否定的な傾向にある」という。このように賛否が拮抗しているので組合としての方向性は出していない。

 全日本建設交運一般労働組合(建交労)のトラック部会は、「ナショナルセンターとして反対を表明している。11月に2024年度の方針を打ち出すので、その中で明文化する予定」という。

 では、もし走行速度が100キロになったら、各事業者はどのように対応するのだろうか。「衝突軽減ブレーキなどの装着を前提にすれば、速度制限の見直しは良い。速度緩和も90キロでは追い越す時に並走する距離が長く、現状と大きな違いはないだろう。100キロなら流れがスムースで安定走行できストレスも少なくなる。ドライバーも高齢化しているが100キロなら大丈夫だろう。だが、ハード面での条件を満たすためには猶予期間が必要になる」(東北)。「ドライバーにとって乗用車などが120キロ走行できる区間での40キロの差は大きい。だが100キロになれば20キロの差なので、ドライバーには良いかもしれない」(関東)。

 「80キロは一番燃費が良いし、当社は飛ばさない。だが、制限速度が引き上げられれば荷主に急かされている時などは助かることもある。あるいは4時間で30分の休憩というインターバルでは、あと1時間走れば着くのに、その直前で30分の休憩を取らないといけないこともある。そのようなケースではスピードが出せれば助かる。だが、100キロでは事故が多くなる」(近畿)。

 高速道路の速度よりも高速道路の利用を増やすべきだ、という意見も少なくない。「高速道路の制限速度を見直すよりも、利用料金を下げて利用を増やした方が、よほど労働時間短縮には効果が期待できる。これまで一般道を走らせていたのを高速利用にすることで時間短縮ができるからだ」(北海道)。「高速料金の別途請求を交渉している。往復とも高速を利用すればスピードアップよりも安全を確保して時短ができる」(近畿)。往きだけだった高速料金の請求を復路も請求するように交渉する事業者が増えつつある。

 速度が緩和されても現行の80キロ走行の社速を厳守するという事業者が多い。「従来通りの社速80キロで行く。燃費も良い」(関東)。「速度制限が見直されても、現在のままの80キロで行く。安全などの問題もある」(北陸信越)。

 だが、速度制限の緩和で荷主や元請事業者の変化を危惧する声も多い。「スピードが出せるようになったのだから、追加の荷物をもう少し待ってもらっても良いだろうとなるはず」(中国)。さらに、いずれは「荷主や元請事業者が時速100キロを前提に荷物を出すようになり働き方改革とは逆行する結果になる」(近畿)。

 一方、ちゃんとした荷主も存在する。「政策パッケージが発表されてすぐに、取引先の上場企業の役員から高速道路の走行速度について問い合わせがあった。当社は安全第一で、ドライバーの労働強化になるので従来通りの80キロで行く方針ですと答えたら、『それなら安心で良かった』といわれた」(関東)。あるいは未取り引きの企業から同様の問い合わせがあったと話す事業者もいて、「安全第一はきちんとした新規荷主を開拓するチャンス」(近畿)としている。

 有識者検討会でどのような方向性が出されるのかは分からない。だが、複数の事業者からは「経済合理性だけではなく、高速道路を利用する一般の人たちや、交通事故の遺族の人たちの声も反映すべきだ」という意見があった。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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