Yahoo!ニュース

「2024年問題」とは? 全産業より483円~602円も安いドライバーの時給を全産業並みにすること

森田富士夫物流ジャーナリスト
「2024年問題」は国民的課題(写真:イメージマート)

 2024年4月まで残りわずか。マスコミでも「2024年問題」をとり上げる頻度が増えてきた。

 2024年4月からトラックドライバーの年間最大残業が罰則付きで960時間になる。同時に4月からは「改正改善基準告示」が施行になる。改善基準告示はトラック、バス、ハイヤー・タクシーなど自動車運転業務の従事者の拘束時間や運転時間、休憩や休息時間などの基準を設定したもの。その基準が改正されて施行になると、残業時間規制とともに、従来と同じ仕事をするにもより多くのドライバーが必要になる。トラックドライバーの有効求人倍率は全産業の約2倍で推移してきたが、より一そうドライバー不足になってしまう。

 この危機を回避するため政府も力を入れて対策に取り組んでいる。それはトラックドライバーが安い時給で働いており、より多くのドライバーが必要になってもドライバーのなり手がいなければ荷物が運べなくなってしまうからだ。

 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」より国土交通省が作成した資料に基づいて計算すると時給は以下のようになる(2022年)。

  全産業=年間賃金497万円÷年間労働時間2124時間=2340円/時

  大型車ドライバー=477万円÷2568時間=1857円/時

  中小型車ドライバー=438万円÷2520時間=1738円/時

 ここからも分かるように、全産業と比較すると大型車のドライバーは483円/時、中小型車のドライバーでは602円/時も安い。この差をなくそうというのが「2024年問題」の核心なのである。 

 一方、トラック運送業界の労働時間短縮への取り組み状況をみると、4つのグループに分類できる。グループ1は残業時間規制などをすでにクリアしている事業者で極めて少ない。グループ2は2024年4月までにはクリアできる事業者で少数である。グループ3は何とかしたいと取り組んでいるがリミットまでに実現するのは難しい事業者で多数を占める。グループ4は諦めてしまった事業者だ。

分母を小さく(労働時間短縮)する取り組みは輸送形態によって異なり、長距離輸送では輸送の仕組みを変える必要が

 先にみたように年間賃金を年間労働時間で割ったものが時給である。全産業とトラックドライバーの時給差をなくす第1の方法は、分母を小さくすること。すなわち労働時間の短縮である。ところが、それが難しいために多くの運送事業者が悪戦苦闘している。グループ1、2の事業者が少ないのはそのためだ。とくに長距離輸送をしている事業者は、中距離輸送(片道500キロメートル程度が目安)や近距離輸配送の事業者と比べ時間短縮の難易度が高い。

 また、地方の事業者は地元発の荷物を首都圏や関西、中部などの大都市圏に運ぶことが多い。そのため大都市圏から遠い地方では長距離輸送をしている事業者が多く、時間短縮に苦戦しているグループ3の割合が高い。大都市圏に近い地方ほどグループ2の比率が増える傾向がある。あえて表現するなら「ロケーション・デバイド(立地的差異)」といえる。

 では、長距離輸送において労働時間を短縮するには何が必要か。長距離輸送では輸送の仕組みを変えることが必要だ。方法としては中継輸送、リレー輸送、2マン運行、フェリー輸送などがある。

 中継輸送はAからBと、BからAに向かうトラックを運転してきたドライバーが中間地点で交代するもの。リレー輸送はトラックをドライバーが次々と交代して乗り継いで行くもので、いわば駅伝方式である。だが、中継輸送もリレー輸送も中小事業者の場合には、他の事業者と提携しなければできない。このように長距離輸送では運送の仕組みを変える必要から難易度が高いのである。

 もう一つの理由は、ドライバーの心理面にある。トレーラなら大丈夫だが、普通のトラック(単車ともいう)では、自分が運転するトラックを他人には運転させたくない、という気持ちが強いのだ。とくに長距離輸送では車中で休息をとることになるので、私物なども持ち込むため、自分の専属車という気持ちが一そう強くなる。このようなドライバー心理を経営者が労務管理の一環として利用してきた面もある(専属車両なら労働時間外でもこまめに洗車するなど)。だがトラックは会社の経営資源という意識への転換に迫られており、「2024年問題」は長年の慣習も見直す契機になっている。

 さらに長距離輸送で労働時間を短縮するもう一つの方法は、リードタイムの延長である。これにはサプライチェーンとしての取り組みが必要だ。

分母を小さく(労働時間短縮)する取り組みその2、中距離輸送や近距離輸配送では多様な働き方の組み合わせが有効、さらに即効性のある対処療法も

 中距離輸送や近距離輸配送では、運行回数を減らすなどの方法もある。たとえば日帰りで月20回の運行だったものを19回や18回の運行に減らして、有給休暇の取得を増やす。また、ドライバーの多能工化が前提になるが、月の半ばで予定より時間を消化しているドライバーと、時間消化に比較的余裕のあるドライバーの仕事を交代するといった方法もある。さらにどのような仕事もできるマルチドライバーによって、予定より時間をオーバーしているドライバーの仕事を代行して時間調整するやり方もある。

 近距離輸配送では、1週間単位で担当コースを替えて時間を調整するような配車。週休3日制の正社員ドライバーや、残業なし1日8時間労働の正社員ドライバーの採用。あるいは他業種で働いている人で副業ドライバーの希望者を採用する。その他、多様な雇用形態の導入と勤務ローテーションの組み合わせが有効である。

 そして全くムダな時間である待機時間の削減は絶対に必要だ。待機時間短縮には待機時間の実態把握が前提になるが、ほとんどの事業者はデジタルタコグラフなどで定量的な把握はできているはずだ。だが、それだけでは十分とはいえない。待機時間には「事業者都合」と「荷主都合」がある。たとえば朝の8時に集荷という時間指定だったとする。だが、7時に到着したら、7時から8時の1時間は事業者都合の待機時間となる。

 これは途中で道路渋滞などがあって8時に到着できなければ、荷主から会社にペナルティが課される。そこでドライバーが安全策として自主的に1時間早く出発する、といったことがあるからだ。この1時間は事業者にとっては頭の痛い問題だ。拘束時間が長くなるからである。だが、ドライバーを責めるわけにはいかない。このような自社都合の待機時間を短縮するには、明らかに不可抗力と判断できる延着には責任を問わない、といった契約にすることも解決策の一つだ。

 荷主都合の待機時間短縮では、待機時間のデータだけではなく、管理者がドライバーと同行して現場の状況を把握し、待機時間が長くなる要因を分析して解決策も含めて荷主と検討する。

 なお、待機時間の短縮には発荷主と着荷主の理解と協力が必要といわれる。だが、発荷主も着荷主も自社で直接、拠点(物流センター)の管理・運営をしているケースは少ない。ほとんどは運送事業者にオペレーションを委託している。荷主の了解はとるにしても現場レベルでの具体的な改善は事業者同士で可能なはずだ。それが進まないのは、業務受託事業者の担当者の自己保身なども原因の一つになっている。

 分母を小さくする(労働時間短縮)取り組みの最後に、リミットまでわずかとなった現在、即効性のある対処療法として高速道路利用がある。たとえば中距離輸送で往路は高速道路を利用している(料金は荷主負担)。だが、復路は空車で一般道路を帰ってきていたとする。この場合、復路も高速道路を利用すれば時間短縮には即効性がある。実際、最近は復路の高速料金も負担する荷主が増えてきた。

全産業とドライバーの時給差を縮小する第2の方法は分子を大きくする(賃金を増やす)ことで、それには原資の確保が不可欠である

 全産業とトラックドライバーの時給の差をなくす第1の方法が分母を小さくする(労働時間短縮)ことなら、第2の方法は分子を大きくする(賃金を増やす)ことである。だが、現状では最初は労働時間を短縮しても賃金を減らさないこと。次に賃金を増やしていくというのが現実的である。しかし、賃金の現状維持でも原資の確保が重要な課題であることを認識しなければならない。

 そのような中で、労働時間を短縮するとドライバーの賃金が減ってしまう、といった声が業界の一部にはある。これには2つの理由がある。一つは労働時間短縮には原資の確保が必要だという認識が欠けていること。もう一つは歩合制賃金を前提にしていることである。歩合制賃金は運賃水準を低くしている原因の一つである。また、ドライバーには低賃金で長時間労働を強いる主たる要因にもなっている。

 だが、「労働時間短縮はドライバーの収入を減らすので、誰のための働き方改革か。トラック運送業界の実態を知らずに労働時間短縮を進めようとするからこのようなことになる」といった主張が、グループ3の少なくない事業者とグループ4の事業者の心理に共鳴する。このような「業界ポピュリズム」はドライバーの労働条件の改善を妨げ、ひいては業界の社会的評価を低める結果をもたらす。

 グループ1や2の中には、歩合制賃金の見直しをして固定給化を進めている事業者もいる。「基本給+みなし残業代(定額時間外手当など様々な呼称がある)」が基本である。みなし残業代は、改正改善基準告示なども踏まえて45時間に設定するケースが多い。

 いずれにしても賃金の現状維持、さらには賃金アップのために原資の確保が必要だ。それが「標準的な運賃」に他ならない。「標準的な運賃」の原価には、この間に上昇してきた車両代やタイヤなどの備品、燃料代高騰分の価格転嫁も含まれている。だが、「標準的な運賃」が事業法に盛り込まれた主旨は、全産業並みの労働時間と賃金という、ドライバーの待遇改善である。そこでこの間、荷主や元請事業者との運賃交渉で運賃値上げを実現した事業者は、ドライバーの賃金アップを交渉の前面に掲げているのが共通点だ。さらに交渉事なので運賃一本やりではなく、「標準運送約款」などと関連させて柔軟に交渉している事業者が原資の確保に成功している。

 この運賃交渉やリードタイムの延長交渉では、メーカー、問屋、小売業を比較すると、大型小売店の抵抗が強い傾向がみられる。物価高騰の中で物流コスト上昇を小売価格に転嫁することはできないと、消費者を盾にしているのである。

 このように「2024年問題」は単にドライバー不足による物流危機というだけではなく、労働者全体の賃金上昇が可能になるような経済循環をどのようにつくるか、といった経済政策そのものの問題でもある。「2024年問題」を乗り切るには、国民的な取り組みが必要な理由もここにある。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

森田富士夫の最近の記事