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「2024年問題」は運べなくなることではなく、企業も個人も物流コストの意識転換が核心

森田富士夫物流ジャーナリスト
日本の物流はトラックドライバーの長時間労働に支えられてきたが…‥(写真:イメージマート)

 最近は「2024年問題」をマスコミが取り上げるようになってきたので、一般の人たちの関心も少しずつ高まってきた。とは言えまだまだ一部の人に過ぎない。

 働き方改革関連法の一環で自動車運転業務(トラックドライバー)の時間外労働の上限が2024年4月から罰則付きで年960時間になる。これまでは年960時間を超えるドライバーの時間外労働で日本の物流が支えられてきた。だが、残業時間が短縮されると、同じ荷物を運ぶために今まで以上のドライバーが必要になる。ドライバーの有効求人倍率は全産業平均のほぼ2倍で推移してきたが、これからはドライバー確保がいっそう難しくなる。さらに拘束時間、労働時間、休憩や休息時間などの基準を設定した「改善基準告示」も改正されて2024年4月から施行になるためドライバー不足に拍車がかかる。

 NX総合研究所では、2030年には輸送能力が34.1%不足すると推計している。野村総合研究所の予測でも2030年には全国で約35%が不足する。

 このように2024年4月からはトラックドライバー不足でこれまでのように荷物が運べなくなる可能性がある。国内貨物輸送量のほとんどは企業間の荷物だが、企業の経済活動に支障が生じれば、国民生活にも大きな影響が出てくる。

 さらに国内貨物の総量からすると僅かではあるが、今年10月から導入されるインボイス制度で、日常生活と関連の深い宅配便や宅配荷物の配達員不足も予想される。宅配の末端業務(ラストワンマイル)の多くは貨物軽自動車運送の自営業者が担っているが、筆者の取材では来年(2024年)の確定申告後に撤退者の増加が予想されるからだ。インボイスと労働時間には直接的な関係はない。だが「2024年問題」と時期を同じくして貨物軽自動車運送の自営業者が減少すると、ネット通販の宅配など消費者物流への影響は必至だ。

 「2024年問題」とは、直接的には労働時間短縮によるドライバー不足で荷物が運べなくなる事態を表現している。一方、トラック運送事業者の多くは、時間外労働の上限である年960時間をクリアするのが難しいのが実態だ。ここから「2024年問題」というと労働時間の短縮だけに焦点が当てられがちだが、問題の本質は労働時間を短縮しても、ドライバーの賃金を減らさない、むしろ賃金をいかに増やすかという点にある。

 労働時間短縮と賃金水準の向上を同時に実現するには、それを可能にする原資の確保が不可欠で、それが「標準的な運賃」だ。この「標準的な運賃」を目安にした荷主企業と事業者間、業界内の元請事業者と下請事業者間における運賃・料金改定交渉こそが「2024年問題」を乗り越えて物流危機を回避できるかどうかの最大のポイントである。

ドライバーの長時間労働の原因はムダな待機時間、手作業による荷役業務や諸作業の無償強要、ペナルティを避けたいドライバー心理など

 ドライバーの長時間労働の一番大きな原因はムダな待機時間である。「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の中間とりまとめの資料によると、2020年の1運行当たりの荷待ち時間の分析では、1~2時間が32.4%と一番多く、次いで30分~1時間が29.5%である。30分以下は20.3%と5分の1しかなく、2時間超が17.7%もあるという結果だ(トラック輸送状況の実態調査)。

 発荷主に指定された集荷時間に行っても積込みまで待たされる。着荷主でも指定の納品時間に到着したのに荷卸しまで待たされる。この待機時間は荷物の運送には全く関係のないムダな時間で、待機時間をゼロにしても業務には何ら支障がない。ドライバーの労働時間を短縮する上ではこの待機時間の削減が大きな課題であり、発荷主、着荷主の責任は大きい。

 だが注目すべきは、荷物を出荷する倉庫や物流センター、荷物を受け入れる倉庫や物流センターは必ずしも荷主企業が直接運営しているとは限らない点だ。荷主直営もあるが、たいていは物流事業者が業務を請け負っている。これら庫内業務の受託事業者は自社のドライバーの労働時間短縮には努めるが、他社のドライバーは平気で長時間待機させている。ここにもメスを入れなければ解決しない。

 ドライバーの手作業による荷役作業なども長時間労働の原因の一つである。パレット輸送などによる荷役作業の効率化が求められるが、それには様々なサイズのパレットをいくつかのサイズに統一することも必要だ。荷姿の統一化にもつながる。

 同時に、契約にはない諸作業を無償でドライバーに強要することも禁じなければならない。これは長時間労働の原因でもあるし、ドライバーに本来の仕事以外で負荷をかけることにもなっている。

 その他にも長時間労働の原因はいろいろあるが、ここではドライバー自身の心理面にも触れておく。たとえば交通事故による道路渋滞などの不可抗力であっても、指定された時間に着かないとペナルティを科されることが多い。そのため安全率をみて、決められた時間よりかなり早く出発したり、途中で必要な休憩を取らずに少しでも早く着荷主の近くまで行って休憩する、といったことが当然のように行われている。これは指定時間に遅れないようにというドライバー心理である。だが、会社としては8時出発で運行計画を組んで法令に抵触しないようにしていても、自主的に7時に出発したら計画より1時間長い拘束時間としてカウントしなければならない。運行記録などのデータ上では1時間長くなってしまう。

 こうなるとトラック輸送における業務全体を分析して、たとえば延着に関する契約上の対応なども必要になってくる。

歩合賃金を前提にすると「誰のための労働時間短縮か」といった誤認を生む、事業者にとっては賃金体系の見直しも「2024年問題」の経営課題

 最近、「何のための、誰のための労働時間短縮か」といった声が一部から出されている。いうまでもなく何のため、誰のための労働時間短縮かは明らかだ。第一にはドライバーのためであり、そのドライバーが所属している会社のためである。結果的には円滑な経済活動と国民生活に必要な持続可能な物流構築につながる。

 「誰のための労働時間短縮か」という意見は、労働時間を短縮したらドライバーの収入が減ることを理由にしている。実は、このような発想がトラックドライバーの労働条件の改善を妨げ、同時に「2024年問題」の本質から論点を逸らす結果をもたらしているのだ。業界の社会的評価が向上しない遠因でもある。

 一般的にドライバーの賃金は歩合の部分が多い。突き詰めていくと、この歩合制賃金が荷主との関係では安い運賃で仕事を受託する素地になっている。歩合制賃金なら、運賃が安ければ人件費も安くできるからだ。これが改善DXの導入や生産性向上に取り組もうとしない理由でもある。

 一方、収入総額を増やしたいドライバーは長時間労働で安い時給をカバーする、という構造になってしまった。その上、「働けば働くほど収入を増やせるのがトラックドライバー」という錯覚さえ生み出した。

 国土交通省の資料(厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」などから作成)によると、2021年の大型車のドライバーの年間労働時間は2544時間、中小型車のドライバーは2484時間である。それに対して全産業平均は2112時間なので、大型車ドライバーは年間432時間、中小型車ドライバーは372時間も長く働いている。一方、収入は全産業平均の年間所得額が489万円なのに、大型車ドライバーは463万円、中小型車ドライバーは431万円だ。全産業に比べ大型では26万円、中小型は58万円も少ない。

 だが、この収入額だけをみると大型車のドライバーは全産業に比べて年間28万円の差なので、「月2万円ちょっとの差でしかない」と受け止める人もいるだろう。それは長時間労働で低賃金をカバーしているからに過ぎない。それが良く分かるのは時給である。

 年間労働時間と年間所得額から単純に時給換算すると、全産業は時給2315円、大型車は1820円、中小型車は1735円となる。全産業に比べて大型車では495円、中小型車では580円も安い。参考までに昨年10月に発効した最低賃金では、全国加重平均額が961円である。ここからも1時間当たり495円、580円という賃金格差がいかに大きいかが分かるだろう。

 労働時間の短縮と同時にこの時給の差を是正することも働き方改革の大きな課題なのである。それを抜きにして、ただ労働時間を短縮するだけでは、ドライバーの収入が減るのは当然だ。

「2024年問題」の解決には発着荷主、元請事業者、事業者、サービス享受者、行政などが応分の責任を分担しドライバーの待遇改善の原資確保が必要

 このようにドライバーの労働時間を短縮して収入を増やすことが本来の「2024年問題」なのである。だが、ドライバーの待遇を改善し、事業者の健全経営を可能にするには原資の確保が不可欠だ。そこで2018年12月に改正された貨物自動車運送事業法において、2024年3月末までの時限措置として「標準的な運賃」が設けられた。ドライバーの労働時間短縮と収入増のための原資確保が目的なので、「標準的な運賃」では全産業平均の労働時間と収入に準拠してドライバーの人件費を算出している。

 だが、国土交通省が5月12日に公表した「『標準的な運賃』に係る実態調査」の結果では、2022年度に運賃交渉した事業者は約69%で、そのうち荷主から一定の理解が得られた事業者は約63%だった。つまり回答した事業者全体のうち運賃交渉をして荷主から一定の理解が得られた事業者は約43%である(全日本トラック協会の会員5万1657を対象にした調査で回答数は4401)。

 荷主企業では「標準的な運賃」の計算方法や金額などを理解しているのは約27%で、「標準的な運賃」のみを理解しているが約44%、原価計算の方法だけを理解しているが約3%だった。これらを合わせると約74%の荷主が程度の差はあれ「標準的な運賃」を知っていることになる。だが、調査対象の荷主企業はホワイト物流推進運動に参加している486社で、うち回答企業は150だった。ホワイト物流推進運動は、トラック輸送の生産性を向上して物流の効率化を図り、女性や高齢者も働きやすい「ホワイト」な労働環境の実現を目指す運動で、参加しているのは前向きな事業者と、物流への理解がある荷主企業だ。

 回答した事業者も荷主企業も前向きな企業が多く、調査結果は良い方向にバイアスがかかっていると解釈すべきだろう。水を差すようだが、公正取引委員会が昨年12月に発表した「独占禁止法上の『優越的地位の濫用』に関する緊急調査結果」で社名を公表されたのは13社。そのうちの5社は物流の元請事業者で、さらに5社中の3社がホワイト物流の参加事業者だったことも付記しておく。

 なお、アンケート調査に回答した事業者の約76%は「標準的な運賃」制度の延長を希望している。

 いずれにしても事業者、荷主企業ともまだまだ「2024年問題」への取り組みが弱いのが現状である。トラックドライバーの労働条件を改善して物流危機を乗り越えるには、さらに一般の人たちの理解と協力が必要だ。しかし、一般の人たちの物流に関する関心はまだまだ低い。それを象徴しているのがネット通販の「送料無料」といえる。実際にはネット通販会社が送料を原価として商品販売価格に組み込んでいる。そして原価を下げるために末端の配達員(多くは自営業者)に安い委託料で運ばせている。

 その宅配貨物の再配達率は12%(第1回我が国の物流に関する関係閣僚会議の資料)。つまり10個に1個強は再配達ということになる。そこで再配達には追加料金を請求すべきという案もある。サプライズ贈答を除いて、ギフト関係は贈る人が送り先の都合を聞いて時間帯を指定し、再配達には追加料金を払う。「送料無料」としているネット通販会社は、再配達の追加料金を負担するのが当然だ。

 このように企業間物流や消費者物流に拘わらず、サービスの享受者が応分のコストを負担することで、物流危機を招かないようにする。また、ドライバーは個々人の自由の問題ではあるが、オフの時間の活用などライフスタイルを見直すことも「働き方改革」の目的の一つだ。一方、事業者にとっては収入構造や賃金体系など従来の経営を変革する「働かせ方改革」と認識すべきだろう。

 このように「2024年問題」の核心は、ドライバー不足で運べなくなるだけではなく、企業や個人に拘わらず物流サービスの享受者のコスト意識の転換なのである。すると、「2024年問題」は今後の経済構造の変革なども伴うもので、政治や行政がバックアップするのは当然だ。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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