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インボイスで予想される2024年春からの軽貨物自営業者の減少、ネット通販宅配への影響は必至

森田富士夫物流ジャーナリスト
インボイス導入で予想される軽貨物宅配自営業者の減少(写真:イメージマート)

 ネット通販は年々伸びている。経済産業省の「電子商取引に関する調査」によると、2021年の消費者向け国内電子商取引(BtoC-EC)の市場規模は20兆6950億円で、そのうち物流(宅配)が伴う物販系分野は13兆2865億円(前年比+8.6%)。それ以外にフリマアプリやネットオークションなど個人間のネット取引(CtoC-EC)も2021年は2兆2121億円(+12.9%)になった。

 この物販系分野のネット通販の伸びを支えているのが宅配である。ネット通販宅配には3つのパターンがある。宅配便事業者に委託して宅配便ネットワークで配達、宅配便以外の一般の運送事業者に宅配を委託、ネット通販会社が貨物軽自動車運送事業者に宅配業務を直接委託である。だが、いずれも末端の宅配業務の大半を担っているのが貨物軽自動車運送事業者(以下は軽貨物事業者)で、そのほとんどは1人で業務受託している自営業者だ。

 軽貨物の事業者数は多い。国土交通省の資料によると2021年度末の事業者数は20万9250で、車両数は33万4878台である。総務省の人口推計では2022年2月1日現在の日本の人口は1億2534万人なので、単純計算では約374人に1台の割合で営業用の軽貨物自動車(黒ナンバー)があることになる。軽貨物の自営業者は年々増え続け、宅配便や拡大するネット通販宅配を担ってきた。

 だが、この軽貨物の自営業者に異変が起きようとしている。その理由は2023年10月から導入予定のインボイス制度だ。

軽減税率導入にあわせて予定されていた「インボイス(適格請求書等保存方式)」が、年商1000万円以下の軽貨物宅配自営業者を直撃

 インボイスは、2016年度税制改正で、軽減税率制度と抱き合わせで導入が決められていた。簡単にいえば、これまでは消費税を納めなくても良かった年商1000万円以下の小規模事業者にも消費税を納めさせる、というもの。インボイスはすべての小規模事業者や事業収入のある個人が対象だが、20万9250の軽貨物運送事業者のほとんどが年商1000万円以下なので宅配市場への影響は大きい。

 軽貨物運送事業者でも複数台の車両を保有し、法人として事業展開しているケースもある。このような事業者は年商が1000万円を超えているはずなので、荷物を出す側(真荷主より同業の元請事業者の場合が多い)に対し、消費税を含めて請求書を発行している。当然、消費税を納めているはずだ。そのためインボイスが導入されても、事務処理上の煩雑さが増すことを別にすれば、影響は少ない。

 インボイスで大きな影響が予想されるのが年商1000万円以下の自営業者だ。実は、これら小規模自営業者の中には、これまで確定申告をしていなかった人たちが少なくない。ある業界関係者は「感覚的には30~40%の自営業者が確定申告をしていないのではないか」と推定している。また、多数の自営業者に宅配業務を委託しているある事業者は「確定申告をしているかどうかを確認していない」。その理由は「実態を調べるのが怖いから」という。

 このような中で、ネット通販会社から宅配業務を元請しているある事業者が、2月上旬に配達員各位(自営業者)に向けて確定申告の案内文書を出した。それによると、皆さんは個人事業主なので確定申告をする必要がある、としている。そして今年10月からインボイス制度が始まるので税務関係上、本年からは確定申告をしたという誓約書を必ず提出するように求めている。提出しないと契約更新をしないとも書いてある。また、インボイス登録をした人には番号の記載を要請している。

 もし本当に確定申告しない個人事業主とは契約更新しないとなると、「契約が継続できなくなったり、自分から撤退する自営業者も出てくる可能性があり、かなりの影響があるだろう」と思われる。

 多くの個人事業主に業務委託して宅配をしているある事業者は、取材時点ですでに自営業者への個別ヒアリングを終えていた。それによると、インボイス登録をするという自営業者が約70%、登録しないで非課税でいく自営業者が約30%という結果だった。「登録しないという自営業者は全体的に収入の少ない人が多く、1カ月の売上が10万円ぐらいの人もいる」という。

 別の事業者も「定年退職して小遣い稼ぎに届出をして宅配をしているような人は消費税も僅かな金額なので、ポケットマネーから納めてもかまわないという人もいる。また、それが嫌なら撤退しても良いと考えるだろう」と予想している。

インボイス制度導入後の業務委託事業者と軽貨物宅配自営業者間の運賃水準、消費税の支払い関係はどうなる?

 このように、インボイス以前の問題として確定申告をしていない軽貨物の自営業者の人たちが少なくない。自分が個人事業主であるという意識が希薄な人もいるようだ。個人加盟の労働組合の組合員ですら、「これまで運賃収入を給料だと錯覚していたり、あるいは雑収入と思っていた人もいる」という。そのため「軽貨物自動車のリース代や燃料代を経費で落とせないだろうか、といった相談もある」。そこでこの労働組合では、確定申告の計算や消費税額の計算の仕方の見本を作成して組合員を支援している。

 自営業者への支援という点では、全国の軽貨物自動車約4万台をメンバーにして求車・求貨のマッチングなどをしている会社でも「インボイス登録の強制はできないが、制度の仕組みなどを分かりやすく伝えるなどの支援はしていく。また、稼働効率を上げて生産性が向上できるようなサービスを拡充していく」という方針だ。

 問題は、軽貨物の自営業者に業務委託している事業者が、これまで消費税を支払っていたのかどうかである。運賃とは別に消費税を自営業者に支払っている事業者もいる。だが、自営業者に消費税を支払っていない事業者の方が多いようだ。

 また、業務の受委託契約なのだから、業務受託している自営業者が業務委託先の事業者宛に消費税もプラスした請求書を発行するのが本来の形なのだが、ほとんどの自営業者は請求書など発行していない。そのため、先述のように支払われた金額を給料のように錯覚する自営業者もいるのだ。

 では、軽貨物の自営業者に仕事を委託している末端の事業者はどのようにしているのだろうか。自社の経理処理に必要なので支払明細書を発行している。だが支払明細書の控えを自営業者に渡している事業者と、渡していない事業者がいる。

 多数の自営業者に業務委託しているある事業者は、「個建運賃(1個いくら)で1個150円プラス消費税15円を支払っている。支払明細書を渡して疑義があれば3日以内に申し出るようにして修正に応じている」。

 この事業者は、以前から外税として支払明細書に明記して消費税を支払っているのでインボイスが導入されても問題はない。だが、消費税を支払っていない事業者が少なくない。後付けで善意に解釈すれば「税込み(内税)」として運賃を支払っていたことになる。では、インボイス導入でどうなるのだろう。たとえば、これまでは消費税込みという解釈で月30万円を支払っていたとする。だが、今度は運賃27万円に消費税3万円(単純な数値にしている)で合計30万円にはできない。それでは実質的な値引きになり、禁止されているからだ。

 そこでインボイス登録の自営業者には30万円プラス消費税3万円で合計33万円を支払うことになる。登録していない自営業者と取引を続ける場合には、30万円を自営業者に支払い、その自営業者の消費税分を代わって納める形になる。

 いずれにしても自営業者と契約している末端の事業者の支出が増えることに変わりはない。この末端の事業者に仕事を出している元請事業者は、企業間取引なので消費税は支払っていた。そのためインボイスが導入されても運賃が値上げされない限り末端の事業者の収入は増えない。だが、「元請事業者は運賃値上げはしないだろう」と思われる。そのため末端の事業者は、業務委託している自営業者の消費税相当分の支出が増えることになる。

 このようなことから宅配の多層構造の末端の事業者は元請事業者と自営業者との板挟みになり、「経営が維持できなくなる事業者が増えてくるだろう」という見方をする関係者が多い。宅配の元請事業者の下で末端の軽貨物の自営業者に業務委託している事業者、とくに中規模事業者への影響が大きいというのが大方の予測だ。

 そうすると対応策の選択肢は3つになる。これまでのように自営業者への委託を続ける(消費税分の支出が増える)、自営業者を社員化する(法定福利費などの支出が増える)、他の事業者(法人)に外注化する、のいずれかである。第三のケースでは、外注先の事業者で同様のことが繰り返されることになる。

インボイス導入は今年10月からだが、自営業者の減少など実際の影響は来年の確定申告後で「2024年問題」と時期が重なる可能性

 一方、肝心な軽貨物の自営業者への影響はどうか。以前から運賃とは別に消費税を受け取っていた自営業者は、これまで消費税を納めていなかった。つまり消費税として受け取っていた分は、実質的な収入だったのである。それでも低収入だった。だが、今度は消費税を納めなければならないので実質収入が減ることになる。また、これまで消費税を受け取っていなかった自営業者は、今度は消費税を受け取るようになっても、1年分を貯めておいて一括して納めるのが大変な実態がある。

 ある関係者は「現在でも健康保険の支払いすら大変な自営業者もいる。消費税は来年の確定申告からだが、確定申告しても消費税を納めるのが難しい自営業者も出てくるだろう」という。

 そうなると運賃の値上げになってくるのだが、「値上げ要素はない。昨年暮れには人手不足もあって1日2万3000円まで上がったが、年明けには1万6000円に急落した。ネット通販の宅配では1日1万4000円が現在の相場になっている」という首都圏の事業者もいる。

 ちなみにネット通販会社の宅配を専属で行っている自営業者は、1カ月30万円~35万円の範囲に支払いを抑えられているように見える。そこから軽自動車のリース代や燃料代などを引くと、はたしていくら手元に残るのか…。

 これが「送料無料」というまやかしの陰で汗を流している人たちの実態である。

 それでも運賃値上げは難しいようだ。そうなると軽貨物の自営業者はどうなるのか。ある関係者は「インボイスは来年度からだが確定申告は今年からしておかなければならない。だが所得税の納税も難しい自営業者もいる。取引契約を継続する必要からインボイス登録をしても、確定申告はしないという自営業者も出てくるだろう」とみている。

 これまで確定申告をしていなかった自営業者が今年から確定申告をするようになると、所得税を納税しなければならない。それすら厳しいのに、さらに来年の確定申告では消費税がプラスされる。そのため事業を継続できなくなる自営業者が出てくる、というのだ。

 このように「インボイスは今年10月からだが、その影響で廃業・撤退などが始まるのは来年の確定申告後で、2024年問題と時期を同じくして軽貨物の自営業者の減少が始まるだろう」と予測する関係者が多い。

 2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の上限規制が罰則付きで年960時間になる。同時に施行になるのが改正改善基準告示で、休憩や休息時間その他の規制が現在より厳しくなる。いわゆるトラック運送業界の「2024年問題」だが、インボイスによる軽貨物自営業者の減少も同時に進行する可能性がある。軽貨物自営業者の減少がネット通販に与える影響は少なくないと予想される。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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