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食品の安定的供給に危機感! 農水大臣が食品ロス削減や価格高騰抑制のため商慣習見直しを要請

森田富士夫物流ジャーナリスト
食品の安定的供給を止めてはいけない!(写真:イメージマート)

 9月29日に「食品製造流通事業者の皆様へ」という農林水産大臣名のメッセージがだされた。タイトルは「期限内食品はすべて消費者へ」というもの。この「異例のメッセージ」(加工食品業界関係者)の背景には何があるのか。

 農水省によると年間の食品ロス(食べ残しや賞味期限が近いものの廃棄など)は約612万トン。これは経済的、社会的損失だけではなく地球環境にも悪影響を及ぼす。SDGs(持続可能な開発目標)の面からも削減していかなければならない。

 また今秋は多くの食品が値上がりし家計を圧迫している。期限内食品を消費者に売り切り、それでも発生する期限内食品は生活困窮者の支援に回すなど、サプライチェーン全体で期限内食品をすべて消費者に届けるために取り組むことが必要だ。それは値上げ幅の緩和にも資することになり、さらに食品ロスの削減にもなる、というのがメッセージの主旨である。

 そのために小売業者や卸業者には、納品業者に「厳しい期限制限」を求める「3分の1ルール」の緩和。食品製造業者には賞味期限の見直しや、賞味期限が3カ月を超える商品は「年月日」から「年月」表示への移行。期限内に販売できない見込みの食品はフードバンクや子供食堂への寄贈、といったことを呼びかけている。

 この「大臣メッセージの一番の目的は食品ロス削減だが、結果的には加工食品の物流効率化になり、トラックドライバーや庫内作業員の労働条件の改善にもつながる内容だ」(味の素上席理事食品事業本部・堀尾仁物流企画部長)。そして物流現場の労働条件の改善は「小売業者の使命である消費者への食品の安定的供給にも関わってくる」(日本スーパーマーケット協会=JSA=江口法生専務理事)。

 それでは食品の安定的供給体制の危機とは何か。これは今後、予想されるトラックドライバーの不足である。現在でもトラックドライバーの有効求人倍率はほぼ2倍で推移している。さらにドライバー不足に拍車をかけると予想されるのが、トラック運送業界の「2024年問題」と改正改善基準告示の施行だ。

 「2024年問題」とは、2024年4月からドライバーの年間の時間外労働時間の上限が罰則付きで960時間になること。一般則ではすでに年間720時間になっているので、ドライバーの労働時間がいかに長いかが分かる。さらに、同時に施行予定の改正改善基準告示(ドライバーの拘束時間や労働時間、休息時間などの規制)も、ドライバー不足につながる要因の一つだ。

 11月11日に開かれた経産、農水、国交3省による「持続可能な物流の実現に向けた検討会」で、大島弘明委員(NX総合研究所取締役)は、改正改善基準告示と「2024年問題」の影響を合わせると、2030年には輸送能力の34.1%(9.4億トン)が不足する可能性があるという同研究所の予測を報告した。

 このドライバー不足の解消には労働時間短縮や賃金アップなど労働条件の改善が必要だ。このような中で食品廃棄ロスを解消するとともに、物流現場の労働条件を改善して持続可能な食品の安定供給を実現するための方策の一つが、「3分の1ルール」から「2分の1ルール」への商慣習の転換である。

賞味期限が180日以上の加工食品の「3分の1ルール」という商慣習と食品廃棄ロスならびに非効率な物流、製造業者は卸業者に「α」の統一も要請

 まず、賞味期限が180日以上の加工食品における、これまでの商慣習「3分の1ルール」を見よう。賞味期限が180日で製造日が1月1日とすると、賞味期限は6月末になる。製造業者から卸業者には3分の1(2月末)-αで納入する。2月末-αは2月末から何日間(α)かを引いた日付という意味である。卸業者から小売業者への納入期限は3分の1の2月末で、小売業者が店頭で販売する期間は最大で3月1日から6月末までの4カ月間(賞味期間の3分の2)になる。ただし、賞味期限ぎりぎりまで販売するケースはない。

 αについて説明すると、製造業者から卸業者に納入するリミットの2月末より何日か前という意味である。つまり卸業者に滞留している最大日数で、αが何日かは各卸業者によって異なる。また同じ卸業者でも納入する物流センターによってαが違うこともある。たとえば大型小売店の専用センターならαは5日だが、複数の小売業者向けの汎用物流センターでは10日間、といったようにである。

 そのためαの違いだけで製造業者の在庫管理が複雑になる。ある大手加工食品メーカーの場合には、取引先(卸業者の物流センター)ごとのαの違いによって40以上のマスター登録があるという。

 先に製造した商品は在庫場所に先に収納し、店頭では前に陳列するが、これを「先入れ」といい、基本的には先に出荷したり販売するので「先出し」と呼んでいる。これら「先入れ、先出し」が在庫管理の基本である。

 だが、αの違いで新しい商品を先に出荷しなければならないケースもある。これでは「後入れ、先出し」になるので、現場作業が複雑で非効率になってしまう。そのため製造業者は卸業者にαの統一を要望している。

 この点について日本加工食品卸協会の時岡肯平専務理事は、「メーカーと卸の間でαの統一を進めており、小売に対しては2分の1をお願いしている。小売と2分の1で統一できればメーカーとのαの統一は比較的簡単」という。

 一方、食品廃棄ロスという点からみると、「3分の1ルール」では製造業者は2月末を過ぎた商品は4カ月も賞味期限が残っているのに廃棄処分にしなければならない。実際には2月15日ごろ出荷不可としているようだ。卸業者でも2月末を過ぎた在庫は廃棄処分にする。小売業者への納入のリミットが2月末だからである。

 このように、まだ賞味期限が残っている食品の廃棄ロスを減らせば環境保全への貢献にもなるが、同時に、食品の販売価格の引き下げにもつながる。

製造業者と卸業者は小売業者に「2分の1ルール」への移行を要望、店頭での販売期間は短くなるが販売への影響は少なく食品廃棄ロスの削減が望める

 では、「2分の1ルール」ならどのようになるだろうか。

 製造業者から卸業者への納入期限は3月末-αで、卸業者から小売業者への納入期限は3月末である。つまり「2分の1ルール」になると、小売業者が店頭で販売できる賞味期限までの期間が4カ月から3カ月に1カ月短縮する。

 小売業者は賞味期限が近づいた商品を期限内に完売するために価格を下げて販売する。この「見切りロス」を賞味期限の1カ月前からおこなう小売業者もあれば、2週間前という小売業者もいるようだ。流通経済研究所の石川友博上席研究員によると「残り期間を1カ月としている小売もあれば、半月にしている小売もある」という。なお、賞味期限を残して販売を止めてフードバンクに提供しているスーパーもあるようだ。

 かりに1カ月前に「見切りロス」に踏み切るとすると、「2分の1ルール」では通常販売は2カ月間となり、「3分の1ルール」より1カ月短くなる。それだけをみると小売業者にとってはデメリットになることは否定できない。

 そこで小売業者にとって大きな問題になるのは2カ月間で商品を売り切ることができるかどうかである。この点についてJSAの江口専務は「数は少ないが差別化アイテムなどは懸念がある。だが、大部分の商品は問題ない」という。ほとんどの商品は2カ月間に1回転以上するからだ。

 一方、製造業者は3月末を過ぎた在庫を廃棄処分にする。実際には3月15日ぐらいが目途のようだ。卸業者でも3月末を過ぎた商品は廃棄処分にする。だが、製造業者、卸業者ともに「3分の1ルール」よりは廃棄処分する量が少なくなる。

 この廃棄ロスの削減は商品カテゴリーによっても違ってくる。「廃棄ロスの削減効果は炭酸飲料などでは出荷量の2%ぐらいという実験結果もあるが、だいたいは出荷量の1%くらい。しかし、メーカーの営業利益からすると1%でも大きい」(石川上席研究員)という。

SDGsや安定的な食品供給の使命を果たすために製配販が一体となり「2分の1ルール」への早期移行を目指す、賞味期限や品質など消費者への影響はない

 このように製造、卸、小売のサプライチェーンが一体となって「2分の1ルール」への移行に取り組んでいる。だが、現状ではまだ「2分の1ルール」への対応にバラつきがあるのも事実だ。商品カテゴリー別の「2分の1ルール」への適用状況は、小売業者の規模(店舗数)によって差がある。

 この点について石川上席研究員は「2021年現在で大手上場スーパーの約40%にはSDGsのプロジェクトがあり積極的な地域貢献や、サプライチェーン全体としての脱炭素化などを考えているから」とみている。SDGsの観点から食品廃棄ロスの削減やトラック運送業界の「2024年問題」などへの取り組みをしている。その一環として「2分の1ルール」への適用も進めているというのだ。

 そのような中で日本加工食品卸協会の時岡専務は「来年4月から2分の1ルールを実施する方向で取り組んでいる」としている。またJSAの江口専務は「一部の消費者の中には日付に対する意識が高い方もいる。このような顧客の声を無視することはできないが、多くの小売店では2分の1ルールに移行しつつある。食品ロス削減もさることながら、食品の安定的な供給という小売業の使命を最優先に考えると、ドライバーや作業員の人たちの労働条件を改善しなければならない。そのような中に2分の1ルールがある」という。そこでJSAと全国スーパーマーケット協会(NSAJ)、オール日本スーパーマーケット協会(AJS)の3協会が連名で発行している「スーパーマーケット年次統計調査報告書」では、2022年版から初めて「2分の1ルール」に関する項目を入れた。

 この「2分の1ルール」と同時に、冒頭の農水大臣メッセージでは賞味期限が3カ月を超える商品については、賞味期限を「年月日」から「年月」表示に切り替えて統一することも要請している。この表示の切り替えは「先入れ、先出し」管理の柔軟性など、「2分の1ルール」への転換とも関わりがある。大手加工食品メーカーの一部では、賞味期限が3カ月以上の商品についてはすでに以前から「年月」表示への転換を進めている。

 だが、設備などの関係で一気には切り替えができない。表示を替えるには設備を新しくしないといけないのでコストがかかるからである。そこで「新商品の発売に合わせて年月表示に切り替えているので、現在は年月日と年月表示が併存している」(味の素・堀尾物流企画部長)のが現状のようだ。

 全日本トラック協会の食料品部会では2019年7月に「加工食品物流におけるリードタイムの延長に関する意見書」をJSAなどに提出してドライバーの労働条件改善への協力を要請した。翌日納品から翌々日の納品へ、「2分の1ルール」の統一、賞味期限3カ月以上の商品では「年月」表示などは、賞味期限や品質などへの直接的な影響はない。それ以上に、ドライバー不足を解消して食品の安定的な供給を確保することが消費者にとって有益で重要なことといえる。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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