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視野に入った基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化で財政リスクは遠のくのだろうか

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:イメージマート)

わが国の財政健全目標の一つである基礎的財政収支(プライマリーバランス、以後PB)の黒字化が見えてきた。これで一安心という声も出ている。しかし本当にこれで安心なのだろうか、考えてみた。

わが国の財政目標は、小泉内閣以来PBの黒字化と債務残高GDP比の安定的な引き下げの2つである。1月22日に経済財政諮問会議に提出された「中長期の経済財政に関する試算」(以下、試算)を見ると、PBの2025年度黒字化が視野に入っている。試算では、成長実現ケース(実質2%成長)でPBのGDP比は2025年度に▲0.2%程度となり、歳出効率化努力を継続した場合には黒字化する姿となっている。

ここ数年、コロナ対策や大型経済対策・補正予算で財政の大判振る舞いを続けてきたにもかかわらず2026年度にPB黒字が達成できるかもしれないというのは、一見不思議に思える。これで財政インフレリスクは消えたのか、PB黒字化後の財政運営はどうすべきか考えてみた。

最初に、PB黒字化の意味だ。これは、2026年4月の一点をとっての黒字化だということである。コロナ対策・経済対策で積み上げた140兆円にも上る補正予算は、国の債務残高に計上されており、PB計算には影響しない。正確に言えば、利払費は計上されるのだが、低金利の状況ではほとんど影響しないということである。

逆に言えば、膨れ上がった債務残高こそが問題ということになる。冒頭述べたように、わが国の財政健全化目標には、PB黒字化に加えて、債務残高GDP比の安定的な引き下げも入っており、今後は、これから述べる理由により、こちらが重要なメルクマールになる。

そもそもPBの「プライマリー」とは、「第一歩、初歩」という意味で、財政健全化目標の一里塚目標という位置付けだ。その理由は、PBには利払費(や国債償還費)が考慮されていないので、財政健全化には次なるステップが必要ということだ。

PBがバランスした状態では、当年度税収と当年度の政策経費(歳出)が見合っているので新たな借金は生じない。しかし、積み上がっている過去の借金の利払費は税収で賄えていないので、債務残高は増え続けることになる。

金融緩和政策の出口が日程に上る中、金利が正常化すれば、国の利払費は急増する。財務省の試算では、1%の金利上昇で2年後には2兆円、3年後には3.6兆円の利払費が必要となる。PBの計算にはその点が入っていないので、PBが均衡しても、利払費分だけ債務残高が増加していくことになる。この状態が生じないようにするには、税収が政策経費だけでなく利払費もカバーする必要がある。

もう一つ重要なことは、名目成長率と金利の関係を考慮する必要があるということである。金利(r)と名目成長率(g)が同水準であれば、PBがバランスした状況では、債務残高GDP比は一定となる。しかしrがgを上回る状況では、債務残高のGDP比は増加していく。また、税収の弾性値は平均して1.1なので、税収の伸びはGDPの伸び率より大きい。

これらを勘案すると、今後のわが国の財政健全化目標は、PBの黒字化を継続することにより債務残高GDP比の安定的な引き下げを目指す、ということになる。

PB黒字化は小泉時代の2002年につくられた目標だが、その際の目標年次は2010年代初頭であった。その後2020年度までの黒字化に延期され、さらに2025年度に延期されてきた。

今回黒字化が見えてきたことで、さらなる歳出増の圧力が増すことも予想される。政府は、この機会に改めて、巨額の債務残高が積み上がっている下で金利正常化による利払費の急増が予想されること、それが新たな財政リスクになること、したがって今後は残高のGDP比を安定的に低下させる目標が重要であることを、国民に分かりやすく説明する必要がある。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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