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フランスのN分N乗税制は少子化の切り札ではない

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(提供:イメージマート)

少子化対策の議論の中で、日本維新の会と国民民主党が提言したフランスのN分N乗税制は、一見、多子世帯の税負担を軽減するので、少子化を食い止める切り札のように思える。マスコミの報道もそのラインにあるように見える。しかし、冷静にこの税制を分析すると、さまざまな問題が潜んでおり、安易に飛びつく「魔法の薬」ではないことがわかってくる。

N分N乗税制は、世帯単位税制の一つだ。夫婦や子供などの扶養親族の所得を合算して世帯所得を足し上げ、それを家族除数(N)で除して、税率不適用所得(課税最低限)を控除し、残りの金額に税率を適用して税額計算する。その税額に、家族除数Nをかけて、世帯全体で納めるべき税額を算出する。家族除数は除数は、夫や妻は1(つまり夫婦は2)、第2子までの子どもは0.5(つまり夫婦子2人は3)、第3子以降は1(つまり夫婦子3人は4)となっている。

夫婦子2人の世帯を例にとると、夫婦の所得を合算し、家族除数である3(夫婦2.子ども0.5×2=1)で割り、一定の控除を引いて税額計算した上で、3を乗じて納税額をだす。所得税は累進税率になっているので、家族の数が多いほど適用税率が低くなり税負担が軽減される。子どもを持とうというインセンティブがはたらき、少子化対策になるというわけだ。

しかし多くの課題がある。まずは税負担について。

世帯の人数で割るので、「共稼ぎ世帯」と「片稼ぎ世帯」を比べると、圧倒的に後者が有利(減税)になる。高所得専業主婦世帯に最も大きな利益が及ぶことになり、女性の社会進出にマイナスの影響を与えかねない。

また、日本の所得税制では、納税者の6割に適用される税率は 5%(最低税率)だ。この人たちは、「N分N乗方式」で計算しても、多くの場合適用税率が5%のままなので、減税にはならない。

仮に、「N分N乗方式」の導入に伴い配偶者控除などがなくなれば、場合によっては増税になりかねない。

次に、税制が複雑になる点について。

まず世帯とは何かが問題になる。DVで別居している場合はどうするのか、フランスで認められている事実婚の場合の適用はどうなるのか。その事実認定は税務署が行うのだろうか。

プライバシーの問題も生じる。若者からよく聞くのは、結婚後も財産は別管理、共稼ぎだがお互いの給与は見せず、家賃や子育て費用などはそれぞれが共益費として出し合う、というケースだ。英国では、このようなプライバシーの問題から、家族単位を改め個人単位税制に変わったという。

さらに、歴史について。

農業や商業など家族労働が一般的であった時代には、担税力をはかるのに世帯を単位とすることが望ましいと考えられていた。ところが個人単位での労働が一般的になってくると、個人単位で税を計算し負担する方が公平で簡素だという考え方に変わり、多くの国が世帯単位課税から個人単位課税へ移行した。

わが国でも所得税創設以来、家族制度の下で、同居家族の所得をすべて合算して累進税率を適用する世帯合算非分割制度が採られてきた。しかし戦後、「家」制度が廃止され夫婦別産制となった家族制度のもとで、所得を稼ぐ個人ごとに税を負担する個人単位課税が公平の観点から優れているという考え方に変わった。

ライフスタイルと税制 

フランスの出生率改善の理由としては、家族給付や育児休暇の充実など多様な子育て家庭への支援策があること、さらには事実婚が法律的に認められることなど税制以外の要因が多く指摘されている。フランスでもかつて現職閣僚から、「夫婦の一方に収入がない場合ほど税制上有利になり、片方が高額所得者になるほど減税効果が大きくなる現行税制は見直すべき」との指摘がなされたこともある。

個人のライフスタイルや働き方が多様化していることを考えると、多くの国で採用する個人単位課税には合理性がある。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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