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岸田総理の「新しい資本主義」に欠落するもの(第1回)

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

岸田総理の掲げる「新しい資本主義」のグランドデザインが公表された。「誰一人取り残さない、持続可能な経済社会システムの再構築」など、耳ざわりの良い内容がちりばめられているが、「成長と分配の好循環」をどう実現していくのか具体的な政策は書かれていない。それよりなにより、どこが「新しい」のか、どう変えていくのかという考え方の総論ははっきりしない。

筆者は、わが国の30年を振り返って経済が活気を取り戻さない理由は、若者を中心に結婚・子育てなど将来の人生設計に不安があり、それが消費を抑えてきたこと、結果として長引くデフレ経済の下で「ゆでガエル」のような停滞に陥いり、中間層の2極分化が進んだことと考えている。

AIやロボットの発達は、雇用を抑えますます2極化を加速させ、社会を分断させる可能性もある。必要な政策は、国家の権能である税と社会保障を活用した「再分配」で、デジタル時代にふさわしいセーフティネットを構築して将来不安を軽減しつつ、格差の少ない社会を建設していくこと、さらには人的資本を高めつつ生産性の向上につなげていくことではないかと考える。

岸田政権の「新しい資本主義」には、このような発想が欠落している。そこで、数回程度の連載で、筆者の考える政策について、述べてみたい。

今後のラインアップ

・総論としての「分配」と「再分配」

・フリーランスやギグワーカーのデジタル・セーフティネットと税制

・人的資本の向上策と税制-能力開発控除の創設

・富裕層への金融所得課税

・ロボット・タックス AIとBI(ベーシックインカム)

・税のDX―電子インボイスの活用

・Web3.0の世界と税制

第1回は、総論としての「分配」と「再分配」だ。

2021年12月の所信表明演説で岸田総理は、「市場に依存し過ぎたことで、格差や貧困が拡大し」「世界では、弊害を是正しながら、更に力強く成長するための、新たな資本主義モデルの模索が始まっています」「我が国としても、成長も、分配も実現する『新しい資本主義』を具体化します」と述べ、「行き過ぎた市場主義」への警鐘を鳴らした。

 これは、新自由主義的な経済運営、つまり国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和や市場原理を重視し、グローバル資本主義を目指すことへの異論、方向転換と読める。

もっともわが国には、新たなフロンティアを拡大するための規制緩和や、資本移動や貿易自由化によるグローバリズムはいまだ必要で、デジタル敗戦と呼ばれる経済を改革していくには、グローバルな思想や健全な市場競争はいまだ不可欠である。

我々の抱える最大の課題は、AIの発達やロボットの労働代替が進み、インターネットを通じ単発な労働を提供するギグエコノミーの拡大や所得の不安定なギグワーカーの増加により、中間層の所得が2分化するとともに、若者を中心に将来の生活不安が根強く残り、所得は多少増えても消費増に回らず、経済がいまだデフレから脱却しないことだ。

加えて、家庭の経済状況が教育環境を通じ、格差が世代を超えて固定化する状況も生じ始めてる。今後人口減少社会が続く中で、前世代の形成した富は、ますます世代を超えて引き継がれる傾向が高まり、富の不平等はますます拡大していく。

このような状況への対処として、民間企業への賃上げ要請、つまり市場に任せた「一時分配」にたよるだけでは、その効果は限定的で、将来不安を打ち消す持続可能なものにはならない。必要なことは、国家が、自らの権能に基づいて、税制や社会保障を見直す「再分配」をあわせ行っていくことで、この点にこそ国家運営をつかさどる国・政府のレゾンデートルがある。より具体的な政策について次回以降考えてみたい。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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