沖縄で雪はあり得る

古民家は雪の経験があるかも

「庭や雪降ゆい 梅や花咲ちゅい 無蔵が懐や真南風ど吹ちゅる」沖縄の「恋の花」という民謡の歌詞だ。庭には雪が降り、梅の花が咲き、あなたの懐には南風が吹く、という南の島らしからぬ歌詞なので、八重山民謡に大和歌の歌詞をのせて改作したものとも考えられているようだが、実は本当に雪が降ったのかもしれない。

沖縄で雪が降ったのは、1977年2月17日に久米島でみぞれが観測されたのが唯一のものだ。常識的に考えても、沖縄で雪が降ることは考え難い。しかし、古文書には意外なことに雪が降ったことが記されている。琉球王朝の歴史書である『球陽』には、以下のような記述がある。

尚穆王23年(1774年) 久米島仲里縣雨交降草木之葉似染月白土色

正月二十七日久米島仲里縣、天陰時時下雨、二十八日辰刻、細交而下其後見草木之葉似染月白土色

尚穆王12年(1816年) 自十二月十日夜至十二日朝雹降久米島。

此時暴風猛起極其寒冷吹騰潮花。更兼雹並降。其大殆同田豆粒及大米粒。積地七八分計。両部不惟枯損薯蔓。更至稲苗併諸凡東作。亦處處朽廃。

同年 十二月初九日。雹降伊平屋島。

此日申刻。以至十二日早晨。伊平屋暴風既起雹又降。其積地五分以至二寸。所種番薯為之悉腐。

尚育王9年(1843年) 二月降大里・南風原・東風平・佐敷・真和志・小禄・兼城・高嶺・玉城・摩文仁・豊見城・真壁等郡。

此月降十二郡其大或似唐豆或似手小指大小不齊等由各郡吏役等稟明朝廷。

尚育王10年(1844年) 十二月二十六日北谷郡有少降。恩納・名護・久志・羽地・今帰仁五郡有雹降。

此日北谷郡野里・野国・屋良・嘉手納四村有少降。其粒甚大。恩納・名護・久志三郡有雹降。其大似唐豆。羽地郡有如唐豆、綿種、大小不齊。今帰仁郡有如白大豆。

尚泰王10年(1857年) 正月初五日於大里郡稲嶺・目取真・湧稲国三村有降。其大如唐豆。

尚泰王14年(1861年) 又上届午年寒頻降、損傷薯蔓。

尚泰王18年(1865年) 本年三月雹降兼城・喜屋武・摩文仁・真壁・佐敷・高嶺・東風平・具志頭・玉城・南風原・大里等郡。

此年各郡寒気不起、遽有雨雲聚集雹降落。其大或如碗豆、或同蚕豆、或同黄豆、大小不一、並無傷損稼穡。而玉城・南風原・大里等郡内或有不降之處。

という具合に、過去には雪や雹が降った記録がある。しかも、降るだけではなくて、積雪したこともあるという。条件さえ揃えば、沖縄のどこかで雪が降って積もってももおかしくないと言えるだろう。そして、24日の日曜日は、間違いなくその条件のひとつである強い寒気が沖縄まで南下する。寒気の強さだけで言えば、雪が降ってもおかしくない。

沖縄で雪となればビッグニュースではあるが、『球陽』の記録で見逃せないのは、雪が暴風や雹を伴っていることが多いこと。雪になるかどうかはともかく、厳しい寒さと風に警戒が必要なことは間違いない。