辛坊治郎さんの遭難事故から考える洋上リスク

ニュースキャスター辛坊治郎さんらが太平洋上で遭難した事故は、不運なアクシデントだったのか、それとも無謀な行為のせいだったのだろうか。そもそもヨットでの太平洋横断というのは、大変な冒険行為であって、相当なリスクがあることが大前提だ。当然、出航の時期やタイミングは、慎重に考慮された上で決定されたことと思う。

季節で言えば、冬はありえない。冬の北太平洋は、アリューシャン低気圧が猛烈に発達して大荒れなる。1933年に目視観測された世界最大の高波の記録(112フィート=約34m)は、冬の北太平洋で観測されたものだ。一方、夏は太平洋高気圧が広がって天気は安定しやすいものの、高気圧圏内では風が弱く、黒潮続流の先で足が遅くなってしまうおそれがある。そう考えると、低気圧が発達しにくくなり、台風もまだ少ないこの時期は、季節的には適していると言えるだろう。

そうなると、あとは出航のタイミングだ。当然、この時期は梅雨前線の影響を受ける。台風が存在する可能性もゼロではない。梅雨前線上の活発な雨雲によって、海が荒れたり、海霧の発生で視界が非常に悪くなることもある。しかし、いずれも日本の近海に限られた話で、前線帯を抜けてしまえば、安定した航海が期待できるから、出航から数日先までの、日本近海の海況の見極めが非常に重要になる。

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出航当日(6月16日)は、梅雨前線が太平洋上に伸びていたものの、活動はそれほど活発ではなく、また、前日まで関東地方の南海上にあった、台風3号から変わった低気圧もほとんど衰弱していた。すぐに荒天になることは明確には予想されておらず、沿岸から500kmも離れれば、晴天域も広がっていて、この時点では絶好の出航のタイミングだったと思われる。

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しかし、その後数日で状況は大きく変わった。梅雨前線は再び活発化、日本の南海上では太平洋高気圧から吹き出す南西の風が2000km以上に渡って吹き、遭難現場に向かって南西方向から高い風浪が押し寄せていたと思われる。その一方、カムチャツカ半島の東海上では低気圧が発達し、風浪とは正反対の北東方向から、大きなうねりも届いていたはずだ。このため、現場ではかなり波が高かったことが想像できる。

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加えて、波の高さでだけはなく、波形勾配、つまり海面の傾斜が急だった可能性が高かったことも問題だ。方向の違う波が衝突すると、波の形が急峻になる。船足は落ち、転覆の危険性も高まる。そして、もし漂流物があれば、船体に衝突する際の勢いも強くなるおそれがある。もともと洋上には多くの漂流物があるが、東日本大震災による漂流がれきも加わって、海上で漂流物が衝突する危険は、以前より増していると思った方がいいだろう。今回の事故も、転覆ではなく、船体損傷だ。漂流物との衝突の可能性も十分考えられる。

昔なら行方不明になっていてもおかしくない状況だったと思われるが、大事に至らなかったのは、辛坊さんらの現場での判断や対応がおそらく適切だったことと、何より通信技術の発達によって、救助要請が速やかに届いたことが大きいだろう。その一方で、漂流物の増加など海の環境も時とともに変化している。外洋セーリング、航海のリスクをあらためて考えさせられる。