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アクションスターが大統領になる不条理な現実。いまだ男性中心、女性不在の業界への疑問がきっかけに

水上賢治映画ライター
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」のマルティカ・ラミレス・エスコバル監督 筆者撮影

 どうしたら、こんな突飛でユニークな作品を生み出すことができるのだろうか?

 そう思わず監督の頭の中を覗いてみたくなるのが、フィリピンから届いた映画「レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)」だ。

 落下してきたテレビで頭部を強打し、ヒプナゴジア(半覚醒)に陥ってしまった72歳の女性監督のレオノールが、脳内で未完に終わっていたアクション映画の脚本の世界に迷い込んでしまうというストーリー。

 もうこの設定からして異能が弾けるが、その型にとらわれないアイデアは全編に貫かれ、夢か現実かわからないレオノールの脳内世界を、「映画なんだからもうなんでもありでしょう!」とばかりに本格ハードアクションあり、バイオレンスあり、笑いあり、そして映画愛ありで描き出す。

 その体裁は、表向きは痛快娯楽作をいく。しかし、その裏にはフィリピン社会、フィリピン映画界への皮肉が見え隠れ。社会風刺の効いた一作にもなっている。

 国際映画祭で受賞を重ねた本作を手掛けたのは、今回が長編デビュー作となるマルティカ・ラミレス・エスコバル監督。

 フィリピンから飛び出した異彩を放つ新鋭監督の彼女に訊く。全八回。

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より

フィリピンの社会とアクション映画は意外と深く結びついている

 前回(第一回はこちら)は、本作の構想の始まりについて語ってくれたマルティカ・ラミレス・エスコバル監督。

 アクション映画のワークショップに参加したことがきっかけで、改めて「アクション映画」について考えて、こんなことを思ったという。

「改めてアクション映画について考えたとき、ふと思ったんです。

 『フィリピンの社会とアクション映画は意外と深く結びついているのではないか』と。

 たとえば、わたしはマニラで生まれ育ったのですが、子どものころ、有名なアクションスターが第13代フィリピン大統領に就任しました。

 当時は6歳でしたから、なぜ政治経験のない彼が大統領に選ばれたのか疑問を抱くことはありませんでした。

 しかもそれで終わらず、その後も、フィリピンでは、二人のアクションスターが大統領になりました。

 この現実ってどういうことなんだろうと考えました。

 わたしなりに考えて思ったのは、アクションスターが大統領になる現実は、映画への愛と結びついているのではないかということ。

 わたしたちがフィクションという映画を愛するのは、フィクションは現実を曖昧にしてくれるからにほかならない。

 映画は、現実には存在しないような世界や場所にわたしたちを誘ってくれる。

 そういうことに、このアクションスターが大統領になるという不条理な現実は結びついているのではないかと考えました。

 そこで、アクションスターが大統領になるぐらいフィリピンに多大な影響を与えているアクション映画についてさらに興味が湧きました」

フィリピンのアクション映画界にほとんど女性がいない現実

 そのとき、ふとひとつ疑問が湧いたという。

「わたしが参加したアクション映画のワークショップもそうだったように、マッチョな男性しかいないことに気づきました。

 アクションスターは数多くいるけれど、ほとんど男性で、女性はほとんどいない。ましてや今回の『レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)』の主人公・レオノールのようなおばあちゃんのアクションスターは皆無。

 さらに言うと、フィリピンではアクション映画を撮っている女性監督もひとり大御所の方がいるのですが、そのほかはほとんど見当たらない。

 人気のジャンルなのに、ほとんど女性が存在していない。女性が入り込む余地のないような場になっている。

 なぜ、そうなってしまっているのか、ひじょうに疑問を抱きました。

 こういうことを考えている中で、おばあちゃんが主人公のアクション映画を作ってみたいという気持ちが芽生えてきました」

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より

フィリピンのアクション映画事情は?

 ここまでの話からわかるように、フィリピンではアクション映画が愛されているという。

「いまは少し変わってきているのですが、わたしがティーンのころ、1990年代から2000年代というのは人気で。

 常にテレビのどこかのチャンネルではアクション映画やアクションのドラマが再放送されているような感じでした。

 昔のフィリピンのアクション映画を専門に放送する番組もありました。

 テレビをつけると、『ヒーローが悪と闘って最後は勝つ』みたいな作品が放送されていました。

 そんな感じなので、わたしも気づけば見ていました。

 だから、わたしの中で、アクション映画はすぐそばにあるものだった。

 でも、とりたてて大ファンというわけでも、嫌いというわけでもなかったです。

 ほんとうに日常の中にあるものでしたから、なんらかの影響は受けていると思います。

 なお、いまは昔ほど人気とはいえません。

 ただ、それでもけっこう放送されていますし、量産とはいえませんけどアクション映画もまだ作られています」

(※第三回に続く)

【マルティカ・ラミレス・エスコバル監督インタビュー第一回はこちら】

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」メインビジュアル
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」メインビジュアル

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」

監督・脚本:マルティカ・ラミレス・エスコバル

出演:シェイラ・フランシスコ、ボン・カブレラ、ロッキー・サルンビデス、アンソニー・ファルコンほか

公式サイト:https://movie.foggycinema.com/leonor

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて提供:Foggy、アークエンタテインメント

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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