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娼館の娼婦を実体験した作家の衝撃自伝を映画に。社会が見て見ぬふりをする女性たちのリアルを求めて

水上賢治映画ライター
「ラ・メゾン 小説家と娼婦」より

 2019年、フランスで発表されると賛否両論が巻き起こった小説「La Maison」。

 気鋭の作家、エマ・ベッケルが、身分を隠し2年間、娼婦として生き、その実体験を赤裸々に語った同作は、あまりに大胆かつ無謀な取材方法にフェミニストらから激しく批判を浴びる一方で、アンダーグラウンドで生きる女性たちのリアルな声に多く人々から共感の声が上がったという。

 そのように真っ二つに意見が割れながら世界各国で大きな反響を呼び、16カ国でベストセラーを記録している。

 フランス映画「ラ・メゾン 小説家と娼婦」は、同小説の映画化だ。

 すでに賛否を呼んでいるセンセーショナルかつセクシャル、プライベートでもある内容ゆえ、映画化には大きな代償を払うリスクがあるかも知れず……。

 作り手も演じ手も大きな覚悟と決断が必要になることは想像に難くない。

 その中で、映画化に大胆かつ敢然と立ち向かったのは二人の女性アーティストだ。

 日本でも公開されたドキュメンタリー映画「ワンダーボーイ」のアニッサ・ボンヌフォン監督と、小栗康平監督作「FOUJITA」などに出演し、ファッションモデルとしても活躍する女優のアナ・ジラルド。

 タッグを組んだ二人は、エマの衝撃の実話を彼女の「生」と「性」を圧倒的なリアリティをもって描き出した。

 センシティブな内容を含む本作にいかにして取り組み、何を考え、何を表現しようとしたのか。

 アニッサ・ボンヌフォン監督に訊く。全八回。

「ラ・メゾン 小説家と娼婦」のアニッサ・ボンヌフォン監督  筆者撮影
「ラ・メゾン 小説家と娼婦」のアニッサ・ボンヌフォン監督  筆者撮影

原作者のエマ・ベッケルのドキュメンタリーは考えなかった

 前回(第二回はこちら)は、ひじょうに苦労した脚本作りについて語ってくれたアニッサ・ボンヌフォン監督。

 その中で、原作者のエマ・ベッケルから直々に監督の指名を受けたことも「大きなプレッシャーになった」と明かしてくれた。

 少し作品から話は逸れるが、監督はこれまでドキュメンタリー作品を中心に発表してきている。

 エマ・ベッケル本人に会って、彼女自身にカメラを向けたいと思わなかったのだろうか?

「そうですね。

 わたしが監督として長編デビュー作となる『ワンダーボーイ』、その次に発表した第二作『Nadia』はいずれもドキュメンタリー映画でした。

 おかげさまでどちらの作品も国際的な評価を受けて、わたしの監督としての知名度を上げてくれました。

 ですから、わたしのことをドキュメンタリー映画作家として認知している方は多いと思います。

 ただ、わたし自身はあまり肩書にこだわっていないところがあって、ドキュメンタリーとか、フィクションとかあまりとらわれないで、自分が『面白い、トライしたい』と思えるプロジェクトに取り組んでいきたいと考えています。

 ドキュメンタリーとフィクションという手法は大きな違いがあるのは確か。

 ドキュメンタリーであれば、実在する人物をそのまま撮ることになる。

 一方で、フィクションは俳優を起用して、いわゆる脚本をベースに演じてもらうことで作っていく。

 ですから、監督の仕事という点においてもまったく違うものが求められるところがあります。まったく別の仕事といってもいいでしょう。

 でも、わたし自身は共通項もあると考えています。

 それはわたし自身の映画作りの目指すところでもあるのですが、ドキュメンタリーにしても、フィクションにしても、リアリティを追求したい気持ちがあります。

 ドキュメンタリーであれば、実在する人を被写体にして、その人物の人生のプロセスをわたし自身が追っていくことになる。

 その中で、その人物の人間性や本心といったことをきちんととらえて伝えたい。

 フィクションにおいてもそれは変わりません。

 今回の作品を例にすると、わたしはアナ・ジラルドという女優を通して、エマ・ベッケルという人間そのもの、彼女が原作の中で赤裸々に綴っている体験をそのまま感じられるよう表現したかった。

 ですから、わたしはドキュメンタリーとフィクションともにチャレンジしていきたい。

「ラ・メゾン 小説家と娼婦」のアニッサ・ボンヌフォン監督  筆者撮影
「ラ・メゾン 小説家と娼婦」のアニッサ・ボンヌフォン監督  筆者撮影

 シンプルにどちらの表現方法も好きなんです。だから、どちらかを手放すことなんてできない。

 だから、いまもNetflix用のドキュメンタリーシリーズを準備しながら、並行してフィクション映画の企画を進めています(笑)。

 ちょっと話が違うところにいきましたが、エマ・ベッケルに関しては、本人を取材してのドキュメンタリー映画ということはまったく考えませんでした。

 実際にお会いして、彼女はとても魅力的な人でした。

 ドキュメンタリー作家ならば、カメラを向けたくなる人物といっていいと思います。

 でも、今回に関しては、まずなによりも、エマが書いた原作『La Maison』に心を奪われたんです。

 『この原作を映画化したい』というのが始まりでした。

 ですから、エマ自身をドキュメンタリー映画でという考えは浮かばなかったですね」

「ラ・メゾン 小説家と娼婦」より
「ラ・メゾン 小説家と娼婦」より

社会が見て見ぬふりをしている世界を描くことにすごく興味がある

 では、原作のどこに心を惹かれたのだろう?

「やはりエマ自身が自ら選択して娼婦という仕事についたこと。

 そこにひじょうに興味を抱きました。

 というのも、現実的には大多数の娼婦の方々というのは、望んでこの仕事を選んだわけではない。

 ほかに選択肢がなくて、この仕事しか残っていなかったというケースがほとんどといっていい。

 でも、エマは『小説を書く』というひとつの目的はあるものの、仕方なくではなく、自らの選択で、この世界に飛び込んでいく。なかなかできる選択ではない。まずそこがすごいなと思って、彼女のメンタルに迫ってみたいと思いました。

 それから娼婦の世界というのは、いわば閉ざされた世界。あまり公で語られてはいない。表に出てこない世界です。

 社会に厳然として存在しているのだけれど、なきものにされている。娼婦の存在も同様だと思います。

 わたしは、そういった社会が見て見ぬふりをしている、もしくはあまり知られていない世界を描くことにすごく興味があるんです。

 ドキュメンタリーとして発表した前2作もそうです。あまり知られていない世界、いわゆるマイノリティの世界を可視化しているところがある。

 それでベッケルの原作にひじょうに心惹かれました」

(※第四回に続く)

【「ラ・メゾン 小説家と娼婦」アニッサ・ボンヌフォン監督インタビュー第一回】

【「ラ・メゾン 小説家と娼婦」アニッサ・ボンヌフォン監督インタビュー第二回】

「ラ・メゾン 小説家と娼婦」メインビジュアル
「ラ・メゾン 小説家と娼婦」メインビジュアル

「ラ・メゾン 小説家と娼婦」

監督︓アニッサ・ボンヌフォン

原作︓「La Maison」エマ・ベッケル著

出演︓アナ・ジラルド、オーレ・アッティカ、ロッシ・デ・パルマ、

ヤニック・レニエ、フィリップ・リボットほか

公式HP︓https://synca.jp/lamaison/

全国順次公開

筆者撮影以外の写真はすべて(C)RADAR FILMS - REZO PRODUCTIONS - UMEDIA - CARL HIRSCHMANN - STELLA MARIS PICTURES

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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