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独裁政権に仕えた家族のもとに生まれて。いまだ権力に従い、統治されている現実への問い

水上賢治映画ライター
「沈黙の自叙伝」より

 1990年生まれ、インドネシア・スラウェシテンガ州出身のマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作「沈黙の自叙伝」は、自国の近現代史を寓話的に描き出した一作だ。

 そう書くと、インドネシアの歴史という受け止めで、興味が遠のいてしまうかもしれない。

 でも、本作が映し出す世界は、ここ日本にも着実につながっている。むしろ既視感を覚えるかもしれない。

 とある農村に絶対的権力者として君臨する将軍の男と、親の代から彼に仕える青年の奇妙な関係からは、「権力」「支配」「忖度」といったことがいかにして生まれ、人の心にどのような影響を及ぼすのかが、静かに浮かび上がる。

 世界でも大きな反響を呼んだ本作を通して、なにを伝えようとしたのか?ムバラク監督に訊く。全五回。

「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督
「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督

権力というのは、お金と非常に似ている

 前回(第二回はこちら)に続き、本作の物語についての話から入る。

 町の有力者で退役軍人のプルナと、彼の使用人として働く青年ラキブという二人と彼らを取り巻く人々から、権力をもつ者、もたざる者、そして権力者に身をおもねる者、抗う者、さまざまな立場に置かれた人間が描かれる。

 この権力者の支配を描く中で、監督自身はこんなことを考えたという。

「いろいろと考えたのですが、権力というのは、お金と非常に似ているなと思いました。

 どういう事かというと、たとえば、権力をもつと、その権力を他人に貸すことができる。他人に貸すことでその他人もなにかしらの得をえることができる。その得が権力者にも当然のように見返りとして返ってくる。

 それから、たとえば一般市民が車を買おうとなったら、返済は大丈夫かと売る側もいろいろと調べますよね。

 でも、権力のある者だと、無条件で車を売ったり、なにか投資話があったら信頼して出資したりする。

 権力というのはお金のように利用できるもののような気がしました。

 お金のような人の欲望にうったえるものだからこそ、目がくらみ、またおこぼれにあずかる人間も出てきてしまう。

 たとえば、この作品でも、ラキブがプルナの軍服を着て、人前に出て、みんなから『おー』と言われる場面がある。

 あの軍服はラキブのものではない。ラキブは使用人にすぎない。でも、軍服を着るだけでラキブ自身は何も変わっていないが、周囲の見る目が『力のある人間』にかわってしまう。

 社会や世間というのは、気づくとそのようなことになってしまう。

 インドネシアは残念ながらそのような状況になっているところが多々ありっます。

 権力に近ければ近いほど何事も容易になってしまう。

 たとえば運転免許の更新でも、警察に知り合いがいる、権力に近い関係者だとなると、煩雑な手続きが必要なく済ますことができてしまう。

 こういう権力の横行が各所である。

 日本はどうかわからないですが、ある場面では多かれ少なかれ同じようなことがあるのではないでしょうか。

 いずれにしても権力というのは魅力的で、それを手にしたいと思っている人間がいて。その人間の下で甘い汁を吸いたいと思っている人間もいる。

 残念ながらなくならないものと、自分は感じています」

「沈黙の自叙伝」より
「沈黙の自叙伝」より

わたしたちはまだ独裁者の影響のもとにいて、

いまだ統治されているのではないか

 この「権力者」を見つめることで、インドネシアの近現代史、もっといえばインドネシア人の精神性がにわかに浮かび上がるのではないかと考えたという。

「日本でもご存知の方もいると思いますが、インドネシアは長く独裁政権時代が続きました。

 当時、その独裁者であったスハルトは、発展の父と呼ばれていました。当時の紙幣には『スハルト、開発の父』と書かれていたぐらいです。

 そして、スハルトは常に父であり、国民は父である彼に忠実でなければならないと教えられてきた。

 このとき植え付けられたことが、いまを生きるインドネシアの人々の中にまだ残っている。

 このとき受けた影響が大きな影となって、インドネシアの人々の中で生きている。

 その影の中で、いまだ生きているのではないかと、わたしは感じています。

 そして、この影の中にいまだいることこそが、この国の精神ではないかと思いました。

 わたしたちはまだ独裁者の影響のもとにいて、いまだ統治されているのではないか。

 そのことを問いたいと考えました」

わたしが目指したのは、この国の自叙伝

 その言葉通り、本作はインドネシアという国家を、国民の精神を問うたところがある。

 だからこそ作品のタイトルを原題で『自叙伝』としたという。

「はじめにお断りしていくと、わたしの自叙伝ではありません。

 わたしが目指したのは、この国の自叙伝です。

 権力者のプナンと彼の使用人であるラキブという2人からは、権力を手にしている者と権力によって追放される者という繰り返される悪循環、負の連鎖がある。

 この負の連鎖から、この国の人々の根底に流れている精神のようなものが浮かびあがるのではないかと考えました。

 つまりこの作品は、この国を表し映し出すもの。ということで、このタイトルをつけました」

(※第四回に続く)

【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第一回はこちら】

【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第二回はこちら】

「沈黙の自叙伝」

監督:マクバル・ムバラク

出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラほか

公式サイト https://jijoden-film.com/

全国順次公開中

写真はすべて(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film,Cinematografica, NiKo Film

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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