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わずか5館の公開ながら異例のヒットに。異国女性のロシア一人旅が教えてくれること

水上賢治映画ライター
「コンパートメントNo.6」より

 映画「コンパートメントNo.6」は、2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを獲得した1作。

 1990年代のモスクワを背景に、この世界からなにか取り残されてしまったような憂鬱な気分の中にいるフィンランド人女性留学生の列車での一人旅が描かれる。

 特別にドラマティックなことが起こるわけではない。

 ただ、「袖振り合うも他生の縁」ではないが、ちょっとした他者への思いやりがテーマに深く結びつく物語は、世界情勢に緊張の走る、いまだからこそ大切な人間同士のやりとりと届けてくれる。

 手掛けたのはフィンランドのユホ・クオスマネン監督。

 世界的に脚光を浴びる彼に訊く。(全五回)

ユホ・クオスマネン監督 (c)2021_Photo by Henri Vares
ユホ・クオスマネン監督 (c)2021_Photo by Henri Vares

分断と争いが世界的に進んでいるいま、他者同士がひとつ踏み出して

互いを認め合うことを描くことはとても大切だと思った

 前回(第三回はこちら)、「他者との出会いに焦点を当てたい」と語ったユホ・クオスマネン監督。

 「他者との出会い」では、こういうことも考えたという。

「少し前に『他者との出会いによって、自分はこういう人間なんだと気づくことがある』とお話しました。

 ラウラははじめリョーハを『がさつな人間』と遠ざけていたわけですが、どこかで自分と似た者同士であることに気づく。

 つまり、知らない人に、ある種の『居心地のよさ』みたいなものがあって、そこではじめて自分を開放できてほんとうの自分らしさに気づくことになる。

 ただ、その前までラウラはリョーハを、粗野なロシア人とほぼ相手にしていなかった。

 それは見た目で、あるいは自分の先入観で彼のことをそう判断したわけです。パッとみただけで『最悪な男と同席することになった』と。

 人は見た目だけで判断しがちです。それから、国や文化でも判断されることが多い。

 おそらくモスクワのインテリ層に囲まれて留学していたフィンランド人であるラウラは、リョーハに対して、ロシア人、肉体労働者、列車で次の現場に向かっているといったことから『がさつな人間』とイメージした。

 確かにリョーハはお酒を飲んで酔っていたり、女性に対してデリケートさがなかったりして、そう思われても仕方ないところがある。

 でも、実はちょっと言葉や態度は乱暴なところがあるけど、裏表のない、すごく根はいいやつであることがのちのちわかってくる。

 こういうことってみなさん自身にもあると思うんです。他人を思い込みで見てしまうことが。それで一方的に、関係を閉ざしてしまう。

 ただ、それではもったいないというか。そこで一歩踏み出して関係を深めてみると、違った世界が見えるかもしれない。

 意外と似た者同士で気が合うかもしれない。そういう可能性があることを描きたいと思いました。

 分断と争いが世界的に進んでいるいま、他者同士がひとつ踏み出して互いを認め合うことを描くことはとても大切だと思ったのです」

「コンパートメントNo.6」より
「コンパートメントNo.6」より

一番描きたかったのは、人間同士の『つながり』

 ラウラとリョーハの偶然から始まる物語は、おそらく恋愛に結び付けられて考えられることが多いのかもしれない。

 ただ、恋愛の要素より、価値観の違う者同士が心を通わせること、互いの存在を認め合うことのすばらしさを描くことに重きを置いているような気がする。

 それは長編第1作の「オリ・マキの人生で最も幸せな日」ともつながっている気がする。

「この作品で一番描きたかったのは、まさにいまおっしゃってくださった人間同士の『つながり』ということです。

 だから、よくインタビューでこの二人は『恋に落ちたのでしょうか?』とか、『あの二人は最後に結ばれるのでしょうか?』とか、聞かれるのですが、そこはもう自由に想像してもらうしかない。

 ただ、僕はあまり恋愛は意識していませんでした。あくまで人と人としての二人の『つながり』を描きたかった。

 恋に落ちてしまったら、このつながりが破壊されてしまうというか。二人の関係に『恋』が絡んでしまうと、そこに『愛』や『憎しみ』といった感情が出てきて、フラットな人間同士のつながりが壊れてしまう可能性がある。

 だから、いわゆる恋愛関係を前面に出さないで作った意識があります。

 映画では、よく『永遠の愛』の物語とかありますよね。

 でも、僕は永遠よりも、その場限りであったり、一瞬のつながりのようなものに心が惹かれるんです。

 永遠に続かないかもしれないけれども、その瞬間だけは確かに強く結びついた。

 長く続くことはなかったけども、その一瞬はわかりあえた。

 それもまた意味があって人生においてすばらしい瞬間だと思うんです。

 だから、その一瞬の『つながり』を描きたい。

 その意識は、『オリ・マキの人生で最も幸せな日』においてもかわらなかったと思います。

 『オリ・マキの人生で最も幸せな日』は確かにラブストーリーではあります。

 でも、ここでもわたしは『つながり』を大切に描きたいと考えていました。

 ですから、『オリ・マキの人生で最も幸せな日』と『コンパートメント6』は、まったくタイプの違う映画ではありますが、他者同士の『つながり』ということで根底にはつながるものがあると思います」

(※第五回に続く)

【ユホ・クオスマネン監督インタビュー第一回はこちら】

【ユホ・クオスマネン監督インタビュー第二回はこちら】

【ユホ・クオスマネン監督インタビュー第三回はこちら】

『コンパートメントNo.6』メインビジュアル
『コンパートメントNo.6』メインビジュアル

『コンパートメントNo.6』

監督・脚本:ユホ・クオスマネン

出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフほか

全国順次公開中

メインビジュアル及び場面写真はすべて(C) 2021 - Sami_Kuokkanen, AAMU FILM COMPANY

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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