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SMの女王様役を演じて。裸になるよりボンテージ姿になる方が恥ずかしかったかも

水上賢治映画ライター
「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影

 「ありがとう」「レッド」などで知られる漫画家、山本直樹の同名原作を廣木隆一監督が映画化した映画「夕方のおともだち」は、ドM男のヨシオとSMの女王様、ミホの物語……。

 となると、なにやらアブノーマルな性愛の物語を想像してしまうに違いない。

 確かにSMの世界が物語に深く関わってくるので、艶めかしく妖しい面がないわけではない。エロティックな性描写もある。

 ただ、作品全体からこぼれおちてくるのは、意外なことにどこにでもいるような人間のありふれた日常、そしてままならない人生といっていいかもしれない。

 生きる糧を失い、心が宙ぶらりんのヨシオと、なにか深い哀しみを背負いながらもそれでも前を向くミホがふともらす切実なつぶやきが聴こえてくる。

 この原作に何を見出して、SM嬢というハードな役柄にいかにして挑んだのか?

 村上淳とともに主演を務めた菜 葉 菜に訊く(第一回第二回)。(全四回)

裸になるシーンより、ボンテージ姿の方が恥ずかしかったかも

 前回(第二回)の話に出たが、ミホ役を演じるにあたり、Sの女王様から直接の指導を受けた。

 指導を受けてのもと挑んだSMシーンで大変なことはなかっただろうか?

「正直なことを言うと、SMのシーンはさほど大変ではなかったです。

 ただ、ちょっと違和感というか、気恥ずかしさがあったというか……。

 撮影が、SMのシーン以外はすべて福島で行われて。福島ですべて撮り終えてから、SMシーンだけ新宿のスタジオで撮影したんです。

 そのギャップに、心身ともに追いつかないというか。

 昨日まで普通の装いから、SMのボンテージルックに一転するので、『いきなり』みたいな感覚があって。

 ムラジュンさんにも『最初、わりと普通にちょっと恥ずかしがっていたよね』とこの前言われたんですけど、確かに最初は恥ずかしさがちょっとありましたね。

 裸になるシーンもわたしはわりと平気なんですよ。特に今回は廣木組で、スタッフさんもよく知るメンバーで信頼感もあったのでわりと平常心でいられる。

 でも、ボンテージを着て立った瞬間は、普段着たこともないものでもあるので、なんか裸になるよりもちょっと恥ずかしかったです。

 ただ、そう感じたのはほんとうに一瞬で。

 もう『ヨーイ、スタート』でカメラが回りはじめると、恥かしい気持ちは消えて女王様らしく堂々と振る舞えました。さっきまでの気恥ずかしさはどこにいった?というぐらいに(笑)。

 ムラジュンさんに『カメラが回り始めると、急にスイッチが入って、『おなめ』とかいわれるから、女優って怖い!』といわれました(苦笑)」

「夕方のおともだち」より
「夕方のおともだち」より

わたし自身は、とてもじゃないですけど、ミホのようになれない

 むしろ難しかったのは日常の何気ないシーンだったと明かす。

「廣木組には何度か参加してきましたが、ここまでがっつり組むことは初めてで。

 愛ある洗礼といいますか、廣木監督の厳しいけど愛ある演出を受けました。

 廣木監督はよく知る信頼できる監督さんで、ムラジュンさんも旧知の仲。

 カメラマンの鍋島(淳裕)さんも、わたしの初主演作になる『YUMENO』からずっと知っている撮影監督で、ほんとうに信頼できるメンバーが揃っていたので不安はなかったんです。

 廣木監督は『もう何やっても良い。何やってくれても、俺たちが魅力的に見せるから、大丈夫だから』と、わたしを勇気づけてくれる言葉をかけてくださいました。

 それでプレッシャーも和らいで、変に気負うこともなく撮影に入れたと思っていたんです。

 でも、やはり念願でひとつの目標にしていた廣木監督作品のヒロインを務めるということで、知らず知らずのうちに肩に力が入って、それが、へんな力みにつながってしまったところがあって。

 そのあたりを廣木さんに見抜かれて、いろいろと助言を受けました。

 そのことは、改めて演じることの難しさを痛感しました。同時に、お芝居することの楽しさに気づかせてくれる貴重な経験にもなりました。

 その中で、具体的に難しかったことをいうと、ミホのヨシオに対しての距離感ですね。

 とりわけ感情の距離をどう表現するのかが難しかった。

 ヨシオは比較的わかりやすいんです。彼の中心には、伝説の女王様、ユキ子様が確実に存在していて、そこに一番の思い=感情がある。

 ミホはあくまで二番手というか。ミホとセックスするんですけど、それは自分がまだきちんとセックスできるかを確認するためで。

 あくまで伝説の女王様、ユキ子様との再会が彼の中心にある。

 一方で、ミホにとってヨシオを考えたときに、どういう存在なのかはなかなかみえてこない。単なるお客さんのひとりかもしれないけど、そこまで淡白な関係ではない。

 ヨシオに頼まれてセックスするんですけど、『誰にでもさせるわけじゃない』と言っているように、きちんと彼女は人を選んでいる。

 そこにはたぶんヨシオに対する気持ちは確実にある。

 でも、ミホはなかなか本心を見せない。

 なんか友だち以上恋人未満みたいな微妙な位置にたって、ものすごい寛大さと優しさで男の人を包み込んでいるような女性なんですよね。ミホは。

 わたし自身は、とてもじゃないですけど、こんなに母性があって、寛大な優しい女性にはなれない。

 わたしは嫉妬深いし、自分が好意を少し寄せている男性にほかに追いかけている女性がいたら、その時点でアウト(笑)。

 『こっちを振り向きそうもないからいいや』というぐらいはっきりしている性格なので、ミホの寛大さや優しさであり人としての器の大きさをどう表現すればいいのか、どうすればそう見えるのかを探し出すのがほんとうに難しかったです」

自分の心に湧き出てきた気持ちをそのまま出すとミホに

 確かに、ヨシオはその抱く感情も、彼のバックグラウンドも多く語られている。

 一方で、ミホはヨシオへの思いも、彼女自身のバックグラウンドもほとんど語られない。

 ところどころに出てくる彼女の本心かそれともジョークかわからない言葉から察するしかないところがある。

 そういう意味で、なかなかとらえどころのない人物で難役といっていい。

「その通りで、ヨシオとの会話で、彼女が言うほんとうか嘘かわからない言葉から察するしかないんです。

 ちょっとどきっとすることを言うときがあるんですけど、そういう言葉から彼女の心情やこれまでの生き方を紐解くしかない。

 SMのシーンに関しては彼女は仕事に徹しているから、わりとそのときの彼女の輪郭は明確なんです。

 でも、日常のときの彼女となると、とたんに彼女の輪郭がぼやけるというかみえてこない。

 だから、もう探り、探りでしたね。

 最終的には、もう最初に廣木監督に言っていただいた『思いっきりやって良い』という言葉に後押しされて、自分でその場に立って感じたままのことを出す感じでした。

 あと、途中からはなんかムラジュンさんが演じるヨシオが、愛おしくなって。

 もうヨシオの言葉に素直に反応して返すような感じでした。

 ムラジュンさんが演じるヨシオときちんと向き合って、自分の心に湧き出てきた気持ちをそのまま出すとミホになっていました」

(※第四回に続く)

「夕方のおともだち」より
「夕方のおともだち」より

「夕方のおともだち」

監督:廣木隆一

出演:村上淳 菜 葉 菜

好井まさお 鮎川桃果 大西信満 木口健太 田中健介

全国順次公開中

3月12日(土)から渋谷・ユーロスペースで上映が決定!

場面写真はすべて(C)2021「夕方のおともだち」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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