「ありがとう」「レッド」などで知られる漫画家、山本直樹の同名原作を廣木隆一監督が映画化した映画「夕方のおともだち」は、ドＭ男のヨシオとSMの女王様、ミホの物語……。

　となると、なにやらアブノーマルな性愛の物語を想像してしまうに違いない。

　確かにＳＭの世界が物語に深く関わってくるので、艶めかしく妖しい面がないわけではない。エロティックな性描写もある。

　ただ、作品全体からこぼれおちてくるのは、意外なことにどこにでもいるような人間のありふれた日常、そしてままならない人生といっていいかもしれない。

　生きる糧を失い、心が宙ぶらりんのヨシオと、なにか深い哀しみを背負いながらもそれでも前を向くミホがふともらす切実なつぶやきが聴こえてくる。

　この原作に何を見出して、ＳＭ嬢というハードな役柄にいかにして挑んだのか？

　村上淳とともに主演を務めた菜 葉 菜に訊く。（全四回）

　第二回の今回は、実際にＳＭ嬢を演じての話。

人間において『性』と『生』はつながっている

　まず前段階として原作からこんなことを汲み取っていたという。

「前回、単なるＳＭの世界の話ではなく、深く人間をみつめたドラマに受け止められたとお話しましたけど、その中でも、人間において『性』と『生』はつながっていて。

　生きていく上で、『性』は重要なものであることを改めて原作から強く感じたんですよね。

　ＳＭというとまったく興味のない人からすると異世界にどうしても映ってしまう。

　ただ、ドＭ男のヨシオとバイトながらも女王様のするミホにとっては、日常の延長線の先にＳＭがある。

　ＳＭプレイ中は別世界にいるようなところがあるけれど、ＳＭ自体はもう二人ともに、ある種、自身の生活の中に組み込まれている。

　自身の日常とかけ離れたところに存在するものではない。

　特にヨシオは、生きている実感とＳＭがつながっているところがある。

　劇中でほとんどバックグラウンドは語られないんですけど、ミホも生きることとＳＭの女王様をすることがそう遠くない位置にあることが発言のいくつかから読み取れる。

　ですから、ヨシオとミホの『生』と『性』をきちんと表現しなければならないと思いましたね」

Ｓのプロの女王様から指導を受けて考えたこと

　そうした考えのもと、ミホ役を演じるにあたり、まずしたことはＳＭをきちんと学ぶことだった。

「ミホは、バイトでＳＭの女王様を始めている。とはいえ、ちゃんとＳＭの仕事で、お金もいただいている。であれば、プロといっていい。

　ですから、演じる上でも、嘘があってはいけない。プロのＳＭの女王様がみたときに納得してもらえるよう演じなければならない。

　それで、Ｓのプロの女王様から指導を受けることになりました」

　その指導で、こんなことを考えたという。

「実際に、女王様をしているプロの方のもとで指導を受けました。

　その方が、本物のＭの男性を２人連れてきてくださって、実際にプレイをみせていただいたり、お話をきいたりといったことから、鞭やろうそくの使い方といった技術面まで教えていただきました。

　そこで痛感したのは、ご指導していただいた女王様もおっしゃっていたんですけど、『関係性が大事』ということ。

　ＳＭのプレイ中というのは、二人の世界なんですよね。ほかに誰も見ていない。

　ほんとうに二人きりでSの女王様とMの男性がいて、ＳとＭの関係の中で、自分の性の解放をさせる。

　ただ、簡単にはそうならない。

　そうとう女王様を信頼していないと、Ｍの男性だって完全に自分の身は委ねられない。

　ほんとうの信頼関係がないと、ＳとＭの関係って成り立たないんです。

　でも、人って、自分のすべてを他人に委ねることってそう簡単にはできないですよね？

　相手を良く知っていても、無防備に自分の身体を任せることはなかなかできない。

　だから、ＳＭの女王様と、Ｍの男性はそうとうな信頼関係で結ばれている。

　Ｍの男性には、『この女王様だから自分の身を任せられる』『この人だったらいい』というところがある。

　女王様はその期待に応えるというか。

　自分のことよりも、まずこのＭの男性がいかにすれば喜ぶのか、快感を得ることのかが優先で。

　ある意味、自分を心底信頼してくれているＭの男性の期待を裏切らないことに集中しているところがある。

　指導を受ける中で、そういうことがわかったんですよね。『すごい信頼関係で成り立っているな』と。

　だから、技術面の指導で、女王様が連れてきたＭの男性を鞭で叩いたりしなくてはいけなくなったんですけど、すごく心苦しかったです。

　だって、その方がほんとうに叩かれたいのはわたしではなく女王様なわけじゃないですか。

　信頼する女王様に叩かれるから快感を覚えるわけで、わたしに叩かれても痛いだけだと思うと、ほんとうに申し訳ない気持ちになりました。

　練習で『思いっきり叩いて大丈夫ですから』といわれても、ほんとうに『ごめんなさい』とずっと心の中で謝っていましたね」

すべて受けとめてくれたムラジュンさんに感謝です

　逆にヨシオを演じた村上淳とのＳＭシーンは思いっきりいけたと明かす。

「逆に、ムラジュンさんは、なんのためらいもなくいけたところがあります（苦笑）。

　役の上ではありますけど、女王様とＭの男性で、信頼関係が成り立っている。

　リアルに徹するためにも、そこは思い切りいかないといけない。

　で、ムラジュンさん自身が役者魂！の塊のような人で、作品のためになるならどんな困難も厭わない。

　むしろ、こちらが少しでも手加減しちゃうと嫌がる。思い切りぶつかってこいというタイプ。

　だから、思い切りいくことができました。

　あと、ムラジュンさんとは、瀬々敬久監督の『ヘブンズ ストーリー』（※2010年の公開作。それ以後、毎年アンコール上映がされている）で出会ってから、毎年その再上映でお会いするようになって、なんかいまでは本人には失礼かもしれないんですけど、親戚のお兄ちゃんみたいな感じなんですよ。

　そういう関係性があったから、このヨシオとミホとなったときもその時点でいい信頼関係が築けていた。

　ムラジュンさんだから、やりやすかったところはあったと思います。

　初対面の方だったら、ここまで自分でもいけたかなと思いますね。

　廣木監督にもポロっと言われました。『菜 葉 菜、これ信頼できているムラジュンだったから、できたところあっただろう』と。

　実際のところは、ほかの人だったらどうなったかはわからない。

　ただ、はじめて作品を見たとき、自分でも『こんなにも自然に役にすんなり入っていたんだ』と思ったんですね。

　それを考えると、やはりわたしとムラジュンさんのそれまで築いてきた関係性はやはり大きくて。

　その信頼関係があったから自然にミホという役に入っていけたかなと改めて思います。

　いまはムラジュンさんに感謝です」

（※第三回に続く）

「夕方のおともだち」

監督：廣木隆一

出演：村上淳　菜 葉 菜

好井まさお　鮎川桃果　大西信満　木口健太　田中健介

全国順次公開中

場面写真はすべて（C）2021「夕方のおともだち」製作委員会