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セクシュアルマイノリティの映画なんて誰もみないと言われ続けて。この10年を振り返って思うこと

水上賢治映画ライター
「フタリノセカイ」より

 トランスジェンダーの真也と、シスジェンダーのユイの10年にわたる関係を描いた映画「フタリノセカイ」。

 自身もトランスジェンダーである飯塚花笑監督が手掛けた本作は、セクシャル・マイノリティ当事者の現実を伝える作品であることは間違いない。

 ただ、ここにきて量産されているといってもいいセクシュアルマイノリティについての映画とはひと味違うというか。

 ある意味、抗う作品になっているといっていい。

 トレンドや流行とは関係ない。あるフタリの歩みが、なにも特別ではない、わたしたちのすぐそばにある物語として描かれる。

 この作品に込めた思いとは? 飯塚監督に訊いた。(全四回)

自分も含めたセクシュアルマイノリティが現実で直面する問題や

リアルな声を届けなければという思い

 はじめに私事になるが、飯塚監督との出会いは、彼が2011年に発表した「僕らの未来」が<ぴあフィルムフェスティバル>のPFFアワード2011に入選したときのことだ。

 「僕らの未来」は、性同一性障害(※当時はそう表現していた)に苦しむ高校生の物語。

 いまでこそセクシュアルマイノリティについての映画は珍しくない。

 ただ、いまからたった10年前にすぎないが2011年ごろというのは、日本において、セクシュアルマイノリティについて描いた映画はほとんど見当たらなかった。

 ゆえに、当事者の現実であり、飯塚監督自身の切実な声がひしひしと伝わってくる同作には、大きな衝撃を受けたことをいまも覚えている。

 そして、当時、出会った飯塚監督は、まだこう言っては本人に失礼に当たるが、何者でもない学生だった。

 それから約10年、セクシャル・マイノリティの映画は珍しくなくなった。

 LGBTQといった言葉も世間に浸透しつつある。

 この10年という月日を、飯塚監督はいまどう感じているのだろうか?

「随分と変わったなと思います。

 まず、僕自身の話になりますけど、10年前の時点では、まさか自分が10年以上、セクシュアルマイノリティについて映画で描き続けるとは想像していませんでした。

 10年前、映像の道に進みたいとは思っていましたけど、正直なところ、セクシュアルマイノリティについて描き続けようという気持ちはあまりなかったんですよ。

 実際、別の道に進むことも考えていました。

 『僕らの未来』の脚本を書いたのはまだ10代、19歳のころで。まだ僕自身は学生でした。

 社会に目をむけると、当時は、セクシュアルマイノリティの存在が日本ではまだまだ認知されていないころでした。

「フタリノセカイ」の飯塚花笑監督
「フタリノセカイ」の飯塚花笑監督

 その中で、当時の自分としては、その現状を変えたい気持ちが芽生えたといいますか。

 セクシュアルマイノリティにの目の前に立ちはだかる瓦礫を1つずつどけなければと。セクシュアルマイノリティに関する映画以外の、好きな映画をつくるのは瓦礫の撤去が済んでからだと思ったんです。

 とにかく自分も含めたセクシュアルマイノリティが現実で直面する問題やリアルな声を届けなければという思いに駆られていました。

 そういう切実なところからスタートして、『もうこの思いを伝えられるのならば、もはや映画でなくてもいい』と思うぐらい、なにか表現をせずにはいられなくなって、無我夢中で作ったのが『僕らの未来』でした。

 その作品が、<ぴあフィルムフェスティバル>の<PFFアワード2011>で審査員特別賞をいただいて、バンクーバーをはじめ海外映画祭にも僕を連れて行ってくれました。

 いま振り返ると、ここが分岐点。

 当時は、まだアニメーションの監督になりたいとか、いくつか進みたい道の選択肢がありました。

 でも、PFFでの受賞や海外映画祭の経験で、『お前、もう監督として生きていくんだぞ』と背中を押された気がして。

 もう『劇映画を続けなければいけない』というスイッチが入ってしまったというか。あとにはひけない気持ちに自分がなってしまった(笑)。

 で、自分が映画を作るならとなったら、やはりセクシュアルマイノリティのテーマは欠かせない。

 それでコツコツと作品を作り続けていた、10年経って、結果としてセクシュアルマイノリティについても10年描き続けて今回の『フタリノセカイ』まできた感じですね」

「フタリノセカイ」より
「フタリノセカイ」より

『こういう人たち(セクシュアルマイノリティ)の

映画なんて誰もみない』と言われ続けて

 ただ、その間はいばらの道を開拓してきた。

「自分でお金を集めて自主で映画を作る分には、自分の好きなテーマで作品を作ることができる。

 ただ、劇場公開作品を目指すとなると、そうはいかない。

 大学を卒業して社会に出て、映画監督として本格的に活動を始めたのが7~8年前になりますけど、最初にぶつかったのがセクシュアルマイノリティの企画を通すことの難しさでした。

 PFFで受賞をしていることもあって、ほとんどのプロデューサーの方が企画をもっていくとみてくれるんです。

 でも、『こういう人たち(セクシュアルマイノリティ)の映画なんて誰もみない』とか言われるんです。

 いまは、それこそセクシュアルマイノリティの性や愛を描いた映画が日本でもどんどん作られていますけど、ほんの少し前の7~8年前はそんな状況でした。

 そもそも、セクシュアルマイノリティの存在がまだ理解されていなくて、そのことをわかってもらうことから始めなければならなかった。

 でも、周りの理解がないと嘆いてばかりいてもなにも始まらない。

 それで、まずきちんと映画の技術を磨かないといけないと思って助監督として現場に入ったり、脚本の仕事をしたりと、きちんと映画が撮れる下準備と経験を積んできました。

 企画も諦めずに提案し続けました。

 そうやって自分は10年過ごしてきて、ようやく『フタリノセカイ』というセクシュアルマイノリティについて描いた劇場公開作品を発表することができました。

 気づけば社会も大きく変化して、『セクシュアルマイノリティ』という言葉が少なくともみんなが知っているぐらいの状況にいまなっている。

 なんか自分のこの10年の歩みと、セクシュアルマイノリティの社会での理解の歩みが重なるところがあって、『ようやくここまできたか』という感覚がある。

 だから、この10年を経て、いま『フタリノセカイ』を発表できて感慨深いものがあります。

 と同時に、『ちょっと待ってくださいよ』という気持ちもあって。

 とうのも、セクシュアルマイノリティについての映画というのが、ここ数年トレンドのようになっていますよね。

 で、いまや『もうセクシュアルマイノリティの映画は古いでしょ』とか『もういいでしょ』といったような声もちらほら出てはじめている。

 僕は、いままでもセクシュアルマイノリティについて描いてきたし、いまようやく劇場公開映画を撮れた。そして、これからもおそらく撮っていく。

 そういう身としては、『それはないよ』といいたいといいますか。『まだはじまったばかりでしょう』と言いたい。

 はやりすたりがあることは理解しますけど、そこでセクシュアルマイノリティの題材を片付けてほしくない。

 1本の映画にひとりぐらいセクシュアルマイノリティが登場することが自然なぐらいになっていってほしい。だって、この世界の一定数の人口が、セクシュアルマイノリティで、私たちは当たり前にこの世界に溶け込んで生きているのだから。

 だから、『これからつくる映画にもに期待してください』という気持ちがあります」

(※第二回に続く)

「フタリノセカイ」より
「フタリノセカイ」より

「フタリノセカイ」

監督・脚本:飯塚花笑

出演:片山友希 坂東龍汰

嶺 豪一 持田加奈子 手島実優 田中美晴 大高洋子

関幸治 松永拓野 / クノ真季子

全国順次公開中

写真はすべて(C)2021 フタリノセカイ製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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