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20代半ば、器用貧乏な女性の不安や心の隙間を浮かびあがらす。「さようなら」の意味を嚙みしめる物語

水上賢治映画ライター
「グッドバイ」 宮崎彩監督  筆者撮影

 まだ20代の新鋭、宮崎彩監督の初長編監督作「グッドバイ」は、そのタイトルにあるように「さようなら」という言葉に含まれるさまざまな別れであり、何かから離れることの意味をかみしめる映画といっていいかもしれない。

 福田麻由子が演じる何者でもない20代半ばの主人公・上埜さくらを通して、わたしたちは、たとえば親といった人との別れ、あるいは青春といったある時期から離れゆく瞬間を目にし、人生の機微に触れることになる。

 まだ何者にもなれていない女性の不安や焦燥感、心の隙間を浮かびあがらせた作品について宮崎監督に訊いたインタビューを2回に分けて届ける。

大学の卒業制作作品ではない、大学卒業間際に作った自主映画

 はじめに、宮崎監督は大学時代に是枝裕和監督のもとで映像制作を学び、短編「よごと」を発表している。本作「グッドバイ」も大学時代に撮っているという。しかし、大学の卒業制作作品というわけではない。宮崎監督が自主で撮った作品になる。

「ギリギリ在学中の2018年3月に撮影しました。卒業式にも出ないでこの作品にかかりっきりになっていましたね」

 なぜ、そのような経緯になったのかをこう明かす。

「3年生のときに短編の『よごと』を完成させたのですが、わたしは映画サークルにも入っていなかったので、その後映画を作る環境がまったくなくなってしまった。

 講義には顔を出していたんですけど、1つ下の後輩が企画とか立ててるのを見ると、自分もまだモノづくりをしたいなと。

 もともと誰かにはっぱをかけられたりしないと一歩踏み出せない性格なんですけど、そこでこのままだと一生、何も作れないと思って、一念発起してまず企画を立てたんです。

 それが2017年の秋ぐらい。これを撮ろうと思ったんですけど、なかなかうまいことシナリオが書けず……。年を越して1月ぐらいにようやく筆が進み始めて、2月の頭ぐらいに自主映画の助監督として現場に入って、そこで『自分も頑張んなきゃ』と刺激を受け、ようやく脚本を書き上げました。

 それで、福田(麻由子)さんの出演が決まり、3月に撮影したというのが一連の流れです。

 卒業したら就職して『もう自分が映画を撮ることがないんじゃないかな』と思って。でも『私、今撮りたいものがある』と、その衝動に突き動かされるまま作品作りに突き進んだ記憶があります。

 ほんの3年ぐらい前のことですけど、いま同じことをやれといってもできなかったかもしれない。あのときだからこそのパワーだったような気がします」

「グッドバイ」 宮崎彩監督  筆者撮影
「グッドバイ」 宮崎彩監督  筆者撮影

「社会人生活が始まる直前によくそんなことを」と思うかもしれませんが

 なぜ、そこまで映画作りに突き動かされたのだろうか?

「短編を撮った経験が大きかったかもしれません。

 それまで自分だけのワールドだったものが、いろいろな人が混じり合って刺激を受けて、いままでないようなパワーを使って、ひとつのものを作ったことが自分の中ではいままでにない新しい体験だった。

 自分がこれを描きたいということと、それをいろいろな人と一緒に作り上げたい、その気持ちがかみ合って向かっていったんだと思います。

 みなさんたぶん『新卒で社会人生活が始まる直前によくそんなことを』と思うかもしれないんですけど、撮影していたときはけっこう就職はどうでもよくなっちゃって(苦笑)

『引っ越しとか就職とか全部どうでもいいわ』と思ってやってましたね。

 拙い自主映画の現場だったと思うんですけど、わたしにとってはすごく大事な時間だったと今でも思っています」

 物語の主人公となるさくらは、25歳から26歳へとなる女性。まず、この年齢設定についてこう語る。

「さくらは小さいころの習い事をはじめ、なんでもそつなくこなす。でも、夢中になったり、人より特段に秀でているものはない。いわゆる器用貧乏で。

 自分の中にずっと空虚さを抱えている。ただ、性格的に会社に勤めて速攻で『やれないことはないけど、水が合わない』と思ってもすぐに『辞める』と言えるほど牙をむいていない。流されるまましばらく続けてしまうタイプ。

 また、少女から女性に変わるギリギリの過渡期というか。それ以上の年齢だとさすがに大人の要素が大半を占める。まだ母親に甘えられる少女の部分が残るのがこの年齢ではないかと。

 それで社会人生活3~4年ぐらいの年齢に設定して、親の庇護下から離れ、少女から大人になる変化を描ければと思いました」

「グッドバイ」より
「グッドバイ」より

もともと想定していたのは主体性がなくよくわからないおじさん

 ただ、当初考えていた企画はまったく違う形だったという。

「元々の企画は中年のおじさんを中心に据えたオムニバス形式の話を考えていたんです。主体性がなくよく分からない男性に、なぜか周りの女性が魅了されていくという。

 その1遍に父親と娘の関係性を考えるものがあった。この娘の視点を今回のさくらの目線にして膨らませて出来上がったのが『グッドバイ』なんです。

 若い女性が主人公になってますけど、企画の発端は中年のおじさんなんです(笑)。

 もともとおじさんが好きで。たとえば、顔の造形がいいとか、分かりやすい魅力があるわけではないのに、なぜか気になる、そんな人がいるじゃないですか。

 そういう人物の方が深堀できて、描けると思って。それでおじさんで何かを書きたかったんですね。

 そのことは『グッドバイ』にも反映されていて、さくらの父親の存在がそう。

 たぶん、みなさんの目にはなかなかとらえどころのない人物として映るのではないでしょうか。

 さくらにとっても身近な存在のはずなのに、一番遠くに感じる存在でもある。

 物語にも深く関わってくる存在でもありますし、そこははじめの企画の時点で中年の男性を意識していたからできたことかなと思っています」

「グッドバイ」より
「グッドバイ」より

母であっても娘に言えないこともあれば、

娘も母だからこそ打ち明けられないことがある

 この父との関係が描かれる一方で、母と娘の関係についても本作は言及していく。

「父と離れていることとは反対に、さくらは母とはずっと一緒で、同じ屋根の下で暮らしている。けんかもするけど、とりたてて仲が悪いわけではない。

 傍から見ると、ずっと母の庇護下で育っているように映るんですけど、お互いに甘えがありつつも、ほどよい距離で生きている。

 いま、母と娘の関係を描くと、どっぷり母親が娘を溺愛していて、なんでもしてあげる。それに対して娘がヒステリーを起こすような、いわゆる毒親の存在をちらすかすようなものになりがち。

 そういう形ではない、母の子離れ、娘の親離れを考えて描きたいと思いました。

 母親の上埜夕子役を演じてくださった小林(麻子)さんのお芝居を見たときに、あんまり母親らしくないといいますか。

 優しさや温かさといったイメージのある母性を変に押し付けてこない、いい意味で母親らしくない母親像がすごく良かった。娘に対して突き放すわけではないんですけど、等しい位置になっているような目線がすごくしっくりきたんですね。

 その小林さんの力もあって、ああいう母親像ができていきました。

 さくらの変化を同じ家で一番近しい立場で見てるのが夕子で、やはり、その機微には一番最初に敏感に気付く。でも、それをたぶんダイレクトに本人には伝えない。

 母であっても娘に言えないこともあれば、娘も母だからこそ打ち明けられないことがある。お互い感じているけど、あえて口にださないこともある。

 母と娘であっても、女と女として対峙するところも確実にあるわけで。その母と娘の目線の違いといったことも描けたらと思いました」

善き父であろうとか、善き母であろうとか、

考えすぎて自分で自分を窮屈にしていないか?

 結果として、そのことがあまり映画やドラマではみたことのない、でも、現代とかけ離れていないリアルな家族像を物語っているように映る。

「そう受け止めてもらえたらうれしいです。

 もちろん、父、母、子どもってそれぞれに役割はある。

 でも、いまはお父さんもお母さんも子どももその役割にとらわれすぎているというか。善き父であろうとか、善き母であろうとか、考えすぎて自分で自分を窮屈にしているところがある

 互いにちょっとした寂しさや悲しさはあるかもしれないけど、これぐらいの距離でも十分家族ではないかと思って、描いたところはあります」

(※後編へ続く)

「グッドバイ」より
「グッドバイ」より

「グッドバイ」

渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

監督・脚本・編集:宮崎彩

出演:福田麻由子 小林麻子 池上幸平 井桁弘恵 佐倉星 彩衣 吉家章人

撮影:倉持治 照明:佐藤仁 録音:堀口悠、浅井隆 助監督:杉山千果、吉田大樹 

制作:泉志乃、長井遥香 美術:田中麻子 ヘアメイク:ほんだなお 

衣裳:橋本麻未 フードコーディネート:山田祥子 スチール:持田薫 

整音効果:中島浩一 ダビングミキサー:高木創 音楽:杉本佳一

公式サイトはこちら

場面写真はすべて(C)AyaMIYAZAKI

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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