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セクハラ問題に向き合った一作「行き止まりの人々」。安川有果監督と出演の瀧内公美が考えたこと

水上賢治映画ライター
「行き止まりの人々」の安川有果監督(左)と主演の瀧内公美(右) 筆者撮影

 現在公開中の長編連作映画「蒲田前奏曲」は、4つの作品で構成されている。その中で3番目のエピソードとなる安川有果監督の「行き止まりの人々」は、ずばり#metooが主題だ。この主題は、「蒲田前奏曲」の企画・プロデュースおよび演者でもある女優の松林うららが1番最初に描きたいと思ったテーマでもある。ここで語られることは松林自身が体験したことも盛り込まれている。

松林さんと似たオーディションでのセクハラやパワハラ経験が次々と出てくる

 松林から打診を受けた安川監督は当時をこう振り返る。

安川「まず、まだ若い俳優である松林さんが自ら企画制作して映画を完成までもっていこうという意志がすごいなと。日本の映画界において、ひとりの俳優が自らプロデュースして映画を作ることはまだまだ少ない。その行動力がすごいなと思いました。

 実際、松林さんとお話すると、本気度をひしひしと感じました。4人の監督が、それぞれ物語を紡いで、ひとりの女優の中にある別の顔を描いて、いまの女性をめぐる社会状況や問題を浮かび上がらせる映画のコンセプトも興味深い。それで、参加させていただくことにしました。

 ただ、松林さんのほうから#metooをテーマにした作品を、とお話をいただいたときは、少し戸惑ったといいますか。#metooをはじめ、セクシャルハラスメントや女性に対する差別といったことに興味はすごくあったんですけど、私の中でまだどこか消化できていない問題でした

 ですから、正直、もう少し自分の中で咀嚼して熟考して消化した段階でやりたい気持ちが強かった。ですので、お話をいただいた直後は、短編映画でもあるし、果たして描き切れるのかなということも含め、ちょっと迷いが生じたというのが偽らざる本音で。ただ、自分としてはそこまで遠いテーマではなかったですし、身に覚えがないわけでもなかった。それでトライしてみようと思いました」

 ただ、#metooとなると大きなテーマ。これを短編で描き切るというのはなかなか難しくはなかったのだろうか?

安川「描き切ることも大事だとは思ったんですけど、いまの日本の現状を見渡すと世論も諸外国に比べると高まっていないし、結論づけられてもいない。あまり断定的なメッセージを発するよりも、この現段階の曖昧さをそのまま描けばいいのではないかと思いました。

 最初はもう少し物語的なプロットを書いていたんですけど、むしろ時間や空間を絞って男女間で起きうるハラスメントの現場の瞬間をとらえた方が強度が出るんじゃないかなと。それで、キャスト・オーディションという限られた時間と空間の場に切り替えて、脚本を書いていきました。実際、撮影に入る前に、オーディションも兼ねたワークショップを実施したんですけど、こちらから聞いたわけではないのに、女優さんたちから松林さんと似たオーディションでのセクハラやパワハラ経験が次々と出てくる。そこで私自身、少なからず日本の映画の現場でもそういうことがあるんだと実感して。彼女たちの思いをも脚本に反映させていったところがあります」

 一方、出演オファーを受けた瀧内は、こんな気持ちを抱いていた。

瀧内「『21世紀の女の子』というオムニバス映画に私は出演していたんですけど、安川さんも監督として参加なさっていて。安川さんの『ミューズ』という1編が魅力的でしたので、いつかご一緒できればと思っていたんです。ですから、今回のお話をいただいたときはすごくうれしかったです。

 ただ、テーマであるセクシャルハラスメントであったり、#metooの運動に関しては、非常に難しい問題だなと思いました。正直なことをいうと、私自身はこれまであまり意識してこなかった問題でした。ですから、私がこの題材を演じていいのかなと。

 (松林)うららさんの実体験を扱っていますから、彼女の覚悟を引き受けることでもある。非常に悩んだんですけど、安川さんが『女性の被害を描きたいわけではない』と。『みんながこの作品で自身の役割を果たしていって、その先に問題意識を共有できればいい』とこの作品における立ち方のようなものを指南してくださったので、気が楽になって、向き合ってみようと思いました」

 脚本を最初に目を通した印象をこう明かす。

瀧内「うららさんが伝えたいことが、脚本に込められているので、まずはそれを一番大切に伝えることが重要だなと。その上で、安川さんが考えていること、そういう場に置かれた人の気持ちがわかったので、それを自分自身が表現していかないといけないと思いました」

パワハラ監督に対抗する黒川役を託した理由

 作品は、松林が演じる蒲田マチ子が映画のオーディションへ。そこで、男性の映画関係者を前に、映画の主題だからということでセクハラや#metooの実体験やエピソードを語らなければいけないことになる。しかも監督は威圧的で、パワハラまがいの言葉をどんどんぶつけてくる。マチ子をはじめほとんどが追い詰められる中、監督に強い態度をもって対抗する女性がひとり。それが瀧内が演じる黒川になる。

 この役を瀧内に託した理由を安川監督はこう明かす。

安川「さっき話に出た『21世紀の女の子』で、瀧内さんは竹内里紗監督の作品に出演されていたんですけど、それが素敵な短編で。そこでみせる瀧内さんの表情がすばらしかったんです。すごい大人っぽくて芯のある女性なんですけど、ある瞬間に滲み出る心のゆらぎをひじょうに繊細に表現していらっしゃった。

 黒川は、ひとり監督に立ち向かっていくような女性ですから、まず強さが必要。でも、やはり立ち向かうにはそうとうな勇気が必要になってくるわけで、そこへいくには迷いや弱さが生じないわけではない。そのあたりの両面を瀧内さんならきっと出してくれるんじゃないかなと思ったんですよね」

「蒲田前奏曲」の1作「行き止まりの人々」より
「蒲田前奏曲」の1作「行き止まりの人々」より

 監督に反抗というより敵対心をむき出しにする黒川は、実はかつてこの監督、間島にセクハラ行為を受けている。でも、間島はそれをほとんど覚えていない。セクハラの実体験を語ることを求めることも、語る覚悟もない女優は失格とばかりに正当化しようとする。

 大西信満が演じるこの間島はいわば本作のテーマを象徴するような存在として位置する。

安川「俳優さんに負担をかけることではあったんですけど、脚本はありつつも、今回は現場で出てきたものを活かして、その場で作っていくような方式をとったんですね。

 みなさんいろいろな監督とお仕事をされてきたキャリアのある方たちばかりなので、たぶん現場に身をおいて出てくる言葉や行動に真実が宿るような気がしたんです。

 大西さんはすごかったというか(笑)。錚々たる巨匠の監督とも組まれていますから、それらの監督がミックスされて降臨してきたような感じで。言葉があふれてくるようでした。『宝塚にしないで』とか完全なアドリブ。どこからそんな理にかなった言葉が出てくるんだと驚きましたね。

 間島は自分の発言や演出法に問題があることはわかっている。でも、いざ現場になると同じことを繰り返してしまう。問題意識はあるのに改善できない。そういう人間を実に真実味のある演技でみせてくれたと思います」

瀧内「私は大西さんに全幅の信頼を置いていたというか。安川さんが狙いとしていることから逸れることを大西さんはなさらないので。大西さんから生まれたことに対して、感化され引き出された自分のレスポンスになっている。罵られるところは圧がすごかったです(苦笑)。だから、リアルな反応が出ていると思います」

「話せなかったら、話さなくていい」にオーディションに潜む危うさとは?

 作品を観て思うのは、オーディションという場ひとつとっても、なにをやっても許されるようなパワーバランスの歪みが生じてしまう危うさがあることだ。

 選ぶ者と選ばれる者というだけですでに立場にそうとうな上下差があるが、それをさらに助長させてしまう場面があること。ものを言わないことがむしろ、同調圧力を強めていくこと。セクハラやパワハラの温床が様々な場面にあることを作品は物語る。

安川「これは自らへの自戒も込めているというか。ほんとうに危ういと思います。

 とくに映画のオーディションというのは、芸術や映画が好きで志している人たちが集まる。そこで、選考する側から、『芸術のため』『この映画のため』と言われると、自分にとって思い出したくない傷になっていることでも、作品をよくするために捧げなくてはいけないような気になってしまう。相手の方も、それぐらいのことを話せないで演じられるかという意識がどこか働いてしまう。ほんとうに危ういことだと思う」

瀧内「実際に体験しているからといって、それをうまく表現できるとは限らない。実際に体験していなくても、脚本からいろいろと読み取って自分の体に叩き込んでリンクさせたら、すばらしい表現に昇華できる場合もあると思います。

 みなさんもたぶん、ある程度、相手と関係性をつくらないと自分のプライベートなことって話せないですよね。オーディションで自分が受けたハラスメントのことを話せと言われても、難しい方もいると思います。

 今回の作品を観てリアリティがあるなと思ったのは、監督が自身のセクハラ体験についてオーディションにきた女の子たちに質問するとき、『話せなかったら、話せなくていいですよ』と投げかけるじゃないですか。あれはよくあることだなと。『じゃあ、なんで聞くの?』といつも思うんですけど(笑)」

安川「フェアじゃないんですよね」

瀧内「そういわれると、逆に答えなきゃ受からないかもって気持ちになってしまうこともあるんじゃないかな」

安川「みんな選ばれたいですからね。相手の気持ちを利用しているところがある」

瀧内「そういう風に感じる方もいらっしゃるでしょうね」

映画「蒲田前奏曲」の1作「行き止まりの人々」より
映画「蒲田前奏曲」の1作「行き止まりの人々」より

しかるべき演出は大切、切磋琢磨しないといい作品は生まれない

 作品は、上に立つ監督の絶対的な権力。その指導やアドバイスがいくら尊厳を傷つけるものでも、『愛のムチ』として擁護されている風潮についても言及している。こうしたことは日本の社会で部活動や体罰の問題にもつながる。

安川「役者は追い詰めたほうがいいみたいな神話がどこか残っている。役者は追い詰めれば追い詰めるほど輝くみたいな。

 そういうことはあるのかもしれないですけど、私としてはどうなのかなと。そういう強権的なことをしなくても引き出せるほうがいいのではと思うんです。

 瀧内さん、いろんな監督とご一緒されていますが、信頼できる人だったら、きついことを言われて、むしろやる気が出たりとかってことはあるんですか?」

瀧内「私はないです(笑)。ただ、役者側も考えないといけないというか。まず、自分が演じる役をどこまで突き詰めて考えているか。役者は演技のプロなわけですから、監督の考えをくみとって、それをきちんと表現しなくてはならない。そのためには、きちんとした準備をして挑まなければならないですよね。役を理解していれば、きつい言い方をされても腑に落ちるところが殆どだと思います。

しかるべき演出は大切だし、きちんとしたコミュニケーションのもと、切磋琢磨していかないといい作品は生まれないんじゃないかな、とも思います」

 こうした問題を提起しながらも、批判するだけにとどまらず、ラストでは現状が変わっていくかもしれない希望を抱かせるものになっている。

安川「このラストは瀧内さんの提案があってのことで、すごく感謝しています」

瀧内「ラストシーンに関しては、はっきりさせたほうがいいのか、それぞれが考えるように余白を持たせたほうがいいのか、演じながら安川さんに何パターンか提案させてもらいました。

 安川さんも私の話を聞いてくださって、黒川を演じてきて感じたことを信じてくださり、任せてくださったので、私なりに最後は自分でこう表現したいなっていうものを選択しました」

安川「ほんとうにありがたかったです。自分が考えていたのとは少し違ったんですけど、確かにあのラストのほうが、このテーマに合っていると思えたんですよね。

 女性を単なる被害者で収めるのはどうかと思うんです。意識が変わっている男性も世の中にはいっぱいいる。そういうことを含めた中で、このラストは、まだまだ、世の中捨てたもんじゃないことを示せた。と同時に俳優さんのどうしようもない性が垣間見えるものになったのではと思っています」

 ある意味、映画業界の闇を描いた作品ともいえるが、現場に身を置く人間としてこの仕事のやりがいや魅力をどう感じているのだろう?

瀧内「毎回、役が違いますから、この人には世界がこう見えているんだいうことに出合えることは面白いですね。

 去年ぐらいから、母親役をいただくようになって、自分の柄が娘役からどんどん変わっていくのをいま体感していて、いままで体験していない年代や立場の感情に出合っている。自分を成長させてくれる大切な場だとも思っています。

 今回の作品で描かれるオーディションはひどいですけど(苦笑)、これはひとつのモデル・ケース。すばらしい現場もいっぱいあることはお伝えしておきたいです」

安川「今回の現場はあらためて、映画を作ること、俳優とどう向き合うのかについて考える機会になりました。その中で、今回はほんとうに俳優さんにすごく委ねたというか。すごく助けてもらったところがあるんですね。というのも瀧内さんをはじめキャストのみなさんに脚本以上のものにしたいという気持ちがすごく感じられて、私自身がそこにかけてみたい気持ちになったんです。

 題材がシビアでもあったので、少しでも疑問が出たら意見をぶつけ合うことができたし、問題意識を共有することもできた。それがすごく新鮮で、これから映画を作る上でも大きな経験になった気がします」

映画「蒲田前奏曲」より
映画「蒲田前奏曲」より

「蒲田前奏曲」

ヒューマントラストシネマ渋谷・キネカ大森ほかにて全国順次公開中

場面写真はすべて(c)2020 Kamata Prelude Film Partners

瀧内公美:

メイクアップアーティスト / 藤原玲子

ヘアスタイリスト / YAMA

衣装協力 / Ray BEAMS

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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