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「カメ止め」が生まれた土壌とは?プロジェクト最新作「河童の女」からわかること

水上賢治映画ライター
「河童の女」 辻野正樹監督(左)と市橋浩治プロデューサー(右) 筆者撮影

 先に主演を務めたひとり郷田明希のインタビューを届けた現在公開中の『河童の女』は、 ENBUゼミナール シネマプロジェクトの第9 弾作品になる。

 このプロジェクトは、今後の活躍が期待される俳優と新進気鋭監督が世に出るきっかけをつくるべくENBUゼミナールがスタートさせた試み。これまで今泉力哉監督の『退屈な 日々にさようならを』や二ノ宮隆太郎監督の『お嬢ちゃん』などが話題作を呼び、あの社会現象を巻き起こした『カメラを止めるな!』を生み出した。

 そこで今回は同プロジェクトの生みの親である市橋浩治プロデューサーと、『河童の女』で プロジェクトにより51歳にして商業映画デビューを果たした辻野正樹監督にインタビュ ー。

 ENBUゼミナール シネマプロジェクトの試みから、『河童の女』の制作秘話、そして今後の目指すところを訊いた。

ENBUゼミナール シネマプロジェクトを始めた理由

 まずはじめにENBUゼミナール シネマプロジェクトをスタートさせたきっかけはなんだったのか?市橋プロデューサーはこう明かす。

市橋「ENBUゼミナール自体は、1998年にまず演劇コースを開校して、のちの2000年から映像系の映画監督や俳優の養成コースがスタートしています。

 映画監督や俳優のコースがはじまって10年ほど経ったころでしょうか、監督にしても役者にしても卒業生がそこそこ出ているんですけど、大活躍というかなかなか日の目をみるまでには至っていない。そういう現状を前にしたとき、才能があるにも関わらず、ちょっとくすぶっているといいますか。未来に羽ばたこうとしている監督と役者が一緒に映画を作って、世に出ていくような場を作れたらと思って、東日本大震災があった2011年後半に始まったのがこのプロジェクトです。

 最初の第1弾は、ENBUゼミナールの卒業生なんですけど、市井昌秀監督と吉田浩太監督を監督に立てて、そこに役者のワークショップへの参加希望者を募る形でした。

 ワークショップをしながら、きちんと成果物として映画を作って、はじめは1週間ぐらいの上映会でしたけど、劇場で公開して、みなさんに観てもらう。このスタイルははじめから変わっていません。そこにはやはりとりわけ業界の方にみていただいて、ひとりでも目にとまってくれる才能があればとの思いがありました。

 2011年にプロジェクトはスタートしましたから、上映自体は2012年から始まっています。それが継続していって、第7弾のとき、上田慎一郎監督が『カメラを止めるな!』を作ったということです」

 根底には卒業生がいまひとつステップアップできないもどかしさが1番にあったという。

市橋「市井監督とか、<ぴあフィルムフェスティバル>で『無防備』がグランプリを獲ったりしたんですけど、なかなか商業デビューできなかったんすよ。

 シネマプロジェクトで撮った、翌年ぐらいにようやく商業デビューができたぐらいで。それほど評価をされていても、なかなかチャンスがめぐってこない日本映画の現状があったそういう才能を世になんとか出したい気持ちがまず第一にありましたね」

こういう場を求めている監督や役者がまだまだいる

 続けていく中で、プロジェクトに手ごたえを感じていったという。

市橋「今泉力哉監督も実はうちの元スタッフで、才能あふれる人物だったんですけど、市井監督と同じでなかなかいいチャンスがめぐってきていなかった。そんなころに、このプロジェクトで『サッドティー』を作って、それが東京国際映画祭の<日本映画スプラッシュ部門>に選出され、そこを足掛かりにステップアップしていってくれたのかと思います。

 『サッドティー』に関しては、それまでイベント上映で終わっていたものが、東京国際映画祭に出品され、一般劇場公開にまで発展していった。そのことで、このプロジェクトに共感して参加したいという役者が増えましたし、このプロジェクトをやってみたいと直訴してくる監督も現れたりした。こういう場を求めている人がまだまだいることも確認できて、継続していかなければと思いましたね」

 一方、辻野監督はENBUゼミナール シネマプロジェクトがスタートした2011年にENBUゼミナールで映像制作をちょうど学んでいる。このプロジェクトをどうみていたのだろう?

辻野「プロジェクトの第一弾になる市井監督と吉田監督の作品ですけど、実は、僕、吉田監督の『オチキ』の方に手伝いで現場スタッフとして入っていたんですよ。

 そのときはまだ映像を学ぶ生徒だったんですけど、声がかかって、現場を経験できる機会と思って参加しました。だから、シネマプロジェクトは勝手ながら身近な存在に感じていて、いつかやりたい気持ちはあくまで漠然とですけどありました(笑)。

 ただ、当初から商業映画ではまだ芽が出ていなくても、インディーズの世界ではわりと注目されている監督が起用されていたので、たぶん自主映画の世界でも実績のない自分にはまあ声がかかることはないだろうなと。縁のないことなんだろうなと思っていました」

これまでと違い、今回は卒業生監督に対して広く企画を募る

 その中、今回のシネマプロジェクトはこれまでと違うアプローチに舵をきった。まず、今回は第8弾までの監督とENBUゼミナールの卒業生監督に対して広く企画を募集することにした。

市橋「起用する監督ははじめ市橋井監督と吉田監督というENBUゼミナールの卒業生からはじめましたけど、そのあとは垣根をとっぱらって。映画祭で作品をみたりして、僕がちょっと気になる人を基本的には選んでお願いしていたんですね。

 ただ、今回は『カメラを止めるな!』が大ヒットしてくれたので、いままでよりも大きな規模の予算と体制でできることになった。そこで、この恩恵をこれまでこのプロジェクトに関わってきた人に還元したいなと。

 それでまず企画は第8弾までの監督とENBUゼミの卒業生監督たちに声をかけて企画を募るコンペで選ぼうと思いました。

 あと、なるべく多くの人にまずは会いたいと思って。俳優のオーディションとワークショップに関してはすべて無料で応募参加できるようにしました

 結果としてはこれはいい機会になったという。

市橋「『カメ止め』効果もあったと思うんですけど、企画も多く集まりましたし、なによりすごかったのは俳優たちですね。

 これまでの作品でも、けっこう集まってはいるんですけど、平均するとだいたい40名ぐらい。多いときで、80人ぐらいの応募があったんですけど、今回は400名超える人たちがキャストに応募してきてくれた。これはこのプロジェクトに参加して作品に出演したいという役者が増えたということですからほんとうにうれしかったです」

 その企画コンペで見事に選ばれたのが辻野監督の『河童の女』になる。ただ、当初、このコンペがあることを知らなかったという。

辻野「実は、市橋さんからメールでご連絡いただいていたみたいなんですけど、アドレスを変更していて届いていなかったんです。それでわざわざ市橋さんから直々にご連絡いただいて。これは絶対に応募しなければなと(笑)。

 『カメ止め』効果で作品も注目されるだろうし、こういうチャンスはそうない。とりあえず出すだけは出さないとと思いました」

 こうして企画が無事選ばれることになる。

辻野「選ばれたときに、なんかすごい良かったなと。コンペじゃなかったら僕にはおそらく声がかかることはなかったと思うので余計にうれしかったですね。

 でも、一方で『カメ止め』よりも規模は大きくなるときいていましたし、注目を集めるであろうから、しっかりしないとと思いました。

 企画自体は、自分は映画監督であるけれども脚本家でもあるので、常にやりたいオリジナル企画みたいなのをいくつか持ち歩いていたんです。自信のある『これは絶対に面白い』と思う企画を。

 『河童の女』もそのひとつ。シネマプロジェクトのバジェットやキャスティングを考えると、この企画が最適ではないかと思いました。

 だから、実は『河童の女』の企画自体はもう何年も前から温めていた。ずっとどこかで作るチャンスを待っていた。ですから、決まったときは幸運に感謝しました」

 一方、この企画を選んだ理由を市橋プロデューサーはこう明かす。

市橋「企画書にシナリオも併せて上がってきたんですけど、とにかくシナリオがおもしろかった。

 ある程度の大きな規模で作る作品なので、あまり尖りすぎた内容やごくごく一部の人にしか届かない作品はちょっとしんどいなと思っていて。それよりも、年齢層関係なく楽しめて、いろいろなジャンルの映画が好きな人にもアピールできるような企画があったらと思っていたんですけど、『河童の女』はまさにそう思える内容で。これはいいと思いました。

 それから確か、その時点では、辻野監督がまだ50歳で商業映画は撮っていなかった。50歳の新人監督というのもそれは面白いなと思ったんですよね。そんなオールド監督がデビューするのも今の時代、なんか勇気をくれる。こういう映画が生まれるのも今の時代に必要な気がしたんですよね」

映画「河童の女」メイキングより
映画「河童の女」メイキングより

 こうして企画が決まり、俳優のワークショップオーディションへ入る。このワークショップオーディションで今回は16名のキャストが選ばれた。この工程で重要視していることはどこなのだろうか?

市橋「僕としては、監督の手法や選出に口を出すことはないです。ただ、ひとつお願いしているのは、その選んだキャストに対しては、しっかり役を与えて、作品の中で、必ずひとつは見せ場を作ってほしいということ。逆に言うと、見せ場を作れないんだったら、数多くの俳優を選ぶなと言い続けています。

 今回でいえば、僕は12人ぐらいでいいんじゃないかと思ったんです。ただ、辻野監督は16名選ぶという。だから、『見せ場を作れるのか』と、ほんのちょい役になってしまうぐらいならば選ばないでほしいと、辻野監督に伝えました。

 それだけです。それ以外は監督のやりたいようにやってくださいです。まあ、予算は決まっているので、その範囲で収まるようにやってくださいと、それもお願いしますけど(笑)」

キャスティングボードは監督が握っている

 つまりキャスティングボードはプロデューサーでも誰でもなく監督が握っているということ。実は、監督がほんとうの意味で自由にキャスティングを握れる作品というのはそうあることではない。

市橋「そうなんですよ。正直なことを言うと、『この人、選んで大丈夫か』と思うことはあります。『ほんとうに大丈夫ですか』と念を押すこともあります。

 たとえば『カメ止め』のどんぐりさんとか(苦笑)。『まじか』と思いましたよ。『この人を残すか』と。でも、上田監督のこだわりで最初っから『残したい』といって貫いた

 ふつうの監督だったら、たぶん、役者経験もない、しかも失礼だけどけっこう年齢もいっていてかなり癖のあるタイプでぜったい選ばない。というか選べないし、生かしきれない可能性が高い。でも、上田監督に『大丈夫』と言われたら、もう僕としては分かったと。『きちんと面倒はみてよ』という感じでしたね」

辻野「ほんとうに内容も自由で、キャスティングも自分で自由にオーディション参加者の中から決められる。たしかにこんな恵まれた機会は今後あるのかなと思いましたね」

映画「河童の女」より 郷田明希(左)
映画「河童の女」より 郷田明希(左)

 たとえば、今回の中ではヒロインとなる美穂役をめぐって市橋プロデューサーと辻野監督の間で、こんなやりとりがあったという。

辻野「最初オーディションのときに美穂に合いそうな人を書類審査で選んでたら、どうしてもロングヘアーでシュッとした卵型の顔みたいな、もう典型的な美人というイメージで、ちょっと影を感じる人を選んでいったんです。その中で、郷田さんをみたとき、そのイメージとは全然違うんですけど、なんかちょっとひっかかる。それで、オーディションで実際にみたら、ひとりだけちょっと感じが違う。

 芝居をさせてみると、感受性の強さが感じられる。あと、これは本人にも言ってたんすけど、自意識過剰なところがうかがえる。それは芝居にも出ていて、これはたぶん出し方によっては自分の芝居に酔っちゃっているようにみえてダメなんです。でも、美穂役にはそういう勝手な思い込みで突っ走って自己完結させるようなところが必要だと思ったんですよね。それでヒロインの美穂でいきたいなと」

市橋「僕の中では、なんだろう、郷田さんは確かに気になる存在ではありました。ただ、さきほど辻野監督がいったように、美穂というヒロインは、舞台の田舎町で噂になるぐらいのロングヘア―の美人となっている。ですから、郷田さんにはほんとうに失礼なんですけど、そこには到達していないだろうと(苦笑)。これは本人にも伝えたんですけどね。それはショートカットの髪型も含めて違うんじゃないかと。

 でも、辻野監督の目が確かだったというか。なにか真正面からみたときではなくて、彼女自身がもっている雰囲気や歩く姿とかがすごくいいんですよね。

 ただ、最初の見た目だけでいわせてもらうと、美穂にマッチするのか?と疑問符がついたところはありました。まあ、これは僕だけじゃなくて、衣装メイクの打ち合わせのときに、『この子がヒロイン』とざわつきましたからね。みんな、ヒロイン像はロングヘアでさっき辻野監督がいった最初のイメージがあったので」

辻野「そうですね。僕もだから、最初は違うなと思ったんですよ。でも、どんどん美穂って実はこういう女性なんじゃないかと郷田さんをみていて思うようになったんです」

俳優同士が競争することで磨かれる

 また、このシネマプロジェクトでのワークショップはひとつの競争の要素を含むという。

市橋「今回はちょっと違うんですけど、これまではだいたい大枠の企画があって始まって、オーディションで役者を選んで、ワークショップが終わった後、撮影までに監督がシナリオを書くというパターンが多い。

 つまり、オーディションで10人なりを選んで、ワークショップに入るのですが、その時点では誰を主役にするかなどなにひとつ決まっていない。

 選んでる段階で、もちろんそれなりにこの役の候補として入れてはいるんですけど、最終的にはワークショップでいろいろやってみて決まる。そこは役者同士、刺激が生まれて競争になる。主役になれる可能性があるのであれば、やはりみんなそこを獲りにいきますよね。このワークショップはそういう場でありたいと思っているんですよね。

 ワークショップに参加してもう映画に出れることは決まっている、そこで満足してほしくない。そこから攻めていく姿勢がほしい。そういうところに身を置くと、やはりみんな変わってくるんですよね。演じることに対する意識とか。

 今回は先に触れた通り、企画の段階で大筋の脚本は出来上がっていた。でも、それでも、最終的には、ワークショップの最終日に辻野監督が、どの人がどの役をやるのかを決めたんですよね。それまではどの役者も自分が何を演じるかはわからなかった」

辻野「ぎりぎりまで見極めましたね。今回はワークショップが3日間あったんですけど、それが1週間おきぐらいであったんですね。で、最初のワークショップでは元の台本でいろいろ芝居やってもらったりして、その次はエチュードで自由に演じてもらった。それを踏まえて最終日までに台本を書き直して、そこで役を決めて、みんなに伝えました」

 では、ワークショップオーディションは監督にとってどういうものになったのだろう?

辻野「そこでどういう役者さんなのか、どういう芝居する人なのか知ることができる。それはすごく大きいですね。そのことでインスピレーションを得て、この役はこの人かなとあてがきして台本を書き直したところもありました。

 でも、逆に責任重大なところもあるなと思いました。役者さんたちをある程度、掌握できる時間がある。だからこそ、きちんと役者さんの良さを引き出せないと、その役者さんを自分がきちんと理解して、いいところを出せるようリードしないと、自分は監督として失格なんだろうなと思いました。そうならないように、登場人物がそれぞれ魅力的にみえるようにしなければとの思いを強くしましたね」

映画「河童の女」より
映画「河童の女」より

 作品は、田舎町で民宿を営む浩二と、東京からある罪を犯して逃げてきた美穂の出会いからはじまる。父が駆け落ちして人手がなくなり営業がたちいかなくなった浩二のところで、美穂はしばし働くことに。

 ここから二人の恋愛劇が展開するかと思いきや、美穂の誰にもいえない隠し事が少しづつ明らかになったり、街で河童騒動が起きたりと、予想もつかない展開をみせていく。

 ただ、ベースラインには男女の逃亡劇がある。脚本の出発点を辻野監督はこう明かす。

辻野「知り合いの監督から旅館や民宿といった宿泊施設でひとつ脚本を作ってもらえないかと言われて、書き上げたものなんです。

 逃亡劇についてはもともと好きなんですよね。罪を犯した女性が知らない土地に逃げ込むというのが僕はけっこう好きで。『河童の女』の前に40分ぐらいの自主映画を撮っているんですけど、それも、男を殺した女と、彼女に惚れこむ男が逃避行するという話なんですよ。

 『河童の女』とは似ても似つかないんですけど(苦笑)、テレンス・マリックの『地獄の逃避行』や、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』とか、男と女が世間の常識から外れて2人で逃亡するみたいなのがすごい好きなんですよ。だから、それを入れたいという気持ちはありました」

 この監督の言葉通り、物語は、最終的に田舎町にある意味でしばられていきてきた浩二と、夫に支配されてきた美穂がその呪縛から解き放たれる逃走劇。ただ、通常の逃亡劇とはちょっと趣向が違う。逃亡劇の主人公の二人に待ち構えるのはおおよそが悲劇だ。でも、本作は巧みに笑いとアイロニーを加えることで、おおよそ逃亡劇とは思えない、いい意味で予想を裏切る明るい未来を見せてくれる。

 そして、なによりすばらしいのは『カメ止め』にも負けないぐらい、物語で随所に提示されていた伏線がすべて回収されて、ひとつの物語につながっていくことにほかならない。

辻野「個人的には、投げっ放しというか、オチをつけない映画とか憧れなんですよ。でも、自分は度胸がなくてそうできない」

市橋「シナリオライターとして仕事をしているから、あんまり投げっ放しで終わることはできないんじゃないの?特にテレビドラマだとよけいに」

辻野「確かにそうかもしれません。そんな脚本家としても別に売れているわけではないんですけど、仕事となると、オチがなんだかよくわからないといったようなことはできない。

 ほんとうに、なんかもう支離滅裂で、『こんな形で終わるの』みたいな映画に憧れるんですけど、自分はそうできない。きちんと筋道立てて、まとまらないと気持ち悪いところはあります。

 たぶん、僕が物語を作る上での一番のルーツは、手塚治虫先生なんですよ。最初に自分で物語を作りたいと思ったとき、小学校でしたけど、手塚治虫先生の『マンガの描き方』という本を手にしたんです。

 その本に『起承転結が大事だ』ということが書いてあって。『4コマ漫画は、4コマで起承転結するから、4コマ漫画を描けるようになれば物語は作れる』と。

 だから『起承転結が一番大事なんだ』という意識が小学校のときに刷り込まれている(笑)。ちゃんと起承転結というか、後半に山場を作って、結末があるというのを作らないと、どうも気持ち悪いというのはあるんですよね。ほんとはもっとはちゃめちゃなものも作りたい気持ちはあるんですけど(苦笑)。

 なので、『河童の女』も、スピリットとしてはめちゃくちゃなところもあるんですけど、構成としてはきっちりになりましたね。たぶん、これが自分らしさなのかなと思います」

「河童の女」は幸せな映画

 このような過程を経て生まれた『河童の女』は、ひと言でいうと「幸せな映画」といっていいかもしれない。

 それはこれまでバンド活動から劇団の主宰、ドラマの脚本家などさまざまなキャリアを経て、50歳にして商業映画デビューを飾った辻野監督のこともそうであれば、作品の内容もままならない人生を送ってきたひと組の男女の幸せを見つめ、祝福ムードがあふれている。

 

 そして、ワークショップオーディションで選ばれた16名の俳優たちがそれぞれの持ち場でその個性をいかんなく発揮。おのおのが作品の中で輝く瞬間がある。

 なにか作品も役者もひとつひとつ階段をのぼって、最後に最高のものを手にしたような成り立ちを感じさせる。こういうことを感じさせる映画はそうないかもしれない。

辻野「そういっていただけると少し肩の荷が下ります。ワークショップを経ての作品ですから、やはり役者さんにそれぞれの芝居どころ輝かさなければという意識はあったので、役者それぞれが印象に残ってくれたらうれしいです。

 あと自分自身にとっては、今回、長編の商業映画の監督は初めてでしたけど、これまで舞台作品など数多く作ってきて。それを経てやっと1本の長編を完成することができた。今まで自分のやってきたことの集大成みたいな作品になったと思っています」

 今回、新たなアプローチでプロジェクトに挑んだが、今後はどう考えているのだろうか?

市橋「今回のやり方がベストかどうかといわれたらちょっとまだ分からないですね。単純に企画公募がいいのか、それとも以前のように気になる監督をまずピックアップした方がいいのか。バジェットも今回のように大きくしたほうがいいのか、それとも以前ぐらいに戻したほうがいいのか。これから見極めたいと思っています。

 ただ、シネマプロジェクトのコンセプトや方針は変えるつもりはありません。これまで同様に、まだ世に出ていない監督と俳優たちが集い、ひとつの作品を完成させ、できるだけ多くの方にその作品をみていただく。その作品がきっかけとなって、監督や俳優たちが次のステップへ歩を進める。そういう場でありたい気持ちは変わらないと思います」

映画「河童の女」より
映画「河童の女」より

『河童の女』

新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサほか全国公開中

監督・脚本:辻野正樹

出演:青野竜平 郷田明希 /斎藤陸 瑚海みどり 飛幡つばさ 和田瑠子 中野マサアキ 家田三成 福吉寿雄 山本圭祐 辻千恵 大鳳滉 佐藤貴広 木村龍 三森麻美 火野蜂三 山中雄輔/近藤芳正

場面写真はすべて(C)ENBUゼミナール

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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