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中国で公開情報を集めるのは危険か?〜中国が台湾スパイをテレビに出すワケ(交流編2)

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国テレビが台湾の蔡英文当局に警告?(写真は蔡英文総統2020年8月28日台中)(写真:ロイター/アフロ)

「中国と台湾の同胞は一つの家族で、交流は互いの理解を深める」

 中国国営テレビの報道番組「焦点訪談」は中台間の交流事業をそう持ち上げた後、交流事業に関わる身分を利用し「台湾情報部門のための中国の情報収集の道具」になる者もいると、台湾の“スパイ”である学者2人のインタビューを報じた。

 アメリカが台湾カードを切る中で、中国は台湾との緊張を煽っているようにさえ見える。一体なぜなのか?

同様の間違いを二度と犯さないように

「私は間違っていました。私の教訓を共有し、法に触れる可能性のある台湾の人たちに警鐘を鳴らし戒めとしてもらいたい。同様の間違いを二度と犯さないように」

 「焦点訪談」の中でそう話した施正屏は1960年生まれの台湾人。台湾師範大学の教授で、著名な学者だった。「焦点訪談」は、「彼には台湾のスパイ機関の運用要員という他人に知られざるもう1つの身分があった」として、施の活動を詳しく報じた。

 施は、豊富な経験や人脈から、台湾の国家安全局の目にとまったという。

 2005年、施は恩師から食事会に誘われ、台湾ヨーロッパアジア基金会の連絡人という周徳益なる人物と同席した。

 「焦点訪談」によれば、周の本名は、周勝裕。台湾の国家安全局のスパイだという。その後、交流が進むにつれ、周は施に「中国に行った時には教えて欲しい。資料を集めて欲しい。作業の進み具合については、自分一人にだけ報告して欲しい」と要求をしたという。

 施は2010年に中国のある科学技術研究所からの招待を受けた。その際、主催者から渡された資料が多すぎるので、ホテルに持ち帰って読んでもいいかと尋ねたところ、先方から了解を得たという。

情報収集の手口を自白?

 「焦点訪談」は、その際に施が取った行動を、本人のインタビューで説明している。

「交流の中で、主催者側が資料を私にくれた。その時、その資料はとても有用だと思った。その夜ホテルに戻った後、それらの資料を写真に撮った。戻った後、その資料を台湾の国家安全局側に渡した」

 施は、周が欲していた情報についても、インタビューの中で明かしている。

「会議資料や、政策の評価、名刺なども対象だった」

Q.彼らが関心を持つのはどんな分野でしたか?

「やはり中台関係だった。主に北京や上海の研究討論会。社会科学院などその分野でレベルの高いものだった」

習近平主席が提唱する「一帯一路」の情報も機密?

 周は、施のもたらした情報の重要性によって数万から十数万台湾ドル(十数万円から数十万円)の金を払った。「焦点訪談」は、施の行動について、より多くの金を得るために、積極的に、自らの専門的な知識を生かしたレポートを台湾の国家安全局に向けて書くようになっていった、と説明した。

 施の行為がもたらし得る結果の重大性について、安徽省の国家安全庁の幹部という人物が、こう強調した。

「こうした文章を台湾の国家安全局に提出した。台湾当局の将来的な政策制定に対し、一定の影響がある」

 施は、情報収集以外にも、中国の人物を周に紹介した。中国のシンクタンクのメンバーが交流活動として台湾にやって来た時には、施の主催する協会の肩書が入った名刺を周に持たせ、対応に当たらせた。

 2005年から2018年までに施は台湾の学者の身分で、大陸で情報収集に携わり、その分野は政治や経済、中台関係など広く及んだ。金を払うなどの手段も使い、習近平政権が提唱、推進している巨大経済圏構想「一帯一路」や中国のアジア太平洋戦略に関わるデータや内容も得ていた。この間、受け取った工作経費は160万台湾ドル(約580万円)に上ったという。

公開情報を握られて中国の政策に影響?

 この施正屏、そして昨日紹介した蔡金樹という2人の台湾の学者が諜報活動に手を貸していた経緯を紹介した後、「焦点訪談」では、中国の学者がインタビューで次のように台湾当局を非難した。

「民進党のこのようなやり方は、中台の学術交流のルールを壊し、雰囲気を汚し、正常な発展に影響を与えた。我々は蔡英文当局が、このような無責任な行動を止め、純粋な学術交流の場を戻すよう希望する」

 VTRはここで終わり、スタジオの男性キャスターが次のように総括する。

「台湾の情報収集員が中国で集めた情報は、全て公開情報のように見える。だが、これらは台湾の情報部門が直接、得られない戦略的な情報で、中には、中国の将来的な台湾政策の方向を決める情報も含まれる。台湾情報機関が事前に情況を把握すれば、中国の台湾政策に影響を与えうる」

 キャスターが認めているように、2人の学者を通じて、台湾の情報部門に流れたとされる情報とは、少なくとも「焦点訪談」が報じた限りでは、学術交流の中で公に交わされる資料などに過ぎない。にもかかわらず、2人の学者をスパイとみなし、学術交流の雰囲気を壊したのは、むしろ中国側なのではないかという気もする。去年には中国で日本人の学者が身柄拘束される事態も起きた。他人事ではない。

 「焦点訪談」は、総括の後の恫喝で終了する。だがその目的は、台湾当局への脅しというよりも、中国国内でテレビを見ている中国国民への意識の植え付けだろう。

「ここで我々は、台湾民進党当局に警告する。台湾独立に路は無い。更に多くの情報を集めたところで、祖国が必ず統一されるという歴史の趨勢は変えようがない」

中国が台湾スパイをテレビに出すワケ(ビジネスマン編)

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ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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