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中国をディスるとスパイ行為か?〜中国が台湾スパイをテレビに出すワケ(チェコ編2)

宮崎紀秀ジャーナリスト
台湾の蔡英文総統(左)を中国のテレビ番組が非難?(写真は2020年4月9日台南)(写真:ロイター/アフロ)

 中国国営テレビの報道番組「焦点訪談」は先月3日連続で、台湾の“スパイ”による中国に対する諜報活動の詳細を報じた。“スパイ”の1人、鄭宇欽は中欧チェコを舞台に、工作活動に従事したという。中国は今、なぜ、台湾との危機を煽るような報道を続けているのか?

紹介されたVickyは女スパイ?

 台湾人、鄭宇欽は留学中にチェコで知り合った人物から依頼され、台湾の情報機関へのレポートを書いた。さらに台湾軍との関係が深い復興テレビという放送局の“女性記者”呂家嘉の依頼で中国の学術会議などに参加、中国の情報を収集した。

 鄭は2013年から2016年まではチェコにとどまるが、その後、台湾に戻ると復興テレビの呂からVickyという人物を後任だと紹介された。「焦点訪談」の中で、福建省ショウ(字はサンズイに章)州市の国家安全局の幹部という人物が、Vickyは台湾の軍事情報局のスパイで、本名は陶致蓁と断定している。

学術会議の真の目的は諜報活動?

 陶はこれまでのやり方や情報の質に疑問を呈した上で、より良い手段やプラットフォームを見つけ、ヨーロッパやアメリカの関係者から中国の情報を得られないか持ちかけた。鄭は、EUの一部の会議には中国に関する有用な情報があるため、チェコに研究機関を設立し名声を高めれば、そうした会議に参加する機会を得られるはずだと提案した。

 陶はこれに賛同した。鄭はチェコに渡ると政治経済研究所を設立し、自ら所長となった。

 この研究所は、陶の提供した工作費用を使い、チェコで大きな学術会議を2回主催した。この2つの会議によって、チェコにおける研究所の知名度が上がったという。

 2017年に鄭の研究所はOSCE(欧州安全保障協力機構)の理事会から、ウィーンで開かれる大型学術会議の招待状を受け取った。中国からの参加者はおらず、鄭が唯一の中国系籍(台湾籍)の参加者だったという。

 鄭が会議の開催期間に得た資料を送ると、陶はひどく喜んだ。翌日には上司を連れて、鄭に会うためにわざわざウィーンまで飛んで来たという。

 陶と上司は、鄭の働きを高く評価し、1万ドル(現在のレートで約104万円)の褒賞も与えた。その上で、新たな要求をした。

 その要求とは、今後、EUやNATOが組織するこのような大型会議に多く参加し、中国の国防、科学技術、軍需産業、政治の分野に対し欧米がどのような考えを持っているかを理解すること。更にそのような会議を通じて学者たちと人間関係を築き、中国の情報を取ることなどだった。

 鄭は、一層積極的に諜報活動に協力するようになった。その分、警戒を怠らなかった。情報を送る時には安全性の高いソフトを使い、中国に入る前には携帯電話などから陶との連絡に使っているソフトを削除したりするなどした。

 「焦点訪談」によれば、2005年から19年までに鄭が受け取った経費は276万台湾ドル(現在のレートで約1千万円)に上ったという。

中国をディスるとスパイ罪に問われる?

 2019年1月、鄭はアメリカの反中団体の研究員が書いた3篇の中国脅威論の文章を見つけ、中国系の人たちのグループチャットへ転載した。それらの文章は、半年前に発表されたものだったが、当時は、あまり注目されていなかった。だが、鄭は、チェコの外交政策において中国の印象を悪くする良い機会だと考えという。「焦点訪談」は、台湾当局や台湾の情報機関が、国際社会で中国の印象を貶め、中国と他国の外交関係に水を差し、台湾がいわゆる“外交”の空間を開拓することを常に望んでいることが、鄭に明らかだった、と説明している。

 福建省ショウ州市の国家安全局の幹部は、鄭のこの行為を非難した。

「彼は、話に尾鰭をつけ、多くの嘘をでっち上げた。例えば、チェコにいる中国人や華僑は中国のスパイだとか、嘘の信憑性を高めるために情報の出所を作り替え、3篇の文章はチェコ政府の内部から得たものだとか。このようなデマがチェコの中国人の中に広く伝わり、パニックを引き起こした」

 鄭は2019年4月、中国を訪問した際にスパイ罪の疑いで逮捕された。

 同じ幹部によれば、「(鄭が台湾の情報機関に)提供した情報はだんだん多く、深くなり、活動の後半に提供した多くの情報は重要な秘密事項に関するものとなった」という。

台湾スパイがテレビで懺悔?

 これに鄭のインタビューが続き、次のように「反省の弁」を述べている。“悪者”にテレビで罪を認めさせ、懺悔させるのは、中国の常套手段である。特に政治犯に対してよく使われるやり方だ。

「中国政府の考えは理解できます。いかなる国も国家分裂を主張する人物を許容できない。よく分かりました。私がしたことは中国を傷つけることです」

 「焦点訪談」は、鄭のケースは、台湾の情報機関が、他国を迂回して大陸の情報を集める典型的な例であり、また台湾の独立を目指す勢力が海外で意図的に中国と他国との外交関係に水を差そうとうする点でも典型的な例だ、と指摘した。

一公務員が蔡英文総統を名指しで非難する不思議

 鄭の事件を追ったVTRは、先の福建省ショウ州市の国家安全局の幹部なる人物が、次のように述べて終わる。

「2016年に蔡英文が就任して以来、台湾独立派が進める(歴史に)逆行する政策は、国際的に歓迎されていない。いわゆる友好国が次々と台湾当局と断交し、中国と国交を樹立している。このような大きな流れの中で、蔡英文当局は国際的な場で、根も葉もないことを言い、でっち上げや捏造で、祖国の印象を汚し、我々の外交政策を攻撃し、いわゆる国際的な空間を手に入れようとしている」

 現役の公務員が、仮にも総統の立場にある人物を公然と非難するインタビューを流すとは、なかなか大胆な番組だが、それが中国政府の喉と舌(代弁者の意)と言われる国営メディアならではである。中国は、よほど蔡英文氏が憎いのだろう。

 VTRを受けて、スタジオで男性キャスターが総括する。これこそがこの「焦点訪談」を通じて発する中国政府のメッセージだ。

「私たちはこう言いたい。台湾の民進党当局が、何をしたところで台湾が中国の不可分の一部である事実は変えようがない。いかなる政治的な手段も台湾独立派の分裂活動も思い通りにはならない」

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ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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