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アマチュア10冠ボクサー、今永虎雅。群雄割拠のライト級でスターになれるか

宮崎正博ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者
今永の戦いにはフィジカルの強さとしなやかさが同居する(写真:山口裕朗)

 日本のプロボクシングは明日のスター候補が目白押しである。高校生で素質を息吹かせ、大学でキャリアを積み上げたアマチュアエリートたちが続々と転向してきている。ライト級の今永虎雅(いまなが・たいが=大橋)もその一人。6月のプロデビュー戦で鮮やかなTKO勝ちを収め、アマチュア10冠の底力の一端を披露した。ただし、23歳のライト級ボクサーが立ち向かう“世界”は強敵、難敵ばかり。それ以前に、今永はまずは内なる敵、自分自身に対して打ち克つ必要があるのだろう。

KOデビューも威勢の良さは見えず

 177センチのすんなりとしたサウスポースタンスから打ち込まれる左ストレートがよく切れた。右フック、アッパーカットのフォローアップも鋭い。6月29日、後楽園ホールでのデビュー戦を、今永は2ラウンドTKOで難なくクリアした。対戦者との力の差があり、今永にもはっきりと力みが見えたが、この選手、うまく育てられれば、スケール感豊かなスターになる可能性を感じさせる。

 7月半ば、その今永と会った。実は彼とは2度目の対面になる。7年前の初夏、関西圏を旅していたとき、奈良県のボクシング強豪校・王寺工業高校に有望な新人が入部したと聞いて、急きょ、取材を申し入れた。ライトウェルター級の荒本一成、そして当時バンタム級だった今永のふたり。ともに15歳だった。中学生以下を対象にしたアンダージュニアの大会で実績のある荒本の堂々とした対応に対し、とにかくシャイでこちらの質問をおずおずと追いかけてくる今永の受け答えはよく覚えている。そして久しぶりの対面でも、今永の印象は変わらなかった。

「(デビュー戦は)ほんとうに緊張してしまいました。はた目には分からなかったかもしれませんが、相手の意欲が凄くて。一発でももらったら危ないなと……」

 第一声にしていささか拍子抜けした。高校1年生のときから「今すぐにでもプロに行きたい」と言っていた今永なのだが、そういうもの言いこそが、生来の質なのだという。

万年3位だった小学校の空手時代

 大阪府河内長野市に生まれた今永が格闘技を始めたのは5歳だった。「自分の身は自分で守れるように」と言う父にグローブ空手の道場に連れていかれた。

「道場生が殴ったり、蹴ったり、大声を出したりしているのには、見学しているだけで怖くて。泣きながら見ていたのを覚えています」

 心根の優しい子どもだった。それがその後の成績にも表れたのだろう。

「どんな大会に出ても準決勝までしか行けないんです。系列の道場にいた兼田将暉(現K−1選手)が強くて、どうしても勝てませんでした。実家には3位の表彰状がいっぱいあります」

 中学生になってから他流派とのキックボクシングのトーナメントに出ても、今はK−1戦士となっている椿原龍矢が壁となった。「たぶん4回やっていて1度も勝っていません」。そのたびに泣いた。「家に帰ってから、もう投げ出したくなるほど特訓の毎日でした」。それだけ頑張ったのに結果につながらなかった。

 潮目が変わったのはボクシングジムに入門してから。中学2年生だった。思いきって攻めて出ると、対戦相手がころりころりとダウンする。「オレってボクシングの天才じゃないか」と今永は浮かれた。やがて、それも幻想だと思い始めた。アンダージュニアの全日本選手権が初めて行われる年、地区大会代表をかけた試合で、高校で同級生になる荒本に一方的に打ち込まれ、TKO負けを喫してしまうのだ。

高校の全国大会すべてに優勝も、大学で伸びきれず

 高校に進学してから、なおさら自分の実力のほどを思い知らされたという。全国から高校生ボクサーの俊英が集まる合宿に参加したときだ。日本人として史上初めて世界ユース選手権の優勝者となった堤駿斗(当時=習志野高校)、ミライモンスターと言われ、早くもテレビに追いかけられていた松本圭佑(横浜総合高校)、アジア・ジュニア選手権を制する中垣龍汰朗(日章学園)らと練習をともにしてレベルの差を痛感する。「なんだ、オレってキック出身のぽっと出じゃないか」と思ったりもした。

 荒本とともに高校時代に用意される8つのナショナル・トーナメントのすべてを制した。粗削りながらも力感みなぎる攻撃力が勝利を産み落としていった。期待されて東洋大学に進学する。だが、今永自身はコンプレックスからどうしても抜け出すことができなかったという。事実、大学の4年間では高校時代ほどの成績は残せなかった。優勝は国体、そして国際的にはBクラスの選手が集まった台北シティカップの二つのみで終わる。東京五輪代表選考を兼ねた2019年の全日本選手権大会でも、ベテランの成松大介(自衛隊)の巧妙な試合運びに何の手立てもなく敗れた。

自信を持ち切れなかった自分の過去を振り払うのがテーマになる(写真:山口裕朗)
自信を持ち切れなかった自分の過去を振り払うのがテーマになる(写真:山口裕朗)

もう迷いはない。“世界”に一直線で突き進む。

「大学の4年間はボクシング、それ以外のことでもいい環境を与えてもらえました。その間、伸び悩んでいたというのは、プロになって初めて気づいたことです」

 ライバルたちと対等になりたいと気持ちがはやったことが、成長を妨げたのではないかと今になって考える。

「対戦相手との距離とか、前に出した手でどう試合をコントロールしていくかと、ポイントで勝つ方法ばかり考えていました。そのうちに自分の持ち味を忘れてしまいました」

 だれもがアマチュアの試合に勝つためにハイレベルの技巧を目指している。技術だって一番と言われたい。今永は周囲の色に染まっていく。グローブ空手時代に培ったフィジカルの強さを活かし「ときにはガツガツ前に出て打っていく」攻撃的姿勢がなくなっていた。手際の良さだけではプロでは決して成功できない。そのことを大橋ジムの練習でようやく自分の持ち味を思い出す。

「今までがあかんかったけど、最終的に自分が勝っていればいいのかな」

 もう修行の時間ではない。これからは自分からチャンスをつかみ取らねばならない。今永の中で万年3位の苦い記憶は、だんだんと笑って話せる過去のものになるのだろう。プロ意識の芽生えがそうさせる。指導する元3階級世界王者の八重樫東トレーナーも今永の気質を理解したうえで後押ししてくれる。

「いい意味でアホになってほしいですね。ボクサーとしてももちろん、人間としても強くなってほしい。アマチュアで負けてきたのは、プロとしては悪い経験ではありません。貪欲になって、好奇心に従って戦うのはこれからのことです」(八重樫トレーナー)

 プロになった以上、目標は世界チャンピオン一つしかない。ただし、今永が戦うライト級はとことん層が厚い。ハイエンド・テクニシャン、ワシル・ロマチェンコはウクライナを離れ、秋にもカムバックするという。師匠にあたるフロイド・メイウェザーが驚嘆する才能の持ち主、ジャーボンテ・デービス(アメリカ)もいる。メジャー4団体、すべてのベルトを持つデビン・ヘイニー(アメリカ)も安定感抜群のアウトボクサーだ。

「打倒ロマチェンコ、打倒デービスです。秘策はあります。それは何? 言っちゃたら秘策になりません」

 ようやくリラックスした表情になってくすりと笑った今永だが、もっと強くなるために休息はない。後ろ向きの思考回路を抹殺するためにも日々、鍛錬である。デビュー戦後は1日休んだだけで九州に飛んで走り込みキャンプに参加した。

 8月26日には早くも2戦目が組まれる。ジョン・ローレス・オルドニオ(フィリピン)の戦力は詳らかではない。このスターの卵からはまずは進歩の一歩を確認したい。

ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者

山口県出身。少年期からの熱烈なボクシングファン。日本エディタースクールに学んだ後、1984年にベースボール・マガジン社入社、待望のボクシング・マガジン編集部に配属される。1996年にフリーに転じ、ボクシングはもとより、バドミントン、ボウリング、アイスホッケー、柔道などで人物中心の連載を持ったほか、野球、サッカー、格闘技、夏冬のオリンピック競技とさまざまスポーツ・ジャンルで取材、執筆。2005年、嘱託としてボクシング・マガジンに復帰。編集長を経て17年、再びフリーに。

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