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メイウェザー後継者に挑む31歳吉野修一郎。番狂わせは起こせるか

宮崎正博ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者
強敵撃破に燃える吉野(左)と椎野トレーナー(筆者撮影)

 那須川天心、寺地拳四朗、井上拓真——。日本ボクシング界の今日と明日を担う精鋭が一気に登場するビッグイベントは4月8日に行われる。同じ日(日本時間4月9日)、アメリカでも大きなチャレンジがある。国内最強のライト級、吉野修一郎(三迫)が世界の次世代エース候補、シャクール・スティーブンソン(アメリカ)とWBC世界挑戦者決定戦12回戦で対決する。試合地はスティーブンソンの地元ニュージャージー州ニューアークとあって、大きく不利の予想が出ているのも仕方ない。だが、吉野の必勝の決意に翳りのひとつも見えない。(文中敬称略)

超エリート相手に不利の予想は大歓迎

 不安のない旅路などないはずなのだが、吉野にはそんな気配は微塵も見えない。

「(スティーブンソン戦の)話があって、即座にお受けしました。試合をするのが楽しみで仕方ありません」

 31歳にして初めての海外遠征になる。しかも、対戦相手は難敵中の難敵だ。それでも、吉野の決断に逡巡はなかった。

「海外で戦うことが夢でした。もっと有名になって、そこらの街角で声をかけられるようになりたい。国内で戦っていては、そういうことはないですから」

 作新学院で高校4冠、東京農業大学に進んでからも国体優勝し、通算104勝の実績を誇るスターアマチュアだった。だが、プロになってからの16戦(全勝12KO)の間に日本、東洋太平洋、WBOアジアパシフィックの3冠制覇を達成しても、31歳の吉野自身にはまだまだ無名という実感しかない。プロで戦うのだから、実績にふさわしい評価と知名度を勝ち取りたい。もし、スティーブンソン戦に勝利できたなら、間違いなくボクサー生活は一変すると確信を持っている。

 スティーブンソンとはそういう存在だ。かつてのフロイド・メイウェザーにも匹敵する無敵ボクサーの予感が漂う。ミドルティーンに達するころには年代最強になり、19歳で出場したリオ五輪でも銀メダルに輝いた。2017年のプロ転向後19戦(全勝9KO)でフェザー級、スーパーフェザー級世界王座を制覇。ライト級で3階級制覇を目指す。スピード豊かなサウスポーで、目もいいし、動きもシャープ。ことさらのハードパンチャーではないが、守備力は天下一品で、安定感抜群の試合運びも光る。今度の吉野戦はマンハッタンの摩天楼外を間近に眺望できる生まれ故郷のリングとあって、30万の市民を味方につけて、より堅牢な戦いを仕掛けてくるに違いない。さらに吉野のこれまでの実績は海外でほとんど知られておらず、予想が地元のヒーロー優位に大きく傾いていても当然か。だが、数字に踊らされることはないと、吉野は余裕の表情で答える。

「不利と言われるのは大歓迎です。そういう見方をする人を見返すのが、やりがいになります。勝って当たり前の相手より、ずっと気持ちが入ります」

元世界王者の伊藤を破って吉野の戦いは一段とグレードアップした
元世界王者の伊藤を破って吉野の戦いは一段とグレードアップした写真:森田直樹/アフロスポーツ

トレーナーとともに印象的な勝利を重ねてきた

 吉野の自信には十分な根拠がある。最近2試合、このボクサーの戦いは、まさに出色の出来栄えだったのだ。戦い方の大筋を描いたのは、専任トレーナーの椎野大輝だった。吉野はリングの中で“椎野デザイン”を忠実に再現してみせた。

 22年4月に対したのは元WBO世界スーパーフェザー級チャンピオンの伊藤雅雪(横浜光)だった。

「伊藤選手は必ず右のパンチで切り返してきます。それをしっかりと計算に入れて、どのポジションに立ったらいいのかを研究しました。それから、しっかりと伊藤選手のパンチをブロックし、すぐにリターンの攻撃に移ろうと指示しました」(椎野)

 元世界王者は自分の攻撃パターンを見失い、ずるずると敗勢を走る。一方的な展開となっていた11ラウンド、偶然のバッティングで裂けた伊藤の左目の傷が続行不能と判断されて吉野は負傷判定勝ち。記された結果がどうであれ、限りなくTKO勝ちに近いものだった。

 11月の中谷正義(帝拳)戦の勝利は、よりセンセーショナルだ。世界のナンバーワン・ホープをラスベガスのリングに沈めた長身の中谷は危険なパンチャーだ。長身からの鋭いパンチを多彩な角度から打ち込んでくる。立ち上がりは、やや打ち込まれていたように見えた吉野だったが、4ラウンドから激しいアタックをかけて形勢は一転する。

「この試合はポジションと言うより、どの距離で戦うのかを重視しました。中途半端な位置では戦わない。一気に飛び込んで、中谷選手のパンチが威力を失う地点から打ち合うようにしたんです」(椎野)

 いずれの試合も椎野は対戦相手を分析し、展開を考えて、吉野には複数の選択肢を託したという。信頼すべき参謀が勝つための手段を組み立て、選手本人がその場その場の状況からよりよき戦法を選ぶ。トレーナーとボクサーとの理想的な関係が生んだ痛快な勝利だった。

ターゲットのスティーブンソンは世界の次世代エース候補
ターゲットのスティーブンソンは世界の次世代エース候補写真:ロイター/アフロ

スティーブンソンの“常識”を超える攻撃で仕掛けたい

 間近に迫った大一番も、過去の試合映像から相手の戦力を分析、研究し、その成果を吉野に新戦力として植え込んで臨むという。

「スティーブンソンは、距離がとにかく遠いですよね」(椎野)

 実際のリーチ差だけではない。相手選手の目からは右体側部だけしか前に見えないほど斜に構えるサウスポースタンスは、パンチを打ち込む角度が乏しく、打つべき標的をより遠くに感じさせるはずだ。しかも、反応は鋭いし、敏しょうに動く。加えて決して無理をしない。どこまでも、やりにくさばかりをアピールする戦い方をしてくる。

 吉野はスピード、パワーを前面に打ち出して戦うボクサーではない。戦力バランスの高さをベースに、試合ごとにその一部を特化し、総合力として組み込んで勝負する。だとしたら、スティーブンソンにはどう立ち向かうのか。

「長い距離を潰すには、まず、パンチが届く位置まで行かなくてはいけません。吉野には下半身のバネを養成するトレーニングをさせました」(椎野)

 準備時間は短く、効果があるかどうかは別だ。この相手にはそうしなければ突破口を作れないと、選手本人が実感してから準備に入れば、少なくとも意識だけは変わってくる。

「スティーブンソンのファイトスタイルにはいくつかのパターンが見えているんです。吉野が攻撃を仕掛けるときにも、同じ形で反応してくると思います」(椎野)

 吉野としてはその“反応”を逆手に取り、スティーブンソンの“常識”を超える攻め手を用意したい。挫折もなく、痛みも知らないエリートが、強いパンチを浴びたなら、きちんと対応できるのだろうか。そこからは、戦場のど真ん中で読み取っていかなくてはならない。

「勝ったらたいへんなことになりますね」

 吉野はワクワクが止まらないという。スティーブンソンの勝利だけでも、日本ボクシング史に残る大事件になるのに、その後にはとんでもない饗宴のテーブルが見えてくる。驚異の野性の持ち主ジャーボンテ・デービス対インタスグラムのフォロワー930万人の超人気者ライアン・ガルシアの対戦が4月22日。5月20日には若き4団体統一王者デビン・ヘイニーに、リングの戦いに専念するためにウクライナから帰ってきた技巧の鬼ワシル・ロマチェンコが王座復活をかけて挑む。ライト級は今からもっと華やぐ季節になるはず。そして、スティーブンソンという大きな関門を打ち破れたら、吉野もそのメインキャストに抜擢される。

「すごいですね。おもしろいですね」

 吉野に屈託のない笑顔が輝いた。厳しい戦いになるのは間違いないにしても、無心のまま栄光を追いかけるこの男に勝利の期待を寄せたい。

ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者

山口県出身。少年期からの熱烈なボクシングファン。日本エディタースクールに学んだ後、1984年にベースボール・マガジン社入社、待望のボクシング・マガジン編集部に配属される。1996年にフリーに転じ、ボクシングはもとより、バドミントン、ボウリング、アイスホッケー、柔道などで人物中心の連載を持ったほか、野球、サッカー、格闘技、夏冬のオリンピック競技とさまざまスポーツ・ジャンルで取材、執筆。2005年、嘱託としてボクシング・マガジンに復帰。編集長を経て17年、再びフリーに。

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