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なるか! ボクシング軽量級世界王座完全制覇。 期待は膨らめど、喜びきれない事情

宮崎正博ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者
八重樫東が勝っていれば、ライトフライ級王座は日本選手がすべてを占めていた(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 7月23日、京口紘人(ワタナベジム所属)がボクシングのIBF世界ミニマム級タイトルを手にした。チャンピオンのホセ・アルグメド(メキシコ)の粘り強い攻撃に手を焼きながらも、9回には左フックを顔面に決めて痛快なダウンを奪っており、まずは立派な王座奪取と評価したい。日本人としてタイ記録となる8戦目での世界タイトル奪取というのも勇ましい。京口の勝利は日本ボクシング界にとって、新しい目標を掲げてくれる。最も軽い階級から数えて二つ、ミニマム級、ライトフライ級の世界タイトルを、日本人選手だけで独占してしまう可能性もあるのだ。ただし、このタイトル独占。喜ぶべきなのか、悲しまないまでも、顔をしかめる状況なのか。現段階ではちょっとわからない。国内に世界チャンピオンが多数いる現況を日本のボクシング界がうまく活用してさらなる飛躍をとげるには、何が必要か。

すでにカウントダウンは始まった

 まずはリストを見てもらいたい。日本の軽量級2階級での“完全制覇”が、もう至近距離にまで迫っているのが分かる。

ミニマム級(47.6キロ・リミット)

WBC(世界ボクシング評議会) ワンヘン・ミナヨーティン(タイ)

WBA(世界ボクシング協会) ノックアウト・CPフレッシュマート(タイ)

IBF(国際ボクシング連盟) 京口紘人(日本=ワタナベジム)

WBO(世界ボクシング機構) 福原辰弥(日本=本田フィットネスジム)

ライトフライ級(48.9キロ・リミット)

WBC 拳四朗(日本=BMBジム)

WBA 田口良一(日本=ワタナベジム)

IBF ミラン・メリンド(フィリピン)

WBO 田中恒成(日本=畑中ジム)

 日本選手が国際的に認められるメジャー4団体で過半数の世界タイトルを占めている。8月27日にミニマム級WBO王者の福原は防衛戦を予定しているが、挑戦者は日本の山中竜也(真正)で、ベルトの国外流出のおそれはない。9月13日にパランポン・CPフレッシュマート(タイ)相手に2度目の防衛戦を行うWBOのライトフライ級王者、田中も対戦者との力量差を考えれば、きっと圧勝できるのだろう。

 八重樫東(大橋)がメリンドに番狂わせの初回TKO負けでIBFタイトルを失っていなかったら、ライトフライ級は日本勢独占だったというのも、残念な事実ではある。

世界王座乱立が浮き彫りになる可能性もある

 ただ、この日本人大活躍には期待感とともに不安もつきまとう。世間の評価を素直に勝ち得るかどうかだ。

 もともと4つも世界一があること自体、一般にはわかりにくい。最初の世界タイトル公認団体ができたのが1920年代で、その後、主導権争いから分裂に分裂を重ねた結果なのだが、そんな事情は熱心なファン以外はわからない。さらにWBAが一定以上の防衛実績を持つチャンピオンや他団体との統一チャンピオンをスーパー王者、あるいは統一王者と別枠にして、指名挑戦者との対戦を義務をなくしてしまう。レギュラーの世界王座を作り直し、その最強の挑戦権有資格者をランキング1位から取り外して暫定チャンピオンにする(現在は撤回されている)。これでいよいよ訳がわからなった。さしてボクシング興味のない人に「なんで同じ階級に世界チャンピオンがいっぱいいるの」と素朴な疑問を投げかけられ、順序よく説明したつもりでも、「ま、業界の都合というものかな」で片付けられるのが現状である。

 海外ではトップ級のトップに限り、チャンピオンベルトにはこだわらない選手やプロモーターも出てきているが、日本は典型的な肩書き社会であり、チャンピオンとなって初めてボクサーであることが職業として認知されるケースも少なくない。それ以上に、我が国のプロボクシングに対する認知度の低さが、世界チャンピオン作りを急がせるているのは、致し方ない現況である。もっと爆発的な人気を勝ち取れば、少しは事情も分かってもらえるはずだが、今のところそうはいっていない。

なぜ、軽量級ばかりなのか。

 それにしても、日本の場合は最も軽いミニマムやライトフライに“世界一”がふたりも三人もいる。現代では、体重50キロ以下の成人男子はどれほどいるのだろう。2015年の調査によるとライトフライ級のリミット48.9キロは中学2年生の平均体重(48.8キロ)とほぼ同じ。小柄で素早い男性がボクシングを志すのは世界的な傾向なのだが、世界のボクサーの戦績を集めるレコードサイト『Boxrec』によれば、アクティブに活動しているのはこの2階級合計で800人に満たない。これは1階級上フライ級(50.8キロ)の約770人とほぼ同数なのだ。戦いの素養にすぐれながらも体格に恵まれない人材を集め、正しい指導をしてきた日本ボクシング界の成果と胸を張れても、世界から独りよがりと言われ出したら少なからず悲しい。

ビジネスチャンスを見極めよ。

 ただ、世界チャンピオンがいっぱいいること自体は、もっと先を考えられるということも忘れてはならない。今の状況はビジネスチャンスでもあるのだ。

 ライトフライ級でWBAの田口良一とWBOの田中恒成の間で王座統一戦話が盛り上がっている。田口は京口の王座獲得と同じリングで6度目の防衛に成功している。一戦ごとにスケールを増してきているのも確認できた。一方の田中のポテンシャルは全階級をとおしても日本屈指。この両者が対決したら、間違いなく好カードに違いない。

 それでも日本にまだまだ“小さな”英雄がいるのだ。たったひとつだけの統一戦では、いかにももったいなくはないか。ここはぜひ、拳四朗も絡ませたい。25歳のWBCチャンピオンはベビーフェイスながら、むちゃくちゃ気が強い。持ち味はその強気にまかせた思い切りのいい攻撃だ。田口、田中とは実績面で差があっても、フルに力を発揮すれば、おもしろい戦いはできるはず。京口にしても左フックはとても体重48キロ弱とは思えない破壊力がある。やがて驚異のKO防衛ラッシュを演出するかもしれない。そう考えれば、どんな顔合わせでもおもしろい。

一気に世界王座統一トーナメントに進め!

 だったら、もっと豊かな発想で、日本人世界王者統一トーナメントというのかはどうか。全団体日本制覇がかなった暁には、ぜひとも検討していただきたい。もちろん、難題もその前に立ちはだかる。それぞれが契約するテレビ局の考え方、各団体が課してくる指名挑戦者との防衛戦の期限、各選手の活動方針の違い。なおかつ世界王者こそはボクサーの究極の夢であり、量り売りのように単一的な価値観で自分のベルトを切り売りされたくない。そんなボクサーたちの心理も理解できる。ただ、世界チャンピオンは世界一強い男。その全部が同じ国というのは、やはり異常な状態だ。このふたつのクラスで日本人による世界最強トーナメントは、今から構想を練り始めても決して早過ぎはしない。

世界では巨大企画がすでに進行中

 折しも、海外では世界ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)が9月から開始される。クルーザー級とスーパーミドル級でぞれぞれ8人が出場し、来年5月に決勝戦を行うというもの。優勝者には試合報酬とは別に50万ドルの賞金と、モハメド・アリ・トロフィーが授与され、WBCもダイアモンド・ベルトを贈呈すると発表している。

 ヘビー級のひとつ下で、ずっと地味な印象をぬぐえないクルーザー級には4人の世界チャンピオンがエントリーし、スーパーミドル級も世界王者はひとりだけでも魅惑のタレントがそろった。ちょっと世界の事情に通じたファンなら垂涎ものの顔合わせが続々と実現する。少なくともこの2階級は今後、大きな脚光を浴びることだろう。

 こういった企画こそが明日の競技の活力、スーパースターを生み出す。日本のボクシング界も花形スポーツに君臨したいのなら、もっと前のめりになって奮闘すべきときである。

ボクシングライター/スポーツコラムニスト/編集者

山口県出身。少年期からの熱烈なボクシングファン。日本エディタースクールに学んだ後、1984年にベースボール・マガジン社入社、待望のボクシング・マガジン編集部に配属される。1996年にフリーに転じ、ボクシングはもとより、バドミントン、ボウリング、アイスホッケー、柔道などで人物中心の連載を持ったほか、野球、サッカー、格闘技、夏冬のオリンピック競技とさまざまスポーツ・ジャンルで取材、執筆。2005年、嘱託としてボクシング・マガジンに復帰。編集長を経て17年、再びフリーに。

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