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TBS報道特集、介護施設「ブラックボックス化で不信感」の報道で、介護業界はますます追い詰められる

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
TBS「報道特集」ではコロナ禍の介護施設がブラックボックス化していると報じた(写真:イメージマート)

残念なネガティブな印象の報道

2021年度、高齢者施設での虐待件数が過去最高になった。2023年5月6日放送のTBS「報道特集」では虐待件数が過去最高となったことを踏まえ、コロナ禍で高齢者施設がブラックボックス化し、入所者の家族が不信感を募らせていると報じた。

高齢者虐待の件数は相談、認定件数とも2021年度は過去最高だった(厚生労働省 令和3年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 より引用)
高齢者虐待の件数は相談、認定件数とも2021年度は過去最高だった(厚生労働省 令和3年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 より引用)

特集で取り上げられていたのは、中国地方のある特別養護老人ホーム。ベッドからの転落事故6日後に死亡した入所者など、3人の入所者の事例を紹介している。特集は、家族が施設に対して開示請求して入手した写真付きの介護記録や、施設、診察した医師などへの取材結果で構成されていた。

この特集では、取り上げた施設で虐待があったという指摘はしていない。しかし、「状況証拠」のような映像や資料で構成され、虐待があったと強く示唆する内容となっていた。

特集で流されたのは、入浴介助でアザがあることに気づいた元職員が、「家族が虐待とみなして退所した」と語る映像や、入所者家族のひとりが「憶測だが、殴られたと思っている」と語る映像。そして、“現場の対応に疑問がある”と指摘した日本高齢者虐待対策防止学会副理事長の医師が、施設の介護記録を見ながら疑問点を語る映像などだ。

虐待があったと明確に認定したのは、取り上げられた施設が所在している「市」だ。市は、症状に応じた受診などの対応が遅れたことが「不適切な介護」か「虐待」かという点について、虐待(ネグレクト)と判断した。判断したのは2023年3月。2021年7月の死亡から1年8カ月後の認定だった。

高齢者虐待における「ネグレクト」には、「必要な医療や介護を受けさせない」ことが含まれる。市はこれにあたると判断したと思われるが、果たしてネグレクトに該当するのか。この点については後で触れる。

特集で取り上げられていた入所者家族たちは、施設に対して虐待など不適切な介護があったとして弁護団を結成。夏までに損害賠償請求をすることを特集で伝えていた。

特集は、見た者に「この施設は虐待をしているのではないか」「面会を中止していた施設は“ブラックボックス”で、中で何をしているかわからない」と強く感じさせるものだった。

非常に残念なことだ。

厚生労働省「高齢者虐待防止の基本」より一部改変して引用
厚生労働省「高齢者虐待防止の基本」より一部改変して引用

施設が意図的に「ブラックボックス化」したわけではない

介護現場は新型コロナの感染が日本で始まった2020年1月末以来、緊張を強いられてきた。3年余りにわたり、クラスター感染を発生させないよう感染予防に神経を使い、一般の人たちよりはるかに厳しい行動制限にも耐えてきた。

そんな介護の現場を「報道特集」が、新型コロナ感染症が5類に移行するタイミングで、このようなテーマで取り上げたことを非常に残念に思った。介護の現場は、5類移行によって一般の人たちの感染予防意識が低下することや、感染者の把握が十分できなくなることでの影響を、非常に懸念している。

そんなときに「施設のブラックボックス化」「それによる虐待疑い」という、ネガティブキャンペーン。これが介護現場に与える心理的ダメージは大きい。

「ブラックボックスになってしまったのは施設側の意図ではありません。それなのに、そんな言われ方はつらすぎます」と、特別養護老人ホーム・美里ヒルズ(三重県津市)の施設長・世古口正臣さんは嘆く。

面会中止によって、入所者の気持ちが不安定になったり、認知機能の低下が進んだりするケースが多くの施設で見られた。それを問題視し、多くの施設では何とか家族と会える機会をつくろうと努力してきた。

施設入り口でのガラス越しの面会、タブレットなどを使ったリモートでの面会、面接室でアクリルボード越しでの対面の面会など、様々な取り組みがあった。感染が落ち着いている時期は、個室の居室での面会を受け入れていた施設もあった。

「施設のブラックボックス化」という言葉は、多くの施設のそうした努力を吹き飛ばしてしまう威力がある。

入所者の家族には、施設側は見られたくなくて面会を中止していたわけではないことを、改めて理解してほしいと思う。

問題点を指摘することももちろん必要だろう。しかし、介護業界はポジティブな報道よりネガティブな報道が多い。これが続けば、介護職員のモチベーションをそぎ、人材募集にも影響する。結果、介護業界はますます苦境に追いやられてしまう。マスコミはその点をもっと考えてほしい。

高齢者施設では、何とか家族に面会してもらおうと、様々な工夫をこらしていた
高齢者施設では、何とか家族に面会してもらおうと、様々な工夫をこらしていた提供:イメージマート

詳細な記録はケアの改善にどう生かされていたか

ここからは、この特集の内容を見ていきたい。

筆者は、介護保険制度開始以来、介護施設、介護事業所の取材を続けてきた。また、筆者自身も親族に施設入所者がおり、社会福祉士として施設で暮らす複数の認知症高齢者の成年後見人も受任している。

また、心理士として特別養護老人ホームで勤務した経験があり、国民健康保険団体連合会の介護サービス苦情相談員として、利用者からの苦情申立を受けて、施設や事業所に介護事故についての調査に入ったこともある。

このため、施設の事故対応や利用者家族の感じる施設への不信については、一定の知識は持っているつもりだ。その経験から、この特集での取り上げ方について、筆者なりの考えを述べてみたい。

特集では、開示された介護記録の映像が示された。時系列で、時には例えば内出血の部位などの画像も貼り付けられ、特記事項も詳細に書かれているデジタルの記録だ。

より良い介護を提供するには丁寧に記録を残し、そこから改善点を見出すことが大切だ。この施設では、少なくとも丁寧な記録を残す意識が浸透していると感じた。

これは評価すべき点だが、特集では触れられていなかった。詳細な記録から、何を把握し、何を見落としていたのか。記録はケアの改善にどう生かされていたのか。そこに踏み込んでいたら、どうだっただろうか。

ただ施設側の落ち度を示唆するのではなく、どこに問題があり、どうすれば改善できるかを、施設と利用者家族、あるいは視聴者との間で共有できる内容になっていたかもしれない。

特集で取り上げられていた施設では、デジタル機器を活用して詳細な介護・看護記録を残していた
特集で取り上げられていた施設では、デジタル機器を活用して詳細な介護・看護記録を残していた写真:イメージマート

本当に「ネグレクト」にあたるのか

転落事故があった入所者のケースは、受診した結果も含めて家族に報告。施設に戻ってから、嘱託医にその後の対応についても意見を求めていた。その後の状態変化も丁寧に記録されているように感じた。

特集の中で、日本高齢者虐待防止学会副理事長の遠藤英俊医師が、「発熱や喘鳴(ゼーゼーいう呼吸)等状態の変化があり、施設で見る状態ではない」と指摘している。この指摘はその通りなのかもしれない。

しかし、一般に「施設」の対応として、嘱託医の判断に介護側から異論を申し立てるのは難しい。嘱託医に「様子見」と指示されれば、それに従うのが一般的だ。

特別養護老人ホームで心理士として勤務していた際、嘱託医の判断に対する介護職員側の配慮を、非常に強く感じた。また後見人として、医師に後見人の意見を伝え、それを受け入れてもらうことの難しさに遭遇したことは何度もある。医師の判断には、医師同士であっても口をはさみにくいと聞く。

それでも、その後の異変に気づいていたなら嘱託医に報告し、受診について相談する必要はあっただろう。嘱託医は常駐しているわけではないため、異変をタイムリーには把握できないからだ。

施設は異変に気づいていたのか。それを嘱託医に報告し、受診について相談していたのか。特集では触れていなかったため不明だ。

報告・相談していなかったら、それはこの施設の「ネグレクト」なのだろうか…。

行政の判断は、施設にとってはやや酷なのではないかと感じた。

医師の判断に対して介護職員が意見するのは極めて難しい
医師の判断に対して介護職員が意見するのは極めて難しい写真:イメージマート

事故件数の把握による施設側の対応はどうだったのか

特集の中では、2021年2月のこの施設の介護ミーティングの資料が示された。それによると、入所者約50人で月に63件の事故報告があり、うち53件が内出血だったという。事故に至らない「ヒヤリハット」は別に集計されているようなので、この件数はかなり多い。

これについて、施設側は「多いことは認めるが、施設を良くするために注射痕などの細かいものも含めてすべて報告させている」と回答している。

報告が上がった事故について、この施設ではどのように検討し、件数を減らしていく対策をどのように行っていたのだろうか。この点について、特集内では触れられていなかった。

「施設を良くする」意識があるのであれば、件数を減らせるよう、改善策を検討しているはずだ。もし施設がただ件数を把握するだけに留まっていたとしたら、それは問題だ。そこまで踏み込んだ報道があれば、この施設が適切な介護をしているかどうかも見えやすくなる。

また、内出血についていえば、ワルファリン、バイアスピリンなどの抗血栓薬を服用していると起きやすくなる。この点は、特集でも触れられていた。

筆者の親族にも抗血栓薬を服薬している高齢者がいるが、本人もまったく覚えがない大きな内出血によるアザが、毎週のように発生している。非常に痛そうなので確認すると、いつも「まったく痛くない。いつできたかわからない」という回答だ。

そうした事情を知らないと、内出血は虐待の結果のように見えやすい。特集で指摘された内出血の多さは、虐待によるものか、入所者の服薬等によるものか、介護技術の未熟さで起きたものなのか。それを施設の記録に記載されていた写真から判断するのは、なかなか難しいと感じた。

内出血によるアザについて、前出の世古口さんは、こう語る。

「アザはできやすい方とそうでない方がいらっしゃいます。ベッド柵や車いすの肘掛けにちょっとあたっただけでアザになる方や、いつも通りに移乗介助しただけで内出血する方もいるので、そういう方はリフトで移乗しています」

この施設では、内出血の多さについてどう考え、どのような対応をとっていたのか。そうした情報もあれば、視聴者の内出血の件数の多さに対する受け止めも違っていたかもしれない。

美里ヒルズ(三重県津市)施設長の世古口正臣さん。「報道特集」を見て「ネガティブな報道は人材確保などに悪影響を与え、介護業界の状況を悪化させないか心配」と連絡をくれた(写真はFacebook※より)
美里ヒルズ(三重県津市)施設長の世古口正臣さん。「報道特集」を見て「ネガティブな報道は人材確保などに悪影響を与え、介護業界の状況を悪化させないか心配」と連絡をくれた(写真はFacebook※より)

※https://www.facebook.com/masaomi.sekoguchi

施設と家族の間に信頼関係は築けていたか

特集で取り上げていた入所者家族と施設の関係は、そもそもどうだったのだろうか。施設側と家族は十分にコミュニケーションを取り、信頼関係を築けていたのかどうか。この点についても、特集では触れられていなかった。

筆者が苦情相談を受けていて、最も感じたのは高齢者施設・事業者と利用者家族とが信頼関係を築くことの大切さだ。

普段からこまめに連絡してくる施設・事業者に対して、利用者家族は「何かあればすぐに連絡をくれる」という信頼感を持てる。

連絡が密であれば、日頃の介護の様子も把握しやすく、安心できる。もし事故などが起きたとしても、施設・事業者に対するポジティブな印象から、施設側の説明を受け入れやすくなる。

反対に、連絡が遅い、問い合わせてもすぐに答えないなど、日頃からうまくコミュニケーションがとれていないと、家族は施設・事業者に対して信頼感を持ちにくい。

そこに事故などのトラブルが起きると、「介護方法に問題があったのではないか」「何か隠しているのではないか」など、ネガティブな受け止め方をしてしまいがちだ。

特に、もともと頻回に面会していた家族ほど、会えなくなった場合の不安は強くなる。施設はその点に十分な配慮が求められる。この施設はそれができていただろうか。

高齢者施設・事業者はどれだけ良い介護をしていても、それが利用者家族に理解されていなくては、正当な評価を受けにくい。施設・事業者は、日頃から理解してもらう努力が必要だ。

一方、家族側も介護施設・事業者がどのような介護をしているか、関心を持つことが大切だ。施設に入所させると、中には「お役御免」とばかりに関心を寄せなくなる家族もいる。しかし、それでは困る。

施設に任せきりにしていては、事故など何かトラブルがあったときに状況をすぐに正しく把握するのは難しいだろう。にもかかわらず日頃無関心でいながら、事故が起きたら「信じて任せていたのに」と、一方的に施設側を責める家族もいる。

しかし、その考え方はいかがなものか。

家族は、介護を必要とする高齢者を施設や介護事業者と共に支えていく立場にある。そうした意識を持つことが、より良い介護をつくっていく。

「報道特集」のような番組でこそ、そういう意識を持つよう、視聴者に広く伝えていってほしいと思う。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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