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訪問介護事業所、管理者の本音トーク。「この状況で介護報酬を下げるなら、私たちにも考えがある」

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
予想外の訪問介護報酬引き下げに、訪問介護事業所の管理者たちは…(写真:アフロ)

衝撃の訪問介護の本体報酬引き下げ

2024年度介護報酬改定で、訪問介護の本体報酬単価が引き下げられることが決まった。2022年度の利益率が、全サービス平均2.4%だったのに対し、訪問介護7.8%と高かったことが、報酬引き下げの一つの根拠となった。

訪問介護の本体報酬の引き下げ幅は、下表の通り2~12単位となる。

厚生労働省「介護報酬の算定構造」をもとに筆者が作成
厚生労働省「介護報酬の算定構造」をもとに筆者が作成

一方で、介護職員等の処遇改善のための加算※は、上表の通り3つあった加算が一本化され、加算率が引き上げられる。他のサービスの加算率が2.9%~18.6%にとどまったのに比べ、訪問介護の加算率は14.5%~24.5%と、大幅に引き上げられた(下記の別表参照)。

※処遇改善のための加算……要件を満たした介護事業所で働く介護職員の賃金改善を行うための加算。現在は「介護職員処遇改善加算」「介護職員等特定処遇改善加算」「介護職員等ベースアップ等支援加算」が積み重なる3階建ての構造だが、今回の改定で「介護職員等処遇改善加算」に一本化される。

▼【別表】新しい処遇改善加算 

厚生労働省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」より抜粋引用
厚生労働省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」より抜粋引用

厚生労働省は、「本体報酬だけを見るのではなく、処遇改善加算の引き上げで最大24.5%の加算がつくなど、報酬改定を全体として評価してほしい」という言い分だ(*1)。

しかし、本体報酬引き下げの衝撃は大きい。

この予想外の引き下げに対し、「地域包括ケア※を推進すると言いながら、どういうことか」「訪問介護が崩壊する」という声が、あちこちから上がっている。

訪問介護の収益は、本当に黒字なのか。

処遇改善加算等によって、経営へのマイナスの影響は避けられるのか。

訪問介護事業の持続は可能なのか――。

2024年2月中旬、訪問介護事業所の管理者5人に、厳しい訪問介護の現状、今後の展望について本音で語ってもらった。

【参加者】
Aさん 創設25年、介護保険開始前から運営する訪問介護事業所の管理者。
Bさん NPO法人の訪問介護事業所管理者。
Cさん 住宅型有料老人ホーム併設の訪問介護事業所管理者。
Dさん 社会福祉法人が運営する訪問介護事業所管理者。
Eさん ヘルパー仲間3人で立ち上げた創設16年の訪問介護事業所管理者。

報酬引き下げでさらに倒産が増える

まず、今回の介護報酬引き下げについて、どう思ったかを聞いてみた。

すると「まさか下がるとは思わなかった」と、みな口をそろえる。

Aさん 「地域包括ケア※の推進には訪問介護が欠かせない。ヘルパー不足が深刻な中、報酬は上がることはあっても下がるはずはないと思っていた」

Bさん 「例えば報酬が10単位下がるとすると、1単位10円として100円。1日20件の訪問で2000円。ヘルパーが1カ月25日稼働したとして月5万円。年間にすると60万円。報酬が次期改定の3年後まで変わらないとすると、3年間で180万円の収入減。これは徐々に経営に打撃を与えていく」

報酬引き下げの根拠とされた収益も、当然、皆が黒字というわけではない。

Aさん 「何年か前から、訪問介護だけだったら完全に赤字。訪問看護を併設しているから成り立っている」

Dさん 「うちは比較的事業所数が多く、何とかトントンだが、ここ数年、ヘルパー不足で新規依頼を受けることができず、収益はむしろ下がっている」

Aさん、Dさんの事業所は常勤を複数抱えている。そのため人件費負担が大きく、収益が上がりにくいのだ。

もちろん、黒字の事業所もある。

自宅敷地内で運営するなど、ランニングコストを抑えられる事業所。登録ヘルパー中心の運営で人件費負担が比較的軽い事業所。スケールメリットを生かせる大規模事業所。サービス付き高齢者住宅※併設など、効率よく訪問できる事業所などだ。

つまり、規模や運営スタイルによって、訪問介護の収益率にはかなり差がある。それをひとまとめにして報酬を引き下げれば、小規模事業者には大きなダメージとなる。

東京商工リサーチによれば、2023年の全国での訪問介護事業者の倒産件数は、過去最多の67件(*2)。ヘルパー不足や燃料費の高騰が影響している。

Eさん 「これから倒産・廃業する事業者や、事業統合する事業者が、さらに増えるのでは?」

※地域包括ケア……「医療や介護が必要な状態になっても、可能な限り、住み慣れた地域でその人なりの自立した生活を続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される」という考え方

※サービス付き高齢者向け住宅……面積、設備等が一定の基準を満たし、安否確認、生活支援サービスなどが付帯している高齢者専用の賃貸住宅

昨年、過去最多の倒産件数だった訪問介護事業だが、今年はさらに増えるかもしれない
昨年、過去最多の倒産件数だった訪問介護事業だが、今年はさらに増えるかもしれない写真:アフロ

処遇改善加算がアップしても事業所運営は楽にならない

厚生労働省は、処遇改善加算の引き上げを強調するが、管理者たちの評価は低い。

Cさん 「これまで処遇改善加算を取っていなかった事業所にとっては、報酬アップにつながるが、多くの事業所がすでに取得済み」

Bさん 「ヘルパーの時給は、この加算を折り込んで設定しているし、加算報酬は、本体報酬に連動するから、本体報酬が下がれば加算額も少なくなる。そもそも処遇改善加算は職員に還元するもので、どれだけアップしても事業所の運営は楽にならない」

Dさん 「本当なら、常勤ヘルパーを正職員にしてあげたい。介護報酬が上がれば給料を引き上げ、ヘルパーの新規採用もしやすくなる。そうすれば、売り上げをアップして、また給与をさらに引き上げて、ということもできる。しかし報酬引き下げで事業所の収入が減れば、そんな対応は難しい。むしろ今まで以上に給料をアップしにくくなる」

ヘルパー不足は深刻だ。

管理者たちはみな、「仕事はあるのにヘルパーがいないから、依頼を断らざるを得ない」と嘆く。この日は、集まってくれた5人のほかに、2人の管理者が参加予定だった。しかし、訪問に出ていて参加できなかった。

Aさん 「本来、管理者は事務所にいてサービスの質や人材、収支の管理や調整をする役割。しかし、ヘルパー不足で代わりに現場に出ざるを得ない状況だ」

本来、現場に出ることはない管理者も訪問しないと回らないほど、ヘルパー不足は深刻だ
本来、現場に出ることはない管理者も訪問しないと回らないほど、ヘルパー不足は深刻だ写真:イメージマート

最低賃金引き上げでヘルパー採用はさらに困難に

ヘルパーの新規採用は、長く困難な状態が続いている。

Eさんは、最近、「他では雇ってもらえなくて」とやってきた70代のベテランヘルパーを採用した。年齢的に身体介護は難しいため、家事援助を担当してもらっているという。

管理者たちに、それぞれの事業所のヘルパーの年齢を聞いてみると、40代が主力というCさん以外、40代のヘルパーはどこも1~3人程度だ。主力は50代、60代。中にはEさんの事業所同様、70代以上のヘルパーもいる。40代が多いCさんの事業所も、1/4強が派遣のヘルパーだ。採用できなければ、人材確保のため、派遣の活用は止むを得ない。

Cさん 「派遣の人数はこれからもっと増えそうだ」

Eさん 「かつては、団地にヘルパー募集のポスティングをしたら少しは応募者があった。いい時代だった。ヘルパーの時給が、スーパーのレジ打ちやコンビニのアルバイトより、ずっと高かったから。でもいまは、最低賃金が毎年のように上がって、相対的にヘルパーの時給には魅力がなくなった」

Aさん 「人材紹介会社からヘルパーの紹介がたくさん来るが、採用したい人がいても、紹介料が想定年収の30%前後。そんなに支払う余裕はない」

Dさん 「高齢になったヘルパーが退職していく一方で、新しい人は入ってこない」

Bさん 「このまま若い人が来てくれなかったら、10年後、訪問介護は継続できなくなる」

在宅の現場は介護家族だけでなく、ヘルパーまでもが「老老介護」に向かい、先が見えない。

時には、80歳代のヘルパーが60歳代、70歳代の要介護者を介護することもある
時には、80歳代のヘルパーが60歳代、70歳代の要介護者を介護することもある写真:イメージマート

そして利用者が取り残される

ヘルパー不足に介護報酬引き下げ。訪問介護事業の将来はどうなるのか。

管理者たちは、「私たちも事業存続のために自衛せざるを得ない」という。

その自衛策とは、例えば障害福祉サービスへのシフトだ。

今回、介護報酬と同時に障害福祉サービスの報酬も改定され、わずかながら引き上げられた。また、処遇改善加算については、介護保険サービス以上に手厚い対応がとられた。

厚生労働省「障害福祉サービス費等の報酬算定構造」をもとに筆者が作成
厚生労働省「障害福祉サービス費等の報酬算定構造」をもとに筆者が作成

Bさん 「同時に依頼が来たら、介護より障害のサービスを取らざるを得なくなる」

Eさん 「単価が安い介護の要支援の依頼も、枠がいっぱいだからとお断りするとか。そういう経営の仕方をしないと成り立たない」

Bさん 「要支援の依頼を受けてくれる事業者が少なく、困っているケアマネジャーを見かねて引き受けているが、そのあとで要介護の依頼があるとガックリくる。経営的にはダメージだ。これからはだんだん、こちらが利用者を選ぶ時代になるのかも。ハラスメントがある人は受けない、とか」

これまでも、介護保険の持続可能性を担保するために、収支差のプラスが大きいサービスが狙い撃ちされてきた。報酬が引き下げられたサービスは、廃業に追い込まれる事業者が増え、生き残ろうとする事業者は自衛策をとらざるを得なくなる。

それを誰がとがめることができるだろうか。

結果として、しわ寄せは利用者に行く。

介護保険制度はあっても、担い手はいなくなり、利用者が取り残される。

そんな時代は、おそらくもうすぐそこまで来ている。

<参考資料> いずれも2024年2月19日閲覧

*1 訪問介護の基本報酬引き下げ 厚労省「加算拡充を含めた改定全体で評価してほしい」(JOINT介護ニュース 2024年2月6日)

*2 訪問介護事業者 去年の倒産件数67件 過去最多に (NHK 2024年1月25日)

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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