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職員、入所者が感染! それでもクラスター化させなかったある高齢者施設の対応

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
クラスターを起こさなかった高齢者施設では、平時から十分な感染症対策を行っていた(提供:イメージマート)

高齢者施設では1週間で約300件のクラスター発生

ピークアウトしたと言われながら、未だ終息が見えない新型コロナ感染第6波。高齢者施設ではクラスターの発生が続いている。高齢者施設では、2022年の年初から徐々にクラスターが増え始め、2月1~7日の1週間では、全国の高齢者施設で約300件発生。第5波では最多でも43件/週だったのだから、その差は歴然だ。

ちなみに神奈川県内でも下記のように増加の一途をたどり、介護福祉分野で2月15~21日に100件を超えるクラスターが発生している。

「新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について/神奈川県の現況<2月21日更新>」より(グラフは筆者作成)
「新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について/神奈川県の現況<2月21日更新>」より(グラフは筆者作成)

感染力が高く、症状の出にくいオミクロン株は、感染したことに気づかぬまま職員が勤務を続け、感染を拡大させてしまうことがある。そのため、陽性とわかったときには、すでに数十人に感染が拡大していたという施設もある。そこから、感染を終息させるまでの苦労は察するにあまりある。その一方で、陽性者が出ても感染を拡大させずにすんだ施設もある。

クラスターが発生した施設は不運が重なったのかもしれない。しかし、クラスターを起こさなかった施設は、決して幸運だけでクラスターを免れたわけではない。必要な対策を粛々と行っていることが、感染拡大を阻止する大きな要因となっている。

たとえば、神奈川県川崎市の特別養護老人ホーム菅の里(以下、「菅の里」)では、年明けから散発的に6回の感染、7人の陽性者を出しながら、クラスターを発生させずに感染を終息させている。新型コロナ感染症以前からの感染対策の徹底に加え、全職員に対する定期的なPCR検査の実施、感染発覚後の迅速で的確な対応などがその要因と考えられる。その対応を紹介したい。

発症に気づかず夜勤したものの濃厚接触者なし

まず「菅の里」での1人目の感染ケースを見てみよう。

A介護職員の陽性判明とその後の対応。保健所に提出したリストには感染した職員が行った介助や、感染した職員と他の職員、入所者の接触可能性を記載した(筆者作成)
A介護職員の陽性判明とその後の対応。保健所に提出したリストには感染した職員が行った介助や、感染した職員と他の職員、入所者の接触可能性を記載した(筆者作成)

「菅の里」では2021年9月から、神奈川県・日本財団の無料PCR検査事業を活用して、毎週水木に約90人の職員全員に検査を実施し、感染者がいないかを確認している。この検査で初めての感染者が判明したのは、1月9日(日)だった。

感染したA介護職員は、前々日の7日に37.1度の発熱があり、受診したが風邪の診断。翌日は平熱だったため、出勤して通常通り勤務している。新型コロナは症状が出る2日前から感染するとされているが、幸いだったのは、A介護職員は発熱した7日の前々日が夜勤明け(夜勤を終えて朝、帰宅する日)、翌日は公休、発症した日は休暇だったことだ。

発症後も勤務しているが、それも夜勤。不織布マスク着用で勤務し、排泄介助も含め、15分以上、利用者と接する業務はなかった。また、同じ日に夜勤担当だった職員2名とは、食事を一緒に摂っておらず、2人ともこの職員と接する際には不織布マスクをつけていた。

このため、保健所は濃厚接触者なしと判断。ただし、同じ日に夜勤をした職員2人は、「健康観察者」として自宅待機とし、その後、PCR検査で陰性が確認されるまで勤務しなかった。

A介護職員の勤務シフトが、食事介助やレクリエーションなど、入所者、職員と接する機会が多い昼間の勤務だったら、結果は違っていたかもしれない。幸運だったと言えるだろう。

日曜日の感染発覚で相談先が見つからない

一方、初めての感染発生が発覚した9日が日曜日だったのは、感染対策を担う入所介護課課長の藤谷敬一郎さんにとっては不運だった。休庁日のため、どのように対応すればいいかを相談する先が見つからない。戸惑っている間に神奈川県から連絡が入った。

「PCR事業を運営している日本財団からの連絡で、当施設での陽性者発生を知ったそうです。対応について確認すると、まず陽性者は受診して確定診断を受けること、勤務中の他の職員や入所者との接触状況、過去1週間の行動履歴を確認することを指示されました」(藤谷さん)

「菅の里」では2021年9月から、自分の10日間毎の行動を記録する「行動確認書」の作成を職員に推奨している。提出義務はないが、万一感染した際には必要となるものなので、職員にとっては日課となっている。このときも、A介護職員の「行動確認書」が役立った。

この時点で「菅の里」がとったのは、A介護職員と同じフロアの職員、入所者は全員感染しているという前提で、入所者に原則として居室で過ごしてもらうという対応だった。中には、認知症があって状況を十分理解してくれず、居室に留まろうとしない入所者もいた。居室から出て行く入所者に何とか居室で過ごしてもらえるよう、このとき、職員は入所者を居室に留めることにかなりのエネルギーを割くことになった。

特別養護老人ホーム菅の里。1階がデイサービス、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター。2,3階が入所フロアで、ショートステイの居室もある(写真は菅の里提供)
特別養護老人ホーム菅の里。1階がデイサービス、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター。2,3階が入所フロアで、ショートステイの居室もある(写真は菅の里提供)

徹底した感染フロアとの切り離し

感染の拡大を防ぐには、感染区域と非感染区域を明確に区別する必要がある。

「菅の里」では、感染が発生したフロアの職員と他のフロアの職員が接触しないよう、感染フロアの職員は施設1階にあるロッカールームの使用を停止。勤務フロアに上がる階段も分けた。食事の受け渡しも、エレベーターに食事が入った配膳車だけを乗せるなど、感染フロアとの切り離しを徹底。食事の提供の仕方も工夫した。

「感染対策として食事は全員が集まる食堂ではなく居室で召し上がっていただき、一時的に使い捨ての食器を使用しました。その食器をフロアの居室担当職員が回収するという対応をとりました」(入所介護課相談係長・岡田知恵さん)

職員同士の接触も極力減らした。職員の食事休憩は6畳の広さのフロア休憩スペースで、パーティションで隔てて同じ方向を向いて座り、同時に2人まで。「食事中は話をしない」という張り紙をし、今も黙食を徹底している。

入所者への食事介助ではフェイスシールドを着用していたが、1月の感染発生後は、すべての介助時にフェイスシールド着用を義務づけた。

「菅の里」では、このあと1月13日にB介護職員、2月3日に看護師、2月7日に事務職員、2月15日に介護職員と、散発的に感染者が出た。しかし、いずれも濃厚接触者はなく、感染拡大も起きなかった。

1月13日のB介護職員は出勤後にのどの痛みの訴えがあり、勤務に入らずすぐに退勤。入所者、職員との接触はなかった。その後、PCR検査で陽性と判明。先に症状のあった同居家族の感染がわかり、家庭内感染と考えられた。

2月3日の看護師は、発症前後に入所者に1日3回の検温を行っていた。しかし、接触時間が短く、N95マスク(*)+フェイスシールド着用だったため、保健所は濃厚接触者なしと判断。念のため、発熱があった入所者だけにPCR検査を実施した(陰性)。

2月15日の介護職員も、不織布マスク+フェイスシールド着用だったため濃厚接触者なしとの判断だった。このときは、食事介助、入浴介助を行った入所者にだけPCR検査を実施した(陰性)。

ただし、職員に関しては、感染者が出た際、全員に対して臨時のPCR検査を実施し、陰性を確認している。

*N95マスク……結核菌など空気感染する微粒子も95%防ぐことができるマスク

入所介護課課長・藤谷敬一郎さん(右)と入所介護課相談係長・岡田知恵さん。感染予防を推進する立場のお二人は、写真もマスク着用で(写真は「菅の里」提供)
入所介護課課長・藤谷敬一郎さん(右)と入所介護課相談係長・岡田知恵さん。感染予防を推進する立場のお二人は、写真もマスク着用で(写真は「菅の里」提供)

パーティション越しでも感染?

A介護職員、B介護職員の感染終息後、今度は1月24日、この日入所したショ-トステイ(*)利用者Cさんの同居家族の感染が判明した。

「菅の里」ではA職員の感染後に抗原検査キットを購入・使用開始していたが、このキットではCさんは陰性だった。しかし、感染した家族の濃厚接触者と考え、利用を中止。職員が防護服を身につけ、施設車両で自宅まで送っていった。

*ショートステイ……1日~30日間の期間限定の入所利用のこと。

ショートステイ利用者2名についての感染判明とその後の対応。Cさん家族の感染がわかってすぐに帰宅してもらったことで、最小限の感染で抑えられた(筆者作成)
ショートステイ利用者2名についての感染判明とその後の対応。Cさん家族の感染がわかってすぐに帰宅してもらったことで、最小限の感染で抑えられた(筆者作成)

問題はこのあとだ。

昼食の際に、Cさんとパーティションを隔てて隣同士だったDさんが、3日後の27日に発熱。28日には抗原検査キットで陽性と判明したのだ。このときDさんの熱は38.6度で、ぐったりとした様子。「菅の里」では保健所に入院要請したが、川崎市内はすでに病床が逼迫。発熱だけでは入院できない状況となっていた。

「施設内で療養し、酸素飽和度が93%以下で明らかな息苦しさなどが見られたら、保健所を通さずに救急要請するように言われました。治療薬のモルヌピラビルを処方していただき、様子を見ることになりました」(藤谷さん)

幸いモルヌピラビルが効き、Dさんは翌日には熱が下がり、元気を回復した。

「居室隔離」は緩やかな対応に変更

Dさんが過ごしていたフロアでは、再び「居室隔離」の対応をとっていた。しかし、最初の職員感染時の対応を踏まえ、やり方を変えた。居室に留まれない入所者には自由に過ごしてもらい、居室に留まれる入所者にだけ徹底的に居室で過ごしてもらうことにしたのだ。すると、強く居室隔離を行ったときより、居室で過ごすことを受け入れてくれる入所者が多かった。

「最初の感染発生時は、どこにウイルスがあるかわからないから居室隔離を徹底しようと考えました。それで、職員も必死で入所者の方に居室に留まるよう働きかけました。しかし、それは非常に難しい対応です。居室に何度ご案内しても出てこられる方に対して、『どうしたらいいの』と感じた職員も、中にはいたかもしれません。

入所者の方たちも、その仰々しさには違和感を覚えたと思います。しかし今回は、無理をしなかった。そのため、職員はゆったりと対応できたのが良かったと思います。入所者の方にも、周りにあまり人がいないから私も居室にいようかなと、自発的に居室に戻ってくださるという効果がありました」(藤谷さん)

Dさんは発症翌日から10日間の隔離期間を終えた2月7日、症状がなかったため帰宅した。

感染者の出たフロアは、再び居室隔離に。しかし、入所者が居室から出ても、緩やかに見守りながら過ごすようにしたところ、かえって居室に留まってくれる入所者が増えたという(写真はイメージ)
感染者の出たフロアは、再び居室隔離に。しかし、入所者が居室から出ても、緩やかに見守りながら過ごすようにしたところ、かえって居室に留まってくれる入所者が増えたという(写真はイメージ)写真:イメージマート

保健所に高く評価された介護体制

高齢者施設では、平時もしばしば入所者に発熱が見られる。「菅の里」では嘱託医と相談しながら、症状から判断し、必要に応じて抗原検査キットを使用し、コロナ感染のスクリーニングを行っている。

「感染発生を何回か経験し、感染者が出たときの流れはほぼできてきたと思います。毎週行っている全職員対象のPCR検査の結果は土曜日の夜にわかりますので、陽性者が出た場合には、感染対策に対応できる担当者がすぐ出勤できる体制をとっています。

ショートステイの入所受け入れを中止する場合はどのような対応が必要かなど、動き方も確立できてきたので、日曜日の午前中までには関係各所への連絡を終えることができるようになりました」(藤谷さん)

そもそも、「菅の里」では通常時の介護体制自体が感染予防に奏功していると、保健所に高く評価されたのだという。

「例えば、入浴は、基本的には一人の職員が入所者の方を居室や食堂からお連れして入浴介助をし、また居室や食堂にお連れしてから、次の方をご案内します。複数の職員が役割分担して引き継いでいくこともありませんし、並んで待っていただくこともありません。食事介助も一対一で対応し、同時に複数の方を介助することはありません」(岡田さん)

「食事の席も、4人部屋の居室ごとのテーブルにしているので、感染者が出てもその居室だけに留まるよう配慮しています。介助する職員も決まっているので、もし感染が広がったとしても、限られた範囲ですんだのではないかと思います」(藤谷さん)

「菅の里」では食事の席をパーティションで区切り、居室単位にしていることから、施設内で感染が広がったとしても大きな感染拡大になりにくい(写真は「菅の里」提供)
「菅の里」では食事の席をパーティションで区切り、居室単位にしていることから、施設内で感染が広がったとしても大きな感染拡大になりにくい(写真は「菅の里」提供)

「当たり前のことをやっているだけ」

このほか、入所者の歯ブラシやコップなども、接触がないよう間を開けて収納するなど、「菅の里」では日頃から感染対策には細心の注意を払っている。

職員の喫煙スペースは建物外にあるが、普段から複数人が一緒に喫煙することも、おしゃべりをすることも禁じている。

また、まん延防止等重点措置などが発令されている間は、入所者の定期受診を受診先の担当医と相談しながら可能な範囲で延期。どうしても受診が必要な際は、すべて施設が送迎、付き添っての受診にしている。

そもそも「菅の里」では、新型コロナの感染拡大以前から、感染症対策委員会を冬場は毎月、夏場も5月と9月に開催していた。新型コロナ感染拡大以降は、夏場もほぼ毎月開催し、入所者対応と職員の行動、環境整備などについて検討、確認し、常に職員間で共有している。

こうした対応を、藤谷さん、岡田さんは、「特別なことはしていない。当たり前のことをやっているだけ」と言う。

2020年1月に国内で新型コロナの最初の感染者が出たあと、筆者が知る高齢者施設の中で、最も早く面会の全面中止を決めたのは「菅の里」だった。面会の全面中止は、入所者の精神面への影響があり、難しい問題ではある。しかし「菅の里」の早い対応は、日頃から培われてきた感染症予防の意識の高さによるものだったと言えるだろう。

感染症対策は、感染が起きてから行うのでは遅すぎる。感染症予防が「当たり前」になるほど、平時からの職員全体の感染予防意識の醸成こそが、最も効果の高い感染症対策と言えるのではないだろうか。

最後に。

「菅の里」では、居室内の気圧を室外より下げる陰圧機を神奈川県の補助金を活用し、4台購入。専用ダクトの工事を施した2~4人用の居室を4室用意している。感染者が多数発生しても入院できない状況を想定し、施設内での療養にもすでに備えていることを付け加えておきたい。(2022年2月25日取材)

「菅の里」が、新型コロナウイルスに感染した入所者の施設内での療養を視野に入れ、導入した陰圧装置(写真は「菅の里」提供)
「菅の里」が、新型コロナウイルスに感染した入所者の施設内での療養を視野に入れ、導入した陰圧装置(写真は「菅の里」提供)

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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