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訪問診療専門医が語る、新型コロナ自宅療養者への医療の実態

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
新型コロナの自宅療養者は、4割が入院が必要な状態だという(筆者撮影)

呼吸苦だけでは訪問対象外という現状

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。

全国で7万人以上(*1)が自宅療養中。東京都では、8月18日現在、約2万2000人が自宅療養しており、入院・療養等調整中も約1万2000人に上る(*2)。先進国とは思えない異常な状況だ。

自宅療養者の激増に対応し、訪問診療が提供されるようになってきたが、その恩恵に預かっているのはごく一部に過ぎない。

在宅診療医の佐々木淳さんが理事長を務める医療法人社団悠翔会では、8月11日に東京都医師会から依頼を受け、各区の医師会では対応しきれない自宅療養中の新型コロナ患者の訪問診療を行っている。いわば、自宅療養者にとっての最後のセーフティネットだ。

にもかかわらず、佐々木さんは「単に呼吸が苦しいというだけの方は、申し訳ないのですが、訪問対象外とせざるをえません」と、在宅診療の厳しい現状を語る。

佐々木さんは、昨年11月頃からのコロナ第3波では、新型コロナに感染した高齢者などの在宅看取りにも関わった。その頃とは全く様相が違うのだ。

悠翔会理事長で診療部長でもある佐々木淳さん。悠翔会は2006年の設立から15年で、首都圏を中心に18クリニックを展開。65人の医師が5000人超の在宅療養者を診る、大規模在宅診療専門法人だ(筆者撮影)
悠翔会理事長で診療部長でもある佐々木淳さん。悠翔会は2006年の設立から15年で、首都圏を中心に18クリニックを展開。65人の医師が5000人超の在宅療養者を診る、大規模在宅診療専門法人だ(筆者撮影)

「新型コロナの重症度分類(下表)では、酸素飽和度(※)が93%以下だと酸素投与が必要ですが、いま僕たちが訪問している患者さんは約7割がこの状態です。その全員を訪問することはできません。まず、食事を摂れず、点滴による治療が必要な方を優先して訪問し、治療しています」(佐々木さん)

こうした患者の中には、酸素濃縮器で酸素を投与しても、酸素飽和度が91~92%までしか上がらない人もいるという。

「病院であれば、気管に管を入れて人工呼吸器を装着する『挿管』が必要なレベルです。そういう方も、いまは入院できるまで在宅で耐えていただくしかない状況なのです」

※酸素飽和度……肺にどの程度酸素を取り込めているかを示す数値。95~99%が正常値。

■新型コロナ患者の重症度分類(医療従事者が評価する基準)

厚生労働省:「新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第5版」より
厚生労働省:「新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第5版」より

重症以外の自宅療養者の入院はほぼ困難

佐々木さんは、食事を摂れていない自宅療養者を訪問すると、状態を確認し、点滴で解熱剤、肺の炎症を抑えるステロイド剤を投与して、酸素を投与する酸素濃縮器の説明をする。本来なら入院する状態だが、空きがないため入院できないことも伝える。

診療を終えると、佐々木さんは、患者と家族にこれで様子を見て、悪化するようなら救急車を呼ぶよう伝えている。

「しかし、いまは救急車を呼んでも搬送先が見つからない状況です。そうするとさらに厳しいことになる可能性もあります、と、話さざるをえません」

第5波にのみ込まれた東京都では、8月18日現在で、都が把握しているだけですでに7人が自宅療養中に亡くなっている(*3)。

「いま、都内ではよほど運が良くなければ、『重症』レベルでないと入院できないのです」と佐々木さんは言う。

佐々木さんは訪問時、感染防御のため、空気感染も予防できるN95マスクにフェイスシールド、防護服、手袋の完全防備で、できるだけ短時間での診療を心がけている。それでも、濃厚接触者とならない限度とされる15分を上回る30分程度の滞在が必要だ。

診察時には窓を全開にし、患者にはマスクをしてもらう。可能な範囲で距離を取って診察するようにしているが、点滴をするために近づいたときなどに咳をされることもある。「それは仕方がありません」と佐々木さんは言うが、医師の感染も心配だ。

都内では1万人以上が入院調整中。病状が悪化し、救急車を呼んだとしても、すでに入院を待つ長い列があるわけで、そうした人たちを飛び越えて入院できる可能性は極めて低い
都内では1万人以上が入院調整中。病状が悪化し、救急車を呼んだとしても、すでに入院を待つ長い列があるわけで、そうした人たちを飛び越えて入院できる可能性は極めて低い写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

「このまま見捨てられるかと思った」と泣く患者

一方、呼吸が苦しくても食事を摂れている人たちへの在宅医療はどうなっているのだろうか。

本来、対面での診察の上で導入すべき酸素濃縮器は、非常時のいまは「遠隔診療(オンライン診療・電話診療)」での導入が可能になっている。佐々木さんたち医師がオンライン等で患者の状態を確認して手配し、業者が機材を玄関先に届ける。そして、業者が電話で使い方を家族等に指示するという方法が採られている。薬については、医師が処方し、薬局が自宅のポストに届けるというやり方だ。

軽症の新型コロナ患者については、オンライン診療での対応が可能だと佐々木さんは言う。

「患者さんが自立していることが前提です。血圧や体温、動いたあとの呼吸状態、食事が摂れているか、顔色はどうかなどを確認できれば、オンラインで対応可能です。もちろん、十分な診療とは言えませんし、平時であれば当然、訪問して診察すべきです。しかし、いまは『戦時』。優先順位を考えると、より多くの方に『医療を届ける』ことが重要だと考えています」(佐々木さん)

自宅療養者の中には、佐々木さんが訪問すると、「このまま見捨てられるかと思っていた」と、安堵して泣き出す人もいるという。それぐらい、病気の苦しさと不安で、自宅療養者は追い詰められている。自宅「療養」と呼ぶのであれば、行政は医療職による経過観察など、療養環境を整備する義務があるはずだ。

「当法人では、千葉でもクリニックがある地域の保健所からの依頼を受けて、自宅療養中の新型コロナ患者さんの訪問を行っています。今後は、都内か千葉か、どこがより逼迫した状況になっていくかを見極めながら、コロナ専従チーム、通常訪問診療と並行訪問チーム、オンライン診療チームの3つに分けて自宅療養者に対応していこうと考えています」(佐々木さん)

悠翔会だけでなく、地域の開業医にも自主的に自宅療養中の新型コロナ患者をフォローしている医師はいる。しかし、そうして動いてくれる医療職ばかりに負担を強いるやり方を、行政は見直すべきだろう。

佐々木さんは通常訪問の合間に新型コロナの患者を訪問。新型コロナ患者2件をオンラインで対応し、3件を訪問したある日、一日の総訪問件数は新型コロナ以外の新患3件を含め、計17件にも上った(筆者撮影)
佐々木さんは通常訪問の合間に新型コロナの患者を訪問。新型コロナ患者2件をオンラインで対応し、3件を訪問したある日、一日の総訪問件数は新型コロナ以外の新患3件を含め、計17件にも上った(筆者撮影)

1人感染すると家族全員の感染が避けられないデルタ株

佐々木さんが在宅療養者を訪問してみて痛感したのは、デルタ株の感染力の強さだという。

「家族のいる方が自宅療養する場合、従来株であれば家庭内での隔離で、ある程度は感染を防ぐことができました。しかしデルタ株は、発熱等で1人の感染がわかった時点で、同居する家族はもう感染している可能性が極めて高い。PCR検査で陰性と出ても、数日後には陽性だとわかるケースが多いのです」

それを目の当たりにしている佐々木さんは、こう訴える。

「繁華街で遊んでいる若者や、飲み会に参加している父親世代は、自分が新型コロナに感染したら同居家族全員を巻き込んでしまうことを理解してほしい。デルタ株は、若い人でも運が悪ければ重症化しますし、重症化リスクは従来株の数倍と言われています。とにかく、ウイルスを家に持ち込まないようにしてほしいのです。一人ひとりの節度ある行動が、医療現場の逼迫を抑えることにつながります」

デルタ株は、従来株ウイルスより感染力が43~90%強いアルファ型より、さらに64%感染力が強いという報告がある(*4)。1人が平均1.4~3.5人に感染させる従来株に対し、デルタ株は平均5~9人に感染させるとされ、空気感染する水ぼうそうと同程度の強い感染力を持つ。

デルタ株感染者と一緒に食事をしたら、まず感染は免れないと考えた方がいい。「密集」「密接」「密閉」の三密どころか、一密も避ける必要がある。

佐々木さんは、基本的な感染予防策を徹底すると共に、やはり早くワクチンを接種することが重要だと語る。

「6~7月は、在宅の要介護高齢者も在宅医療に携わる医療職も、ほぼワクチン接種が完了していたので、在宅療養の現場は“凪”の状態でした。しかし、デルタ株の急速な拡大で、ワクチン未接種の介護職が感染し、在宅療養者の感染も少しずつ増えてきています。

介護職には、業界団体が取りまとめて職域接種を行うなど、早く接種を進めてほしいですね。

ワクチンを接種した高齢者にも少し感染者が出ていますが、無症状の感染者も多く、重症化は避けられています。改めて、ワクチン接種には大きな意味があると感じます」(佐々木さん)

とはいえ、ワクチン接種が完了していても感染する「ブレークスルー感染」も報告されている。佐々木さんは、「ワクチンを接種し、かつ、それでも油断せず、ウレタンではなく不織布マスクを着けるなど、基本的な感染予防に努めてほしい」と語る。

新型コロナのワクチンは、デルタ株に対してもファイザー製で76%、モデルナ製で86%の感染予防効果があり、重症化リスクも下げる効果があるというデータが示されている(*5)
新型コロナのワクチンは、デルタ株に対してもファイザー製で76%、モデルナ製で86%の感染予防効果があり、重症化リスクも下げる効果があるというデータが示されている(*5)写真:アフロ

未だ完了は3割という介護職へのワクチン接種

8月17日現在、65歳以上の高齢者のワクチン接種率は、1回目完了者が88.52%、2回目完了者が84.67%と、かなり接種が進んでいる(*6)。医療職への接種も進んでいる一方で、介護職は2回接種が全員完了している介護事業所は30%。特に、在宅サービス専業の事業所では、12.6%しか全員が2回接種を完了していないという調査結果が、日本介護クラフトユニオンから示されている(下図。2021年7月14日〜8月2日に調査。回答数1003事業所)。

日本介護クラフトユニオン ニュースリリース「在宅系の介護従事者ワクチン接種 進まず」(2021年8月10日)より。※「ワクチン接種途中」は、事業所内に2回接種終了者~未接種者が混在している状況
日本介護クラフトユニオン ニュースリリース「在宅系の介護従事者ワクチン接種 進まず」(2021年8月10日)より。※「ワクチン接種途中」は、事業所内に2回接種終了者~未接種者が混在している状況

2月から優先接種が始まった医療職に対し、在宅介護職への優先接種が始まったのは、7月になってからという自治体も多い。施設等の介護職と比べても、在宅介護職は後回しだ。

日頃から連携している医療機関にキャンセル分のワクチンを回してもらうなど、職員を守るために努力している在宅の介護事業所もある。しかし、個々の事業所の努力だけでは追いつかない。

訪問介護事業所の中には、自宅療養生活を支えるために、感染リスクを承知の上で新型コロナ感染者への訪問を行っている事業所もある。ホームヘルパーが安心安全に訪問できるように、そして、自宅療養者が訪問介護による支援を受けられるよう、在宅介護職への早急なワクチン接種を行政に求めたい。

そして、特に首都圏在住の方には、いま新型コロナに感染したら、大げさでなく、医療を受けられないという信じられない状況にあることを十分理解し、自分自身と大切な人たちを守るために、極力外出を控えるようにしてほしいと思う。

※この記事は2021年8月18日現在の状況に基づいて作成した。新型コロナを取り巻く状況は日々変化しており、最新の正確な情報にアクセスし、適切な対応をとってほしい。

*1 自宅療養者7万人超 往診医師のタイムライン「危うさはある」(NHK NEWS WEB/2021年8月16日/2021年8月18日閲覧)

*2 新型コロナウイルス感染症の療養者の状況(東京都福祉保健局/2021年8月18日閲覧)

*3 東京都内 親子3人全員が感染し自宅療養中 40代母親が死亡(NHK NEWS WEB/2021年8月18日/2021年8月18日閲覧)

*4 新型コロナウイルスワクチンに関するQ&A その3(日本薬学会/2021年8月17日/2021年8月18日閲覧)

*5 「デルタ株」の感染予防、ファイザー製よりもモデルナ製が有効か…米研究チーム(読売新聞オンライン/2021年8月12日/2021年8月18日閲覧)

*6 日本国内のワクチン接種状況 副反応の情報(NHK特設サイト 新型コロナウイルス/2021年8月18日閲覧)

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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