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元気な親が倒れたら? 突然やってくる介護、ありがちな失敗 どう避ける【#令和サバイブ

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
親はいつまでも元気ではない。介護はいつかきっと、時には突然、やってくる。(写真:Paylessimages/イメージマート)

突然、元気だった親が倒れたら?

10年ほど前、筆者は要介護認定の調査員をしていたことがある。要介護認定とは、介護保険サービスを使う際、必須で行う手続きだ。

その調査員は、介護が必要となった本人と会い、心身の状態を確認する役割を担っている。

脳梗塞で倒れ、病院に入院していた男性の認定調査に行ったときのこと。立ち会っていた家族に、切羽詰まった様子でこう聞かれた。

「私たち、これからどうしたらいいんでしょう?」

聞けば、調査対象だった当時60代の男性は、リタイア後もゴルフだ、旅行だ、と活動的に過ごし、健康にも全く不安はなかったという。

妻も子どもたちもそれぞれに自分の生活を楽しみ、男性に何か起きるなどとは全く考えていなかった。

そこへ、突然の脳梗塞である。

治療は終わったもののマヒが残り、車いす生活が免れない状態となった。

「治療が終わったのでそろそろ退院だ、と言われたんです。でも、この体で家には連れて帰れない、退院なんてまだ無理だと言ったら、それなら転院先を探してください、と言われて。探せと言われても、いったいどうしたら……」

――介護は、こうして突然、やってくるのである。

ここでは、全く元気だった家族が突然倒れ、それまで要介護者と接した経験がなかった「介護・超ビギナー」にありがちな失敗と、それを避けるための対応、心構えを伝えたい。

全く心構えがない状態で親に倒れられたら、途方に暮れてしまうのは当然。少しでも介護への心構えをしておこう
全く心構えがない状態で親に倒れられたら、途方に暮れてしまうのは当然。少しでも介護への心構えをしておこう写真:maroke/イメージマート

「施設には入りたくない」と言われたら

医療費削減のため、国が入院期間の短縮化を進めており、患者側の想定より早く退院を求められることは多い。

冒頭にあげた家族が途方に暮れていた10年前に比べれば、病院側の退院支援は改善している。転院先を積極的に探してくれたり、自宅に戻るための支援をしてくれたりする病院は増えた。しかし、それも病院の方針、退院支援の担当者の考え方、力量次第だ。

病院、あるいはリハビリ施設から、そろそろ退院・退所です、と言われたとき、選択肢は2つある。自宅に戻る(在宅復帰)か。あるいは、施設等に入所するかだ。

親や配偶者に「早く家に帰りたい」「施設には入りたくない」と言われたら、要介護になっていても「家に連れて帰りたい」と考える家族は多いだろう。

もちろん、心身の状態から、在宅復帰が十分可能なケースはいい。

問題は、マヒが残り、車いすが必要など、介護のプロから見るとかなり難しい状態なのに、「何とかなる」と考えて家に戻るケースだ。

介護サービスをフル投入したものの、わずか数日で本人も家族もギブアップ。施設入所を決めたケースもある。

「介護・超ビギナー」の本人と家族が「何とかなる」と考えてしまうのは、一つには、自宅で元気に暮らしていたイメージが強いからだ。特に本人は、要介護となった現実を直視したくない意識も働き、家に戻れば元通りの生活ができると考えたくなる。

もう一つには、一定の期間、バリアフリーで専門職からの手厚いサポートが受けられる病院や施設で過ごしていたことが影響している。

車いすに慣れてスムーズに操作できるようになったとしても、それはバリアフリーの環境だからだ。バリアだらけで、設備も人手もない自宅は全く状況が違う。車いす操作も食事も入浴もトイレも、病院等のようにスムーズにいかないとは、なかなかイメージできないのだ。

そうしたこともあり、最近、退院・退所前にリハビリ職が本人と共に自宅に行き、住環境を確認して訪問指導を行うリハビリ病院等が増えた。段差の有無、浴室やトイレの使い勝手など、自宅での生活でどこに不自由が起こりうるかを見て、具体的な介助の方法や、手すりの設置や住宅改修の提案などをしてくれる。

病院でのリハビリ室ではできても、自宅の環境ではうまくいかないことも多い。リハビリ職が自宅に来てくれる訪問指導は、在宅復帰後の生活をイメージしやすく有効だ
病院でのリハビリ室ではできても、自宅の環境ではうまくいかないことも多い。リハビリ職が自宅に来てくれる訪問指導は、在宅復帰後の生活をイメージしやすく有効だ写真:Paylessimages/イメージマート

「自分にできること」の現実を見極める

「在宅復帰しても何とかなる」と考えるのは、介護家族が自分に何ができるのかを甘く見積もってしまいがちなことも背景にある。

病院・施設で見るプロの介護は、楽々とやっているように見える。そのため、何となく自分にもできそうだと考えてしまう人もいる。しかし、見るとやるとでは大違いだ。

しかも介護は、いつまで続くかわからない長丁場だ。何年もできるのか、自問する必要がある。

自宅での介護は、生活全体に及ぶことも考えなくてはならない。

お風呂やトイレなどでの介助も、病院等なら当たり前のように出てくる食事の支度などの家事も、全部自分たちでやらなくてはならない。ホームヘルパーが来てくれるといっても、介護保険で来てくれるのは、多くても一日数時間に過ぎない。

そのうえ、介護にはお金もかかる。

仕事を持つ子どもたちが介護保険のサービスを使いながら、食事も入浴もトイレも、すべてに介助が必要な親の介護を担うとすると、介護保険の枠内では収まらないだろう。

介護保険の枠内でも1~3割の利用者負担がある。そこにさらに、自費でのサービス利用が毎月数万円加わってもやっていけるのか?

そうした現実をしっかり考えた上で決断することが大切だ。

プロがやれば簡単そうに見えても、介護は難しい。そして、プロであるホームヘルパーが来てくれるのは一日のわずかな時間だけだ
プロがやれば簡単そうに見えても、介護は難しい。そして、プロであるホームヘルパーが来てくれるのは一日のわずかな時間だけだ写真:Paylessimages/イメージマート

「とりあえずやってみる」という選択も

それでも、どうしても在宅復帰したい・させたいと考えるビギナーもいるかもしれない。それなら、とりあえずやってみるという選択もある。

前述の数日でギブアップしたケースでは、実は、「どうしても在宅復帰」と希望した本人の方から、「施設に行く」という言葉が出たという。やってみて「無理だ」と思えたから、その決断ができたのだ。

これが、周りから言われての施設入所決断であれば、後々まで「本当なら家に帰りたかった」「戻れば何とかなったかも知れないのに」と、心残りを引きずることになったかもしれない。

どうしたいのか、本人、家族が本音で話す。

そして、十分に話し合って在宅復帰という結論が出たら、とりあえずやってみる。

やってみて無理だと感じたら、いさぎよく撤退する。

そう決めて取り組むのも、よいのではないか。

要介護3以上であれば、公的施設である特別養護老人ホームへの入所を申し込んだ上で、在宅復帰してもいい。在宅介護から施設入所への方針転換は、入所先さえ見つかれば難しくない。

反対に、入所時に多額のお金がかかる有料老人ホームに入所してしまうと、撤退が難しい。

在宅介護も、住宅改修にはお金がかかるが、福祉用具のレンタルである程度はしのげる。ひとまず、レンタルの段差解消スロープや、ポータブルトイレなどを利用すればいい。

お金のかかる重要な決断は、急がないことだ。

在宅介護というと、「手すりが必要では?」など住宅改修を考えがちだが、家の中は家具の伝い歩きでOK。置き型手すりや天井と床の突っ張り棒形式の手すりなどもあるので、いきなり改修せずにレンタルの検討を
在宅介護というと、「手すりが必要では?」など住宅改修を考えがちだが、家の中は家具の伝い歩きでOK。置き型手すりや天井と床の突っ張り棒形式の手すりなどもあるので、いきなり改修せずにレンタルの検討を写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

親が元気なうちに「介護」をイメージ

介護が必要になる前に、備えとしてできることは何だろうか。

まず、親がリタイアぐらいのタイミングで、一度、介護が必要になったときについて、家族みんなでざっくりとシミュレーションしておくことだ。

在宅介護をできる可能性はあるか。

ある場合、主に介護を担えるのは誰か。

それ以外の家族は、誰がどんなことができるのか。

介護に使えるお金はどれぐらいあるのか。

そのお金で施設入所は可能か。

その程度でいい。

少しでもイメージしておけば、具体的に考えていく手がかりになる。

特に、シミュレーションしてみてほしいのは、母親と暮らすミドルエイジの独身男性だ。

筆者が要介護認定の調査員をしていたとき、独身男性が母親を介護しているケースが目についた。家事一切を担っていた母親が突然倒れると、介護以前に、働く息子の生活がいきなり滞り、パニックになりやすい。

しかし今は、コンビニもあれば、コインランドリーもあり、お金さえ出せば、生活はある程度維持できる。一度、母親がいない生活をイメージしておくと、いざという時も慌てずにすむだろう。

同居する母親に家事を任せきりにしてきたミドルエイジの働く独身男性は、母親が倒れると家事と介護を一気に背負うことになり、一時的にパニックになることもある
同居する母親に家事を任せきりにしてきたミドルエイジの働く独身男性は、母親が倒れると家事と介護を一気に背負うことになり、一時的にパニックになることもある写真:アフロ

親が遠くに住んでいる場合は

コロナ禍にある今、離れて暮らす親のことが気になっても、なかなか会いに行くこともままならない。

頼りになるのは、遠くの親戚より近くの他人。ご近所さんだ。

親がリタイアしたぐらいのタイミングで、子ども世代が「何かあったら連絡がほしい」と、親と付き合いのある近所に挨拶に行っておくと安心だ。

もちろん、親世代が自分で子どもの連絡先を近所に伝えておけば、よりスムーズだろう。

本来であれば、親の居住地域の介護の総合相談窓口である「地域包括支援センター(包括。地域によって「あんしんすこやかセンター」(世田谷区)など名称は異なる)」に相談すれば良い、とされている。

しかし残念ながら、業務量が多すぎて、手取り足取り教える余力のない「包括」が多いのが実態だ。

介護保険サービスの利用には、ケアマネジャー(ケアマネ)との契約が必要になる。

在宅介護が可能かどうかは、契約したケアマネの情報量、人的ネットワーク、交渉力、そして人柄などによって変わってくると言っても過言ではない。ケアマネはそれほど、重要な存在だ。

しかし、相談しても、ケアマネのいる「居宅介護支援事業所」の一覧表を渡されるだけ、というケースが少なくない。公的機関である「包括」は、公正中立な立場から、原則として個別の事業所の紹介ができないからだ。

では、いいケアマネをどうやって見つければ良いか?

残念ながら、ネット社会の今も、地元の口コミが一番だと、介護関係者は口をそろえる。だからこそ、「ご近所さん」といい関係を結んでおくことは大切だ。

もう一つには、親の主治医といい関係をつくっておくことも有効だ。介護の相談に乗ってくれる医師は、まだ多くない。しかし、地域で長く診療を続けている開業医には、様々な情報が集まってくる。中には、評判のいいケアマネを知っていて、紹介してくれる医師もいる。

帰省時に一度、親の受診に付き添い、「何かあったらぜひご意見を賜りたい」と、挨拶をしておけば、力になってもらえるかもしれない。

最後に伝えておきたいのは、介護する家族は、何より自分自身の生活を第一に考えるのが大切だということだ。そうでないと、共倒れになる危険が高まる。

親世代もそのことをよく理解したうえで、自分に介護が必要になったときにどうしたいか、今から考えておこう。

※取材協力:ケアプランナーみどり・社長・原田保さん(ケアマネジャー)、ステップコーポレーション・所長・日髙淳さん(ケアマネジャー)

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この記事は、Yahoo!ニュースとの共同連携企画です。令和の時代をどう「サバイブ」するか、生き方のヒントについて「家族と介護」をテーマに伝えます。

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介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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