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約8万人が、理学療法士、作業療法士などのリハビリ職の訪問による在宅でのリハビリを受けられなくなる?

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
リハビリ職による訪問リハビリテーションは、在宅要介護者にとって重要なサービスだ

リハビリ職を一部閉め出すかのような介護保険制度改正案

骨折して以前のように歩けなくなった。脳梗塞の後遺症でマヒや失語が残った。そんなとき、提供されるのが、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士(注)といったリハビリテーション専門職(リハビリ職)によるリハビリテーションだ。心や体に働きかけ、「その人らしい生活・生き方」を取り戻すことをサポートする。

病院などの医療機関で受けられるリハビリテーションの日数に制限が設けられてから、リハビリ職の訪問によるリハビリテーションは、退院後、在宅で心身機能の維持向上を目指す利用者にとって欠かせないサービスだ。

リハビリ職は訪問により、骨折や脳血管疾患などにより低下した体の機能を維持改善するだけでなく、マヒなどの障害の受け入れ、機能訓練への意欲アップなど、気持ちの面からのサポートも行う。

そうしたリハビリ職による訪問のサービスを、日本理学療法士協会によると約8万人もの利用者が、2021年度の介護保険制度改正によってこれまで通りには受けられなくなる可能性が出てきている。

訪問によるリハビリテーションを提供している理学療法士等のリハビリ職には、「訪問看護ステーション」に所属している人が多数いる。そうした「訪問看護ステーション」所属のリハビリ職を閉め出すような下記の制度改正案が提示されているからだ。

  1. 一定の経過期間を設け、訪問看護ステーションでサービス提供する人員のうち、看護師を6割以上とすること
  2. 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士による訪問看護の単位数(報酬)や提供回数等を見直すこと

なぜこのような案が示されているのか。

そもそもリハビリ職がなぜ「訪問看護」ステーションに所属しているのか、と思った人も多いだろう。

順を追って説明したい。

(注)

理学療法士…病気やけが、高齢などで運動機能が低下した人に、体の動かし方を指導したり、温熱や光線を当てたりすることで、運動機能の維持・改善を図る

作業療法士…着替えや食事などの日常生活動作をはじめ、家事、仕事、趣味活動など、生活上のあらゆる活動を「作業」と捉え、作業を通して、心身の機能の維持・改善を図る

言語聴覚士…声を出したり、話したり、聞いた言葉を理解したり、食べ物を飲み込んだりする機能に支障がある人に、発声や飲み込み、コミュニケーションのとり方についての練習を行う

リハビリ職による在宅高齢者へのリハビリテーションでは、心身機能の向上により、施設入所が回避されたケースもある(フリー画像)
リハビリ職による在宅高齢者へのリハビリテーションでは、心身機能の向上により、施設入所が回避されたケースもある(フリー画像)

背景にある「施設・病院から在宅へ」への対応の問題

今、高齢者を取り巻く地域づくりは、「できるだけ住み慣れた地域で長く暮らせるようにしよう」という「地域包括ケア」の考え方に基づいて進められている。要介護になったり、長期療養が必要になったりしても、全員を施設や病院が受け入れることは難しい。

そこで、「施設・病院から在宅」へという流れが推進され、在宅で療養する要介護者をケアする訪問看護へのニーズは高まっている。

高齢者の療養の先には、人生の終末がある。

超高齢社会の日本は、今後「多死社会」となる。要介護者等の全員を施設や病院が受け入れられないように、高齢者全員を病院で看取ることは難しい。在宅や施設での看取りを増やしていくために、在宅療養を支える訪問看護の拡充を急ぐ必要がある。

こうした流れの中、訪問看護ステーションは、2009年には約5200事業所だったものが、2017年には約9200事業所まで増加した。

8年間で約4000事業所の増加が見られた訪問看護ステーションだが、理学療法士等のリハビリ職を常勤で雇用する事業所も増えた。

2017年には、6割以上がリハビリ職という事業所も5%近くに。リハビリ職が10名以上という事業所の数も、2009年の20カ所から2017年には205カ所と、10倍以上に増えた。

リハビリ職が多いステーションは、看取りの実績が少ない、軽度要介護者が多いことが指摘されている。このままでは、「施設・病院から在宅へ」という流れの受け皿として、十分な対応ができないのではないか。そんな懸念が示されているのだ。

理学療法士等のリハビリ職が20%以上を占める事業所は年々増えている
理学療法士等のリハビリ職が20%以上を占める事業所は年々増えている
グラフは、どちらも第193回社会保障審議会介護給付費分科会(令和2年11月16日開催)資料14より引用
グラフは、どちらも第193回社会保障審議会介護給付費分科会(令和2年11月16日開催)資料14より引用

リハビリ職には独立した事業所が開設できない

ではなぜ、理学療法士等のリハビリ職が多い訪問看護ステーションが増えたのか。

リハビリ職の訪問によるリハビリテーションは、介護保険では「訪問リハビリテーション」あるいは「訪問看護」のサービスで提供することになっている。

「訪問リハビリテーション」を提供できるのは、病院、診療所、介護老人保健施設に所属するリハビリ職。つまり、「訪問リハビリテーション」を提供したい理学療法士等のリハビリ職は、こうした医療機関等に所属する必要がある。

逆に言うと、医療機関に所属せず、訪問でリハビリテーションを提供したいと考えても、理学療法士等のリハビリ職は、医療機関から独立した「訪問リハビリテーション」の事業所を開設することができないのだ。

一方、看護師は、医療機関から独立して訪問看護を提供する「訪問看護ステーション」を開設することができる。そして、訪問看護ステーションでは理学療法士等のリハビリ職を雇用し、訪問看護の一環として訪問によるリハビリテーションを提供することもできる。

そのため、医療機関等に所属せず、独立して訪問によるハビリテーションを提供したいリハビリ職は、看護師と連携して「訪問看護ステーション」を開設したり、医療機関ではなく訪問看護ステーションでの勤務を選択したりしているのだ。

医療機関に所属してリハビリテーションを提供すると、法人からの制約を受けることになると感じるリハビリ職もいる(フリー画像)
医療機関に所属してリハビリテーションを提供すると、法人からの制約を受けることになると感じるリハビリ職もいる(フリー画像)

在宅でのリハビリテーションの機会を奪わないでほしい

問題の一つは、看護師であれば独立型の訪問看護ステーションを開設できるのに、同じ医療の専門職ながら、理学療法士等のリハビリ職にはそれが認められていないことにある。

在宅での栄養指導を志す管理栄養士も同様だ。独立型の事業所を開設することができず、医療機関等に所属して訪問指導を行うしか方法がない。

医療機関に所属すれば、その法人の方針のもとで活動することが求められる。しかし、方針に共感できる法人がなかったり、訪問リハビリテーションを提供したいと考える地域に医療機関等がない場合、選択肢がないのはつらい。

独立型の「訪問看護ステーション」が増えたのは、医療機関等を運営する法人の縛りから離れてステーションを運営したい、医療資源の乏しい地域でこそ訪問看護を提供したい、と考える看護師が多かったからだとも言える。

看護にせよ、リハビリテーションにせよ、栄養指導にせよ、利用者・患者の主治医の指示のもとで、ケア、サービスを提供することに変わりはない。

看護だけに、独立型の事業所開設が認められ、理学療法士等のリハビリ職や管理栄養士には認められていない現状では、理学療法士等のリハビリ職が多数所属する訪問看護ステーションが増えるのはやむを得ないことではないか。

その結果、看取りの数が少なくなったり、利用者に軽度要介護者が多くなったりしているのかもしれない。だとすれば、なぜそうした状況になっているかを、もっと俯瞰的に見てほしい。

もし、訪問看護ステーションの人員配置等に縛りを設けるのであれば、理学療法士等のリハビリ職、管理栄養士にも、独立型のステーションを開設する権利を認めるべきだろう。

近くに医療機関等のない地域で在宅療養する人にとって、リハビリ職のいる訪問看護ステーションがあることで、訪問によるリハビリテーションを受けられるメリットは大きい。

そうした人たちをはじめ、訪問看護ステーションのリハビリ職によるリハビリテーションによって、心身の機能を維持改善し、在宅生活を保っている利用者は多い。

日本理学療法士協会は、この制度改正が行われると、介護保険利用者だけでも約8万人の利用者がサービスを受けることができなくなり、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士は約5000人が雇用を失うと見込み、制度改正に反対する署名活動を行っている(【緊急署名活動!】訪問看護ステーションにおける人員配置基準の新設に関する緊急署名活動を実施)。

この制度改正を望まない方は、是非上記サイトから署名に協力して欲しい。

第1次締切り 11月30日(月)

第2次締切り 12月6日(日)

となっている。

結果の一部だけを見て、意欲ある訪問リハビリ職の活躍の場と、利用者の在宅でのリハビリテーションの機会を奪うような制度改正を行わないでほしいと切に思う。

【12月10日追記】

12月2、9日開催の社会保障審議会介護給付費分科会においては、この人員配置基準に関する制度改正についての言及はなかった。看取りや重度者の在宅療養支援への貢献度の低い訪問看護ステーションについては、別途規制を検討しているようだが、ひとまず人員配置については制度改正が見送られたことを報告しておきたい。署名にご協力くださった皆様に感謝申し上げます。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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