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介護施設での死亡事故の刑事裁判で有罪判決。利用者家族、施設双方が傷つく、こうしたケースを避けるには?

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
介護施設で食べ物をのどに詰まらせる死亡事故は少なくないが、刑事訴訟で有罪とは…。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

おやつを誤って配った死亡事故で刑事罰

2019年3月、特別養護老人ホームでの死亡事故について、施設職員個人を対象とした刑事訴訟で有罪判決が下るという、衝撃的な出来事がありました。介護施設での死亡事故は少なからずあり、時には訴訟になることもあります。

しかし、そのほとんどは、運営法人に対する民事訴訟です。施設での介護事故で、職員個人を被告とした刑事訴訟となり、有罪判決が下るのは極めてまれなことだと言えるでしょう。

刑事訴訟は、民・民の争いの民事訴訟とは異なり、被告人の行為が刑罰に処する必要がある「犯罪行為」かどうかを、「国」が判断するための手続きです。今回の件で被告となった准看護師に、罰金刑とはいえ有罪判決が下ったということは、刑罰を下すべき「犯罪行為があった」と裁判所が判断したということになります。

なぜこんなことになったのでしょうか。まず、毎日新聞の2019年3月26日の記事を元に、このケースについてまとめてみました。

●2013年12月、長野県の特別養護老人ホームの食堂で、准看護師が、おやつの際に入所者の女性(当時85歳)に誤ってドーナツを配った。

●女性は、ドーナツをのどに詰まらせて心肺停止状態になり、1ヶ月後、低酸素脳症で亡くなった。

●心肺停止後、ドーナツを吐き出させると呼吸が回復したため、死因はドーナツの誤嚥による窒息と認定された。

●亡くなった女性は、食べ物をまるごと飲み込む癖があり、事故が起きる1週間前に、おやつはゼリー状のものに変更されていた。この変更を、准看護師は記録等で確認すべきだとされた。

●検察の求刑通り、罰金20万円の有罪判決が下った。

●被告側は、即日控訴した。

死亡事故での遺族心情として、施設側の責任を問いたくなることがあるのは理解できます。しかし、施設ではなく、個人の刑事責任を問うたというのは、遺族はよほど見過ごせない過失の存在を感じたのでしょうか。

▲特別養護老人ホームでの介護事故。「個人への刑事罰は異例」と、毎日新聞でも報道された(筆者撮影)
▲特別養護老人ホームでの介護事故。「個人への刑事罰は異例」と、毎日新聞でも報道された(筆者撮影)

苦情や訴訟になるケースには共通点が

筆者は、以前、ある公法人で介護サービス利用者やその家族からの苦情相談業務に携わっていたことがあります。相談内容は、日常的なサービス内容や対応についての苦情、事故対応についての苦情など。死亡事故についての苦情もあり、中には、その後、民事訴訟に至ったケースもありました。

今回のケースでは詳細はわかりませんが、筆者が苦情相談に対応していて感じたのは、苦情や訴訟につながるケースに多く見られる点があることでした。施設の場合でいえば、下記のようなことが挙げられます(全てのケースに当てはまるわけではなく、あくまでも一定の傾向です)。

●入所契約時に、サービス内容(できること・できないことなど)についての認識が、施設と利用者・その家族の間で共有できていない。

●施設と利用者家族のコミュニケーションが少なく、信頼関係が築けていない。

●利用者家族が施設にあまり面会に訪れていない。

●利用者家族が利用者をとても大切に思っており、施設側への要望が多い。

▲苦情相談では利用者から様々な訴えがあり、利用者側の施設への要望が多すぎるかもしれないと感じたケースもあった(フリー画像)
▲苦情相談では利用者から様々な訴えがあり、利用者側の施設への要望が多すぎるかもしれないと感じたケースもあった(フリー画像)

施設での事故を完全に防ぐのは難しい

介護事故についての苦情相談対応をしていてしばしば感じたのは、利用者や家族が、介護事故を完全に防ぐのは難しいことを十分理解していないケースが多いことでした。人が動けば、事故の可能性は必ずあります。それは要介護者だけでなく、私たち健常者であっても、事故の可能性や、その結果、死に至る可能性はゼロではありません。

プロが介護するのだから事故が起きないはずだ、という認識を持つ利用者家族も少なくありませんでした。しかし、自宅で1対1で介護している時と比べると、施設では、最も人員配置が手薄な夜勤帯など、30~50人の入所者を1人で介護することになります。人間がすることにはミスも起こりえます。介護のプロだからといって万能ではありません。

そうしたことを、施設側が十分に説明していないケースもしばしば見られました。そのため、利用者やその家族は、施設での介護について十分理解しないまま、入所契約をしているケースも多いのです。これが、不幸にも事故が起きてしまったとき、苦情や訴訟になる一因となっていました。

▲介護のプロだからといって、万能なわけではない(フリー画像)
▲介護のプロだからといって、万能なわけではない(フリー画像)

頻回な面会がよりよい介護を引き出すことも

もちろん、事故を防げない=事故が起きても仕方がない、ということではありません。十分な介護体制をとり、細やかに配慮していたとしても防げない事故がある一方で、ずさんな介護体制、ずさんな配慮で起きる事故もあります。この両者は、まったく意味が違います。

避けられない事故とずさんさが生んだ事故。この違いを見極めるには、利用者とその家族が、まず施設での介護体制や、どのようなことはできて、どのようなことは対応できないのかを、十分理解しておくことが必要です。

理解するために、施設側と密にコミュニケーションをとる必要もあるでしょう。可能であれば、しばしば面会に訪れることです。面会回数が多いと、施設側は、「この家族は入所者のことを大切に思っているのだな」と感じます。日頃の介護に対して感謝の言葉を伝えることで、施設側のよりよい介護を引き出すこともあります。

施設側としても、よく面会に訪れる家族には、入所者の心身の状態に変化があったとき、すぐに伝えることができます。そして、入所者の状態についての認識を共有しやすくなります。

頻繁に面会に行っていれば、日頃の介護体制がよくわかります。気になることがあれば、そこで伝えることもできます。このとき、要望にきちんと対応してくれる施設かどうかを見極めることもできます。要望してもあまり聞く耳を持たない施設の場合、万一、事故が起きたときも、誠意ある対応が期待できないかもしれません。

頻繁に面会するのが難しい場合は、電話で様子を尋ねるだけでもいいのです。要は、入所者を気にかけていて、施設での様子を知りたい、施設側の介護や考え方を理解したいという思いを示せれば良いと思います。

▲家族の頻回な面会は、良い介護をしている施設には歓迎され、ずさんな介護をしている施設には敬遠される傾向がある(フリー画像)
▲家族の頻回な面会は、良い介護をしている施設には歓迎され、ずさんな介護をしている施設には敬遠される傾向がある(フリー画像)

施設側と本音で話せる関係性を築く

気になることを伝えるのは良いのですが、すべて要望し、改善を求めることをお勧めするわけではありません。大勢の高齢者がともに暮らす施設での介護体制では、残念ながら、「できることとできないこと」があります。また、「こうしてくれなければ困る」と施設側に過度に求めることは、職員を萎縮させてしまう恐れがあることも理解しておきたいものです。

ほどほどに妥協しながら、しかし、どうしても譲れない部分だけ改善を求めていく。そんな姿勢が大切であり、本音の話ができる関係性を施設側と築いていく努力が、利用者家族には必要です。

事故は、もちろん避けられるものなら避けたいもの。当然、死亡事故など起きないにこしたことはありません。しかし、実は事故そのもの以上に避けたいのは、事故対応を巡って利用者家族と施設側が対立することです。訴訟にまで発展すれば、双方に深い傷を残します。

事故が完全には避けられないものであるなら、せめて事故を巡って心に傷が残るような事態は防ぎたい。利用者、施設双方が、入所者のために、相互理解に努めていく姿勢を持ちたいものです。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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