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井上尚弥が試されるのはライト級だと米国の名将。デービスとの対決は空想ではない

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
フルトンを追い込む井上(写真:ボクシング・ビート)

ひょっとしたら…

 センセーショナルな8回TKO勝ちでWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者に就いた井上尚弥(大橋)。次戦は他の2団体、WBAスーパーとIBF王座を保持するマーロン・タパレス(フィリピン)との4団体統一タイトルマッチが既定路線のように思われる。一方でルイス・ネリ(メキシコ)、ジョンリール・カシメロ(フィリピン)といった役者が虎視眈々とチャンスをうかがっており、タパレスで本決りというわけではなさそうだ。

 米国では以前から“モンスター”の上限はどの階級かという意見がファンや識者の間で交換されていた。井上が122ポンド(スーパーバンタム級)で王者に就いたことで、いっそう議論が熱を帯びてきた。というか、井上がスティーブン・フルトン(米)を破って戴冠、4階級制覇に成功した直後から「126ポンド(フェザー級)が最適ではないか。いや、130ポンド(スーパーフェザー級)まで行けるはずだ」といった声が飛びかっている。井上本人と陣営は、しばらくスーパーバンタム級に留まる様子をうかがわせるが、本場の期待は「もっと上の階級で……」とややエスカレート気味だ。

 口火を切ったのが業界の“大物”だったことも一因かもしれない。その人物とはフルトンの試合を中継する有料ケーブルチャンネル「ショータイム・スポーツ」のスティーブン・エスピノサ社長。映像メディア「FightHype」の直撃インタビューで「You never know」(ひょっとしたらね)と前置きして「今、イノウエは122ポンドだから、少しクレージーに聞こえるだろうけど、13ポンドだけだよ。タンクvsイノウエを私は観てみたい。非常に興味深い」と語った。

デービスは手の届く存在

 “タンク”とはWBA世界ライト級レギュラー王者ジェルボンテ・デービス(米)のこと。フェザー級、スーパーフェザー級に留まらず135ポンド(ライト級)まで進出し、4月にライアン・ガルシア(米)とのスター対決を7回KO勝ちで制した28歳のサウスポー、デービスとの一騎打ちをエスピノサ氏は提唱する。ファンの間でもデービスvs井上は夢の対決だったが、「イノウエはすでに多くのウエートクラスを上昇してきた。同時に彼はパワーを増強してきた。昨日(7月25日)のパフォーマンスからして(ライト級は)手の届く距離にあるだろう」とエスピノサ氏は明言した。

 単純な両者の体格比較では身長はデービスが166センチ、井上は165センチ、リーチはデービス、井上とも171センチとほぼ同格。もちろんタンクと呼ばれるだけあってデービスは筋肉や骨格が発達しているが、フレームはほとんど変わらないと見てよさそうだ。だがスーパーフェザー級からライト級を制したデービスは一度、140ポンド(スーパーライト級)まで進出し、WBA世界レギュラー王者に就いている(のちに返上)。将来のことと言っても2人が対立コーナーに立つ姿は想像しにくい。

 仮にライト級で対戦が実現しても、おそらく増量幅は少ないと思われる井上に比べて、リミットで計量をパスしたデービスは翌日リングに上がる時点で相当ウエートを増やして来るはずだ。そうなると井上にとってハンディはもっと大きくなる。同時にデービスが130ポンドまでリミットを下げるとは思えない。やはりまだドリームマッチの域を出ないだろう。

ガルシアにKO勝ちしたデービス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
ガルシアにKO勝ちしたデービス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

「イノウエよ、アメリカへ来い」メイウェザー氏

 「公平を期すにはキャッチウエート(両陣営合意による体重設定)にするのが良策だ」とアピールするのが“マネー”こと元5階級制覇王者フロイド・メイウェザー氏だ。ちなみに日本のリングにも登場しエキシビションマッチで稼ぎまくる同氏は最近、井上に敗れたフルトンを擁護する発言をしている。そして井上の実力に懐疑的な目を向け、中傷するようなコメントも発しており、米国のアンチ・モンスターの旗振り役みたいな印象を与える。以前デービスが自身のプロモーションに所属していたこともあり、「パウンド・フォー・パウンドのイノウエの位置はタンクが取って代わってもおかしくない」と揺さぶりをかける。

 キャッチウエートがどれくらいに設定されるかわからないが、メイウェザー氏は「イノウエはアメリカに来て戦う必要がある」と上記の映像メディアで力説。「本場でどれだけ強いか観てみたい」と言っているように聞こえる。もちろん井上はこれまで3度、米国リングに上がり、いずれもKO勝ちと十分に実力を証明しているが、ファンもメイウェザー氏と同じ願いを抱いているのではないか。フルトン戦の注目度の高さとインパクトから米国ファンの”モンスター観たさ“は過去と比較にならないものがあると言えよう。

ストリートファイターvsモンスター

 スーパーバンタム級から3つ目、まだフェザー級も未知の領域という状態でライト級に思いを馳せるのはどう考えても時期尚早だろう。エスピノサ氏が言う「わずか13ポンド(約5.9キログラム)」が大きな壁となって立ちはだかるのがボクシングの階級制の特色である。だが階級の壁を乗り越えたマニー・パッキアオ(フィリピン)の例がある。最初フライ級で世界王者に就いたパッキアオが2つ目に獲ったのがスーパーバンタム級。そこからスーパーウェルター級まで制したのだから、井上に夢を託すことは荒唐無稽な話ではない。パッキアオがライト級から一気にウェルター級へ上がり、6階級制覇王者オスカー・デラホーヤ(米)に挑んだ時、大方の見方は「無謀な挑戦」で一致していた。ところが結果はパッキアオの圧勝。タンクvsイノウエに関する意見交換でも井上の勝利を支持するファンが少なくない。

 その根拠は?と問われると正直まだ答に窮してしまう。米国ファンの中には「ストリートファイターのデービスに対しイノウエの方が洗練されたファイターに見える」という見解がある。当然ながら「単純にタンクのウエートがイノウエに大きなハンディとしてのしかかる」というものも目立つ。

名伯楽のツイート

 最後にエキスパートのツイートを紹介しよう。WBA世界スーパーフライ級王者井岡一翔(志成)と2度対戦したジョシュア・フランコ(米)に帯同して来日したロバート・ガルシア・トレーナー(米=元IBF世界S・フェザー級王者)。カリフォルニア州リバーサイドでジムを運営し実弟の元4階級制覇王者マイキー・ガルシア(米)や元WBC・WBO世界スーパーライト級統一王者ホセ・ラミレス(米)をはじめ多くのチャンピオンたちを育て、プロスペクトたちを指導している名将だ。

6月、フランコ(中央)に帯同したガルシア氏(青いTシャツ)(写真:ボクシング・ビート)
6月、フランコ(中央)に帯同したガルシア氏(青いTシャツ)(写真:ボクシング・ビート)

 ガルシア氏は「試合はまだ序盤だけど、イノウエが試されるのはライト級ではなかろうか」とつぶやいている。フルトンvs井上をテレビ観戦し始めてまもなくのコメントだと推測される。すでに試合の結末は見えており、井上がフェザー級、スーパーフェザー級でも問題なくベルトを獲得し、クライマックスはその上のライト級ではないかとほのめかす。井上の持つ無限の可能性が集約されているツイートに思える。本場のファンが観戦意欲を刺激される理由がそこにある。フルトン戦で一段と過熱したモンスター・フィーバーは留まることを知らない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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