Yahoo!ニュース

メキシコのスター、カネロ・アルバレスの薬物疑惑。ゴロフキンとの再戦は風前の灯火

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ジムでバーベキューを振る舞うアルバレス(写真:comunidaddivers)

焼肉CMついに中止

 これほどの皮肉があるだろうか。

 ほんの1週間前までこちらで流れていたテカテ・ビールのTVコマーシャル。同ビールの広告塔、サウル“カネロ”アルバレスがジムに宙づりされた解体した牛を見て満足そうな表情を見せる。映画「ロッキー」でシルベスター・スタローンが牛をサンドバッグ代わりに叩くシーンが思い出される。早速トレーナーがグローブなど用具を準備してジムに戻るとびっくり仰天。なんとカネロは仲間たちと牛を処理し、カルネ・アサーダ(バーベキュー)に興じていたのだ――。

 今月初め、ミドル級3冠統一王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とのダイレクトリマッチ(5月5日ラスベガス・T-モバイルアリーナ)に臨むメキシコのスーパースター、カネロ・アルバレスからドーピング検査で禁止薬物のクレンブテロールが検出されたことが発表された。検査日は2月17日と同20日。カネロは地元のグアダラハラで検査を受けた。最初に発表したのは彼をプロモートするオスカー・デラホーヤ氏率いるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)。傘下のボクサーの不祥事を真っ先に報じたのは清い行為といえるかもしれないが、違反は違反である。

 カネロとGBP側の言い分は山中慎介戦で醜聞をさらしたルイス・ネリと同じくメキシコで食べた牛肉が汚染されていたというもの。カネロを擁護するようにメキシコに本部がある最大のタイトル認定団体WBCのマウリシオ・スライマン会長は「我が国の畜産業者の中には牛の脂肪分を減らし赤身を増やす目的でクレンブテロールを与えている者がいる」と発言。同じケースで16年、当時のWBCスーパーフェザー級王者フランシスコ・バルガス(メキシコ)がカリフォルニア州コミッションから出場許可が下った前例もあり、大スキャンダルに発展する可能性は少ないと思われた。

ネバダ州がサスペンド下す

 しかしイベントを管轄する米ネバダ州アスレチック・コミッションのボブ・バーネット事務局長は23日、カネロのライセンスを一時停止処分にすると通達。試合実現に暗雲が立ち込める。そして最終決定は4月10日に予定される同コミッション主催の公聴会に委ねられた。

 ところで、冒頭で記したCMはカネロの疑惑が発覚した後、少なくとも2週間は流れていた。もし日本なら、いや他の国でも即刻中止になっていただろう。だがスペイン語局を中心に流れたCMは、まるで何もなかったようにものすごい頻度でガンガン放送されていた。これほど一般人の目に留まるボクサーは世界広しといえどもカネロしかいない。

 おそらくテカテ・ビールとの契約が関係したと思うが、自ら焼肉を料理して食べるカネロという設定は、どう考えてもシャレがきつ過ぎる。もし、それ(やっぱり肉が災いした)を見越してCMが制作されたのなら、素晴らしい先見の明があったということか。

 しかし、そんなパロディ感覚が通用するほどネバダ州コミッションは甘くない。02年にはレノックス・ルイスとのビッグマッチを前にしたマイク・タイソンにライセンスが発給されなかった。タイソンのケースは薬物ではなく、ニューヨークで開催されたプレゼンテーションでタイソンが暴走したのが原因だったが、情け容赦のない決定を下すことで有名。同じく厳格だと評判のニューヨーク州コミッションよりも薬物問題に対してはるかに厳しい処分を言い渡す傾向がある。

崖っぷちに立たされたカネロ。公聴会ではどんな裁定が下るか?(写真:Hogan photos/GBP)
崖っぷちに立たされたカネロ。公聴会ではどんな裁定が下るか?(写真:Hogan photos/GBP)

ゴロフキンは誰と戦う?

 著名ボクシングライター、ダン・ラファエル記者(ESPNドットコム)は「ネバダ・コミッションのルールや規則を読み返し、関係者たちの意見を聞くと5月5日のリマッチは、まず実現しない」と断言。27日付の記事を読んで落胆したファンも少なくない。

 同記者によると唯一、実現に向かう方法は「アルバレスが意図的に禁止物質を彼の食べ物や飲み物に混入させて提出し、原因を証明しない限り納得させるのは無理」と説明。よって、ほとんど不可能だと語る。

 ラファエル記者はカネロのサスペンド期間は6ヵ月になるだろうと予測。最初にクレンブテロールが見つかった2月17日から計算し、リング復帰できるのは8月17日ではないかと記す。そしてゴロフキン戦が再度組まれるのは9月中旬のメキシコ独立記念日に合わせたイベントではないかと推測する。

 一方ゴロフキンは5月5日、あるいは6月に別の相手と対戦する話が持ちあがっている。名前が挙がるのはWBOミドル級王者ビリー・ジョー・サンダース(英)、昨年3月ゴロフキンと接戦を演じた前WBA王者ダニエル・ジェイコブス(米)、ゴロフキンが保持する王座の一つIBFの指名挑戦者セルゲイ・デレフヤンチェンコ(ウクライナ)そしてスーパーウェルター級王者からミドル級に転向したデメトゥリアス・アンドラーデ(米)。いずれも好カードだが、カネロ戦級の興行規模は無理。ゴロフキンにとっては前哨戦の意味合いが強い。

ロサンゼルスのプレゼンでフェイスオフする両雄。対決ムードは最高潮だが……(写真:Hogan photos/GBP)
ロサンゼルスのプレゼンでフェイスオフする両雄。対決ムードは最高潮だが……(写真:Hogan photos/GBP)

人気は沸騰しているが……

 第1戦は大方がゴロフキン優勢と見たにもかかわらず、公式スコアは三者三様のドローに終わった。それを受けて今回の決着戦は前景気が上々。ラスベガス最大の屋内会場、T-モバイルアリーナは28日の時点で2万人超の収容人員に対し、残りのチケットは1,291枚となっている。それもプレミアがつき、1枚2,500ドルから5,000ドルに跳ね上がっているという。

 もしラファエル記者が予想するように試合がキャンセル、延期となれば各方面の経済的打撃は大きい。ちなみに全米にPPV放映するHBOは中止をほのめかす動きをとっていない。他方で全米の劇場、映画館でのクローズドサーキット中継はスケジュールから消されている。

 気になるのは公聴会が開催される時期が試合が実現するにしても、25日しかないことだ。ボクシングのキャピタル(首都)と呼ばれ、ビッグマッチが多く開催されるラスベガスを擁するネバダ州コミッションは影響力が大きく、米国でも別格の存在。同時に数々の論議を醸し出す判定問題が噴出するように負の部分も強調される。公聴会が即時行われないのは何かの“打算”が働いているからだとも噂される。

 薬物問題の根は深く、何よりもリングの清浄化が肝心。それでも4月10日、無事ゴーサインが提示されることを切に祈りたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事